航海士に「異常」だと言われた私の部屋には、壁に取り付けた板の上に、ズラリと並ぶ瓶のコレクションがある。
金属の栓の代わりにコルクをはめて、中には砂や珊瑚、貝殻、古い切手、ドライフルーツや木の実が入れてあり、室内は今やそれで埋め尽くされそうな程だ。

「だって好きなんだもん」

瓶ばかりが増えて中に入れる物が無いと困っている私に、ミカンのオレンジピールを渡し、呆れ顔で何度もバカねと繰り返すけれど、やっぱり最後には「頑張れ」と、いつものように笑いながら部屋を出ていった。

私は机の上に置いてある、一番最近の日付が書かれた瓶を手にとって、ナミから貰ったオレンジピールをそれの中に閉じ込めた。

ーXX年X月X日。
これは、前の島に降りた時の日付。ゴロツキの多い面白い島だったっけ、なんて思い出しながら窓越しの太陽にかざせば、ミカンの皮に付いた砂糖粒が、きらきらと光を放つ。

今日はそんなコレクションである瓶がやっと手に入る日だった。また一つ手に入るという期待で胸が高鳴って、早く早くと気持ちが焦り、小走りに駆け寄るとフランキーの腕を捕まえた。

「フランキー!コーラ買いに行こ」

「おい、!馬鹿ヤロてめっ!」

「…っお…わあ!!」

時は既に遅し。

私の接触により、彼が持っていた特大の電動ドリルは、床でのたうち回ってブンブン唸りをあげ始めた。

激しく回転するネジ刃が、甲板に線を描きながら時折跳ね上がり、一瞬止まったかと思えばまた反動でスイッチが入って、ジャンピング蛇行を繰り返す。

この予測不可能な動きをする凶器と、恐怖心を煽る電子音でパニックになった私は、とにかく避ける事に必死で、気がつけば阿波踊りとサンバを足して2で割ったような、新手のステップを踏みながら奇声をあげていた。


「あああー!!」

「動くな!止まれっつってんだろうが!」

もう逃げ切れる気もしないし、一か八か後ろに倒れてみようと大きくジャンプしてみた瞬間だった。
腰の辺りに回された腕が体を捕らえて、丁度逞しいその腕に座ってしまい、バランスを崩して落ちてしまう恐怖から必死で首元にしがみついた。


「お前はガキかよ」

「すいません」

コードを抜かれて静かになったドリルを眺めながら、さっきまでの気持ちがどんどん冷めていく。楽しい1日が始まると思っていたのにスタートがこれでは最悪すぎる。

こんな事があったからには、今日はもう空瓶は貰えないだろうなぁ。

目の前のフランキーは眉間がまだプルプルしているし、目付きだっていつもの倍は鋭くなっている。
あんなにもこの日を楽しみにしていたのに、それを自らぶち壊してしまった事で頭が一杯になっていく。

とはいえこんな事で「連れて行かねぇ」なんて言われる筈もなく、少し不機嫌なフランキーと、気まずい雰囲気のまま船を降りる事になってしまった。


いつもならその道中は笑い話や珍事件が起きたりで騒がしい筈が、険しい顔でそっぽを向くフランキーを見ていると罪悪感が増してきて、笑い話なんてできる空気じゃない上に平穏すぎて何も起こらないので、沈黙ばかりが漂ってしまう。


やっちゃったなぁ、興奮すると周りが見えないなんてなんて幼稚なんだろう。

いくらフランキーが半分メカだからって、暴走ドリルが刺さされば流血騒ぎぐらいにはなっていたかもしれない。
そう考えたら土下座しても足りないくらい申し訳ない気持ちになってくる。散々考えた末に足を止めて、手を掴んで道端に引き止めた。

