45min.
お題
【消滅】【迷】







広い広い、朽ちた城の中は少し暗い。
おまけに誰もいない。皆、気配がないから解らないだけなんだけども。その中をいつもバタバタと、必死な自分の足音だけが響いている。


「どこに居らっしゃるのですか!?ラオウ様ーっ?!」


返事は返ってこないと知っていても叫ばずにはいられない、このイライラ。アレ持って来いとか伝達に行けとか、支度ができたら呼びに来いとか。頼むのはいいけど何故いつも居た場所に居ないのか。

あんなでかい図体で、身に纏っているものなんかガッチャガチャいいそうなもんなのに。無音でするっと居なくなるんだから、故意にやってるとしか思えない。


「あの、夕食の支度が整いましたのでー!!」


いつも諦めて暗闇の向こうに叫んでみるけれど、返ってくるのは石壁に跳ね返された自分の声だけ。

そして思い直すのだ。
召使いなのだから、やはり直接伝えに行かなければならないんだろなぁと。

諦める、挫けた自分を奮い立たせる。
この繰り返しは、薄暗い一人ぼっちにも似た空間の中で感情をやたらピリピリさせる。元々短気な私が、救われた恩を返すためだけに一生懸命被っている、忠実なメイドという皮が剥がれそうな程。今日も限界ギリギリを走っていた。


ラオウ様、ラオウ様。

馬鹿みたいな叫び声が古城にこだまする。
寝室を、庭を、馬房を、もう一度階段を駆け上がりバルコニーを。気崩れたメイド服は汗や埃でガタガタのボロボロだ。
あのクソと心で密かな悪態を付き、行き違った可能性を考えてまた階段を駆け下りる。



しかし今日はいつに増して見つからない。
乱暴に袖で汗を拭い、呼吸を整えに入った私は初めて走るのをやめた。

もうやめだ。
今日は平謝りして、出掛けたと思っておりましたとか、適当に言えばいいじゃないか。



お決まりの部屋、お決まりのソファーでふんぞり返る姿を思い出し、足はゆるゆると上階へ向かい始めていた。重々しい扉を開けてもそこは、思った通り誰もいやしない。


耐え続けた日常のイライラが爆発したんだろう。主の定位置である大きなソファーに足を放り投げて座り、スカートの裾をばたつかせながら独り言が止まらない。



「なんなのあの人!!信じられない。人をなんだと思ってんのよ。ていうかそもそも絶対私なんて必要ないじゃない。本当にムカつく…いっそ消滅しろ」


「ほう」



長いスカートの裾は、丁度膝小僧が見えるくらいの高い位置でピタリと止まった。…呼吸も止まったかもしれない。

きしむ顔を横に向ければ、開けっ放しのバルコニー横、はためいていたカーテンの裏から出てきた男がこちらを見下ろしていた。



「夕食の支度が…整いました。」



驚いたのは、この状態のまま動こうとしない私を怒らなかったからではない。普段のギロりとした目の威圧感が皆無で、寧ろ、この鉄のような男が笑ったからだ。

綻び、緩んだ頬に上がり目の口の端。
ふ、と短く発した息のような声の暖かさは、見た事もない優しげな目の色と同じ。






広い広い、朽ちた城の中は少し暗い。
おまけに誰もいない。皆、気配がないから解らないだけなんだけども。その中をいつもバタバタと、必死な自分の足音だけが響いている。

それでも、孤独に思った事は一度もなかった。薄暗いけども、薄気味悪いと思った事もなかった。理不尽な命令を受けて憤慨しても、体力の限界を超えて走る迷路は決して暗くはなかった。

何故こんなにも毎日、明るいんだ?

大慌てで走り抜ける日々に、自身に問いかける事さえ浮かばなかったけれど。今、多分解った気がする。




【始まりの音】



 


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