45min.
慣用句 ことわざ辞典より
お題【川向うの火事】
南斗 学パロ






「隊長!イケメンの群れを発見しました!」


断じて隊長ではないけれど取り敢えず扇ぐのをやめ、友人の指さす窓の外を見た。


この校舎のすぐそばには、
大きな溝みたいな、橋もない小さな川が流れている。男子と女子の学科で校舎が分かれていて、その間を隔てるようにあり、埋め立てられずに開校当初からあるのだとか。
そして友人の指差すその向こう、雑草だらけの第二グラウンドには数人の男がいた。距離が近いから声も顔もよくよく解る。



会話の流れからしてあの人はシュウ。お前も来たらどうだとボールを投げ、それを恐ろしい剛速球で返し「断る」の一点張りをしているのはサウザーというらしい。



「…めちゃくちゃ仲良しじゃん」

「だよね」


友人と二人してクスクス笑う口をノートで隠す。まぁまぁと投げ、断ると投げ。ニコニコ笑顔と激怒で繰り返されるボールの行方を目で追いながら「あのパスは誰にも奪えないわね」という友人の言葉がツボに入り、飲んでいたパックのジュースでむせた。


するとそこへ新たに現れた男が、二人からボールを取り上げて不機嫌そうに眉を顰める。


「やっ…ちょ!ユメユメ!!!イケメン増殖した!」


靡いた金色の長髪に大はしゃぎする友人の気持ちは良くわかる。確かに、確かにあの佇まいはとても素敵だ。



「あの冷たそうな感じ堪んない。あ!今、フンッて言ったよ!カッコイイー」

「ふーん、まー恰好いいけどピンとはこないな」



すると次は、第二グラウンド側の校舎から、物凄い声がドドドと響いてくる。


「貴様のぉ、相手をぉ、してやるとぉおお」


声が聞こえたのと同時に、
"貴様"と呼ばれている方の人が、二階窓に足を掛け。
多分私も友人も「え?」という顔をしていただろう。追われていた彼は予想通り、そこから綺麗に飛び降りたのだ。


「遅いぞレイ」

「悪い、ユダがしつこくてな」


二人の会話が薄く聞こえた瞬間、凄いスピードでカーテンを巻き付けた友人は、足をジタバタさせて悲鳴を殺していた。


「隊長、私!もう無理です!」


元々、女子の学科と男子の学科で別れていたのが、突然統合されたのがつい最近の話。男子がじゃれ合う光景なんて久しく見ていないし、確かにはしゃぐ友人の気持ちもよく解る。うん。…なんだか本当に新鮮だ。







「ちょっとノート借りるよ」


眺めるのに少し飽きて、勝手に机から拝借したノートを広げ、寝てしまった授業の分を書き写す作業にシフトする。
段々熱が冷めて学業モードになった私は、そろそろ友人のテンションを無視する事にしたけれど、何度も何度も肩を叩くものだから仕方なくもう一度窓の外を見た。



「あれやばいんじゃない?喧嘩じゃない?」



一体何があったのか。
最後に見た時は確かボールを投げ合っていた筈だ。それが何故かとんでもない殴り合いに発展している。



「止めた方がいいよね…アレ」


見ていられないその勢いは正に、触らぬ神に祟りなしのオーラが滲んでいる。今回の観察で、彼らが結構な問題児である事は解ったわけだし、わざわざ巻き込まれるのを解って目撃者を名乗り出る必要はない。


「ほっときなよ。無事に卒業したかったら問題には首突っ込まない事!私ただでさえ遅刻で単位やばいんだから絶対行くのやめてよ?巻き込まれたくない」


「え、だってあの勢い普通じゃないよ」



この日はなんとか友人を宥めて終わった。
しかし翌日からずっとグラウンドに現れ続けた彼らは、乱闘騒ぎを飽きる事なく繰り返し、時々流血沙汰になっていた。

私はそんな光景を横目で見ながら「あんなのが先生にバレたら進学に響くわね」だとか、「あんな血気盛んなのが居たら先生は大変だなぁ」とか人ごとのように思った。

私達には何の害も無い。
正に川向いの火事だ。

この真下を流れるちっさな川が引く線を境目に、全く関係がない。私は私で遅刻してきた分を取り返すために、平穏に平穏に単位を稼いでいけばいい。



「ユメ危ない!!!」

「え?」


首を傾げたのと、
何かが飛び込んで来たのは同時だった。

驚いて身を固くした私の全身を衝撃が包んで、毎日見ていた、あの時ピンときた方の男が私を抱きしめていて。その直後に飛んできた超剛速球のボールを片手で受け止めたのだ。



「大丈夫か?」



案の定、気絶した。


保健室で目を覚まし、
ベッドを囲うあの男達全員の顔を見てもう一度意識を飛ばし、次に目覚めた時には尋問が始まった。


「統合早々問題が起きては困るんだ。で、誰が犯人だ。どの男が原因だ?教えて貰えるかな」



投げたのはユダだ。

あの時、第二グラウンドには二人しか居なかったし。それなのにこの男が「俺が勝手に飛び込んだ」とか言うから。思わず指さしてしまった。


「この人いつもレイさん追い回してます。ボール投げて」


はぁと溜息をつくレイさんを見上げたら、大袈裟に頭を抱えていて。何がそんなに困るのかと呑気に構えていた。その間にユダは先生に連れ出されて、私達だけが残っていた。


「通学路は」

「はい?……バス停から徒歩ですけど」

「明日から迎えに行く」

「え!?なんでですか!?」


明日になれば解る。
彼はそう言って去って行った。

ついに関わってしまったと溜息をついてみるけれど、思ったほど嫌な気はしていない。そんな自分を呆れながらに笑っていた。

翌日の朝、バスを降りるまでは。




「貴様あああああああああ!!!よくもっ!!!」



どどど、と聞こえる背後の気配に振り返れば、血相変えたユダが凄い勢いで私をロックオンしていた。



「えええええええ!!!?!!?」

「だから言っただろう」

「レイさん!!」


猛ダッシュで駆け出した私の横で併走していたレイさんは、こんなにも大事件が起きているのに、何故だか楽しそうに笑っていた。


「乗れ。逃げるぞ」


止まった一瞬で自転車の荷台に座り、背後から迫り来る形相を見ながら、これが毎日続く予感がして「ああ卒業が危ない」と、全てを把握した私は青ざめていく。


正門までの上り坂、
ぐんぐん登る自転車は、彼の友人であろう人達の背を次々に追い越していく。

冷やかされたり、からかわれたり、
驚かれたり、微笑まれたり。

いつまで経っても呼吸が落ち着かないのは、彼の背を抱き締めてるからじゃない。絶対、ユダの形相のせい。そうとでも思っていないと、益々卒業が危ない気がする。巻き込まれてはいけない。


ああ…でも。…取り敢えず。
この変なテンションで、
彼らに手でも振ってみようかな。





【アウトサイダー?】



朝のホームルームで、この統合を期に、校舎横の川が埋め立てられることを知った。正に川向の火事だわ、と思っていたのにあれが無くなってしまうなんて。

もう何かを暗示しているとしか思えない。とにかく、この矛盾した気持ちには、できるだけ目を瞑っておこう。








【川向こうの火事】
自分に少しも苦痛を感じさせない出来事のたとえ。自分と直接関係ないこと。対岸の火事。



 


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