「フランキーに穴があいたらと思ったら気が気じゃ無くなってきた、さっきはごめんね」

急な行動に驚いて動きが止まったかと思えば、盛大な溜息で、自慢の前髪までうなだれたように見えた。

「あのなぁ…俺はどうにでもなるだろ。半分以上鉄クズだろうが」

「鉄もドリルで穴あくし」

「そーいう事を言ってんじゃねぇ、お前に当たったらどーすんだって言ってんだよ」

「私がぶつかって私が怪我するなら自業自得で、フランキーが無事ならそれでラッキーだと思うんだけど」

「解ってねぇなぁお前」

これではらちがあかないと思ったのか、調子が狂うと付け足して無理矢理話を終わらされてしまった。
そんな私をサングラスの奥から見ていたなんて知らない私は、再び歩き出したフランキーを追いかけて、どうしても納得できなくてその背中に「ごめんフランキー」と小さく呟いた。


「コーラを置いてねぇだとー?!」

小一時間も歩いてやっと見つけた酒屋に、目当てのコーラは置いていなかった。その代わりにと、知り合いのバーまでの簡単な地図を手渡して店主はこう言う。

「ドライジンジャーエールならありますけど」

「いらねーよ」

すねたような口調でそう言うフランキーの代わりに丁寧にお礼を言った後、店を出ようと扉の前まで来て、初めて隣に彼がいない事に気が付いた。

「フランキー?」

「…いや待て、飲んでみせようドライジンジャーエール」

「えっ?!ちょっと」

コーラ以外は飲まない彼の発言に驚いて完全に停止してしまった私を「見てろ」と満足げに見下ろして、店主からジンジャーエールの瓶を受け取った瞬間、フランキーは栓を抜いた。

「うーんスーパードラーイ!」


もう、なんかアレだ、
こういう時は言葉にならない。
恥ずかしくて。

アロハシャツにパンツだけの男が、事もあろうに振り切ったテンションで、恥ずかしげもなくこんなポーズを人前で披露するなんて、いくら好きと言えど自分の事のように恥ずかしい。

見ているだけで顔が熱くなってしまう。これを見た人の気持を、本人は考えた事があるのだろうか。

「あの人、仲間じゃない?可哀想に」絶対にそう思われてるに違いない。そうに決まってる。ほら、あそこのテーブルの人だって今、チラっと私を見たじゃない。

「もうっ!行くよフランキー」

アーオ、スーパーと繰り返しながら、自身の中で最高のポーズをとり続ける彼に対して、ついに羞恥の限界が来た私は、店の外へ彼を連れ出した。


「やめて馬鹿、恥ずかしいでしょ!」

調子のズレたフランキーの手を引っ張って、地図の目印を目指して走り出す。店が見えなくなるまで全力で走ってから、私は道の脇の草原にへたり込んだ。


「もう、なんであんなの飲むのよ 」

睨みつけてやろうと顔を上げたら、いつもと違う妙にキリッとした顔のフランキーがこっちを見てくるものだから、急に可笑しくなってきて笑いが止まらなくなってしまう。

「お前ェーがいつまでもヘニャヘニャしてるからだろうが」

「反省してたのよ悪かったわね」

「てめぇ偉そうに。本当に解ってんのか」

「解ってる!気を付けるから!だから早くそのケンタウロスやめて!笑い過ぎて死んじゃう!」


草むらで笑い転げながら空を見上げたら、スカっとする程の気持ちいい青空が広がっていた。
笑い過ぎておかしくなってしまいそうな身体を落ち着けようと、大の字になったまま目を閉じて、深呼吸をしてみる。

青くさい芝の匂いと、ひんやりした背中が心地良くて、また大きく息を吸いこめば、少しだけ冷たい風がミントを噛んだみたいに頭の中をすっとさせてくれた。

また青空が見たくなって目を開けたら、いつの間に隣に来たのかフランキーが私のすぐ隣で肘枕をついていて、ばちりと目があってしまった。


「びっくりしたー…音もなく乙女に添い寝なんてホント、とんだ変態よね」

「それ程でもねぇよ」

「だから褒めてないって」

こんな彼なのに憎めなくなったのはいつからだろう。こうして恥ずかしい思いをした後、必死で彼をなだめているうちに楽しくなってきていつも笑いが溢れてしまう。
そしてその笑った瞬間の感情を処理し間違えた脳が、いつからか恋愛感情特有の物にすり替え始めたみたいで。

