45min.
お題【登場】





舞台は荒野。
夕焼け照らすその果てで、
戦えぬ女は一人、 獣のように目を光らせた男達に囲まれていた。

手元には倒れた村人の短刀があった。
しかし女はそれを手にしようとはしない。戦わないのではなく、戦えないのだ。どんな悪を前にしても、それにどれだけ泣かされようとも、この刀を握れば自分の思う平和に一歩遠のくと信じていたから。

しかし獣の様な男達にそんなものは目に入らない。彼らが見ているのは忍び寄る死から逃れるための食料、水、楯突いた村人のうちひとりの女。


振り上げられた鈍器に最後を覚悟したが、そこに新たに現れた男は人外に強く全てを払い除けていく。そして静まった荒野で戦わぬ覚悟を笑いはしたが、その女を拾い上げる。沈みかけた太陽は男の立ち姿を照らし、輪郭をなぞる様に光らせていた。





颯爽と私の世界に登場したこの男はしかし、人生を大きく変えるほど魅了しておいて、そのうち一人の人間に執着する事などは無い。
ストーリーをこの人生とし、登場人物を出会う人とすればこの私の愚かさは充分伝わるだろう。そうして何年報われぬ関係を続けたか。



「ねえラオウ、私もう出ていこうと思う」


「こんな時代に戦えぬ女が、どう一人でまともに生きる」


ほら、根本的に違うのだ。
酒を含んで嘲笑うこの男は、傍に置きたいから置いてるのではない。望んではいない。
そんな男の劇的な登場シーンに捕らわれたまま、私は随分と長い間報われもせずに愛してしまった。



去ると告げたが普段の喚き程度にしか思っていないのだろう、ならば街まで送り届けようと立ち上がり、僅かな笑みを零して私が口を噤むのを待っている。
お願いするわねと答えた私がいつ謝り、今日はどこまで耐えるのかを待つ余裕な笑みで、馬の背に私を乗せた。




黒い馬は風を切り、
荒野を駆ける。


できれば背の温もりを正面から受けてみたかった。でももういい。何年もかかったが、既に精算する覚悟はできている。計り知れない思いの丈は全て、鮮やかなる退場へと変えてやるのだ。そしてその達成感で、人生において一番だったあの登場シーンを塗り替える。



「見えたぞ」


夕暮れの向こうには街が見えた。
馬から降り、それを静かに見据える。きっと背後に立つ男は私を見下ろし、腕を組み、泣き言を待っている事だろう。


ああ、
こんな男だったが愛おしかったな。
全てが目に入らぬ程輝いていたな。

でもこの人は、傍にあっては一生気が付いてはくれないのだから。




「ありがとう」



さあ見ておけよ
決して振り向きもしない、
去りゆく私の美しさを。



悲しみに暮れる歌など流さない。
歓喜の歌で風を切り、
颯爽と花道を行くからな。



一歩、一歩。
荒野の砂塵を踏みしめて歩き出す心は不思議な程に晴れていた。あの街には僅かに灯りが見える。きっと多分、なんの根拠も無いけれど、今の私ならやっていけるだろう。




「ユメ」



既に諦めた腕を捕まれる事など予想もしていなかった。後もう少し早かったら、この空は今まで通り暗く見えたかもしれない。でももう遅い。私の心は一歩先を行った。


腕を引かれても尚前を向いて笑う私の横顔は、夕陽に照らされてさぞかし美しく見えるだろう。そしてこの男は今更ながら、あの日の私と同じ表情をしている筈だ。




「捨て去る覚悟まで持たねば振り向かぬ男なんて私はもう愛さない。ラオウ、貴方がその最後」



あんたが笑った荒れた世を、
戦えぬ女が一人
生き延びてやろうじゃないか。



「さようなら」




【挑むその背に退路なし】





―――
【登場】
1 演技者として舞台などに現れること。「上手(かみて)から―する」「真打ち―」⇔退場。
2 小説や戯曲などに、ある役をもって現れること。「―人物」



 


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