辞典・本のページ数をランダム指定、出た単語をテーマにして「45分以内を目標」に指名されたキャラで書くお勉強企画-45min.より。お題【エロス】星を掴む様な七夕がしたい BGM::What Are You Waiting For?/Nickelback
船を寄せた地域一体が雨季を迎えているせいで、これでは小耳に挟んだ伝承は見られず仕舞いだ。
一年に一度、恋仲の二人が確約もなく想い合って再会を祈っているなんてとんでもない話、はっきり言って好きではない。
ただ可哀想には思う。
伝承と言われるだけあって、たくさんの人々が想いを同化させて見上げたものだろうなと思うと、わざわざその季節に雨季がこの地域に被る悲運は、そりゃあ少しでも祈りや願いでもぶら下げて貰わねば救いが無いなと。
解っていながら甲板に足を運んでしまった。船員は誰もこんな所へは来ない。家のように暮らすここでそんな馬鹿な事をするやつなんてのは私くらいかもしれない。
数日間、容赦なくたっぷり吸わせ続けたせいで、空からの雨粒は染み込まずに何度も足元で跳ねていた。
後ろを振り返り、遠近法で船の船尾までをとらえれば、板上数センチをはしゃいだ様に煌めかせる飛沫のセンターをゆっくり踏み遊びながら、咥えていた煙草を諦めたベンがこちらに向かって歩んでいた。
驚いて言葉を失ってしまった。
小雨とは言い難い中々の雨で容赦が無いのに、あっという間に彼はお揃いのびしょ濡れになっていく。
「風呂なら空いてるが」
微笑まれ、そうか私は風呂では洗い流せない何かを流しに来たのかもしれないと感じた。
はたまた綺麗にしに来たのか、
祈りたかったのか。
「あんな煌びやかな歓迎をされては…吊るされた願いがどれも届けと思ってしまったわ」
遂に隣に並んだベンには伝わったようで、小さくあぁと共感が返って来る。
島民達の気さくさは船長のシャンクスがいつもの如くもたらしたもので、こっそりなどといいつつ、全くなっていない大宴会を開いてくれたその光景を思い浮かべる。
「遅れて届くだろう」
雨季が移り変わる頃に、か。
ベンは船長相手でなければ、時々浪漫を語ってくれるのだと知った時は自分だけの宝にしようと、誰にも秘密でいた。
「ねぇ、肩車をしてくれない?」
唐突に切り出したつもりはなく、自身の中では心の流れを汲んでいたが、そんな事はいちいち口にしなかったものだから、ベンの口を結んだ小刻みな笑いは、遂に唇をつつき、大口を開けてかっかと笑うものへと変わっていった。
「どうしたんだ」
背を預けていた姿勢から向き直り、腕を組んだベンは小首を傾げて尚、微笑んで私を見下ろした。
「背が、高いだろう。身長を重ねれば少しは雲を退けられそうな気がして」
「空を貫く程か、そりゃいいな」
「少しでいいんだ」
「悪いが期待ほど高くはないぞ」
叶えてくれる気しかないんだろう、少しの怖さも感じさせない安定感と逞しさが直ぐに私の願いを甘やかした。
重力抵抗を抜けて、あっという間に普段の視点を超えていく。わざとゆっくり背を伸ばすせいで、脚立を掛けて登ったような気にさせた。
「退けられたか」
「ベンが笑うから、揺れて手元が覚束無いの」
「それはすまないな」
「雨の根元には、星が、埋まっているはずなのよ」
少しでもあの曇天を掴めたら。
興味がなさそうに横目で眺めても、こうして祈って願ってしまうものなんだな。
喉が酷く軋むせいで、何でもない言葉に隠した願いが首を絞める。星を取り上げておいて涙を透過させてくれるなんてあの雨雲は中々に飴と鞭だ。
「そろそろ降りてこい」
自分でと言うような口ぶりをしておいて、足を摩りあげた手はそのまま胴を伝って私の体を肩から下ろし、そのまま胸元で抱く様に船壁に乗せられた。
「来年の雨季だ。お留守番はできそうか」
しかし、雨雲の計らいも流石の副船長様には適わなくて、抱き締めながら唇を重ねてくるものだから、それはそれはただ驚いて目を丸くした。
見えないだけで、遥か向こうでは瞬いて願いを拾い続けているのかもしれない。
届いていたのか叶っていたのか、この人が星なのかは解らないけれど、これならこの島で一年の間、彼らを待てそうだと、瞬きの欠片を持たされた気がした。
髪を伝って額へ頬へ濡れていく彼から伝わる熱が、微笑みながらも大真面目な瞳が私を釘付けにするせいで、唇だけが好きに食まれ続けていた。
「聞き分けのない子供になりたいわ」
「喜んで聞かせて貰おう」
抱き抱えたまま歩み進む揺れは、愛した船体と波のようで一層愛しさが溢れてくる。
弾け続ける雨粒を踏み抜けて副船長室の前で降ろされ、洗われ合った私達は、心から微笑み合い、初めての、最後の夜の扉を開けた。
プシュケーの寝息