私が目を閉じている間、
ずっとこうして見ていたんだろうか。なんでもなかった筈のやり取りはもはや、私の胸の中では処理できない爆弾だ。


そんな想いを悟られたくなくて。
壊したくなくて、
私はもう一度目を閉じた。

「ホントの事言うとね。子供な自分が嫌になって、へこんでただけなんだ」

「おうおう解ってんじゃねぇか」

気持ちを隠そうと、話を逸らすなら今だと思ってついでに本音を漏らしたら、事はもっと悪い方へ運んでしまった。
大きな手が頭をぽすぽすと叩いて、そのままするりと頬に落ちてきて。

「ユメに穴あけちまっても俺は治してやれねぇだろうが」


そんな顔で、そんな目で。
おまけにこんな事まで言われては、胸の中は爆発騒ぎもいいとこだ。

「フランキーの格好つけ。それもジンジャーエールのせい?」

「お前ぇいいのか、そんな口きいてよ。今日のブツは無しだなァー」

「ええー!こんな事でー?心狭いー!」

「あぁ良ーく解った、やらねぇ。今日はやーらねぇー」


おどける彼に「バーカバーカ」と暴言を繰り返しながらも、最高の男友達と戯れているこの瞬間は、時が止まればいいのにと思うほど、暖かくて、輝いていて、いつも切ない 。




船に戻ると、あの後ちゃっかり頂いたジンジャーエールの瓶を綺麗に洗って、今日の日付を書いた。

窓際の一番いい場所に飾って部屋の隅から見渡せば、茶褐色に混じって一際めだつ緑色の瓶が、月明かりを浴びてユラユラ煌めきはじめる。
それを頬杖ついて眺めていたら、ナミが予報した通りに外は気まぐれな雪が舞い始めていた。

引っ張りだした毛布にくるまって窓枠に降り積もる雪を見ていたら、この自慢のコレクションはいつまで増え続けるのかと、少し物憂げな気持ちになってくる。

私が集めているのは
ただの空き瓶なのだろうか

かけがえのない日々の思い出とか、日常に潜む片思いの小さな幸せとかならまだいい。もし、好きで集めている訳じゃないんだとしたら。

そうだとしたらこれは捨てられない友情だろうか。それとも行き場を無くした恋心か。伝えられない思いの数だけ増えていくのだとしたら、どれだけ哀れなんだろう。

いくら輝く日々を閉じ込めても、眺める頃にはただの過去にすぎないって事ぐらいは解っている。

溢れる想いに囲まれながら、私が欲しいのはこんなんじゃないって、本当はあなた自身が、本物のフランキーがいいんだって切に思う。こんな物に囲まれていたってフランキーがここに居ないと意味がないんだ。

それでも隣には居ないから。

だから私は集めるのをやめられない。どれだけ集めても足りなくて。足りない、足りないって、心を埋め合わせるみたいに思いの欠片を集めているんだと思う。
こうやって降り積もる雪みたいに、いつかはこの部屋を埋めていくんだろう。

それでも今はまだ、
このコレクションに溺れていたい。飢えた私を少しでも満たしてくれるのなら、たとえ雪の様に冷たくても、埋もれて死ねるなら本望かなって。

まあ、死因が好きってのはどうかと思うけれど。これ程好きなんだっていう思いの丈で死ねるなんてのは、 凄く誇れる事だと思うんだ。


「フランキー」


名前を呼ぶだけで苦しくなってしまった私は、窓ガラスを曇らせる事も、好きと書くこともできなくて。
ためらう指先は何本かの線だけ引いた後、行き場をなくして露がつたって。そしてまた今日も私を濡らした。



増えてけ、増えてけ、
私のコレクション。
せめて回想の中でだけ
こうして私を暖めて

Coke man junkie

 


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