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お勉強企画-45min.より

お題【豪雨】








こんな時間に終わるなんて滅多にない。
仕事上がり、デスクに置いた鏡に映る少しだけオシャレした自分を見てテンションが上がる。
数年ぶりに連絡をくれた女友達が会おうと言ってくれたのは、普段ジーンズな私が真っ赤なワンピースなんか着てしまう程に嬉しかった。


「お疲れ様でーす」


にこやかに、新人気取りで微笑む私を見て同僚が気持ち悪と呟いたのを軽く無視。軽やかにオフィスの階段を駆け降りた。



そして始まる災いの数々。
まず、爽やかに駆け降りた階段で黒い虫を踏んだ。その驚きで数段踏み外し、パンプスのストラップがぶちんと音を立ててボタンが馬鹿になった。

挫けない、挫けないぞ。
だって旧友との再会が待ってるんだ。


学生時代の3年間、
楽しい時も辛い時も傍に居てくれたあの子は確か、卒業式の日、彼氏に振られたって泣いていて。これまた寂しいです!と号泣する部活の後輩に運悪く捕まってしまった私は部室に拉致されて、そのまま彼女を励まし切れずに別れたきりだった。

そんなあの子と久々に会えるんだから、気持ちは天気予報同様、晴れ模様!晴れ、あれ。おかしいな。これはなんの音だ。


ビルの入口は水浸し。
予報はハズレの超豪雨。ドアの隙間から流れ込む雨水に警備員さんは軽くパニックを起こしていた。

でもまだまだ、
こんなんじゃあ挫けないぞ。
ここは折畳み傘で回避だ。

鞄から取り出した小振りのそれをさして、豪雨の中を飛び出していく。でもやっぱりこんな日は立て続けに嫌な事が起こるもので。突風に煽られて骨が折れた傘の代わりを買いにコンビニに入ったら傘は売切れで、仕方なく壊れた折畳みで我慢するかと傘立てに向かえば無くなっていて。流石に挫けそうだったけど彼女の笑顔を思い浮かべてそのまま走った。

勿論転けた。
靴のストラップが片方くっつかないんだから仕方ない。びしょ濡れなのは気にならない。だって町ゆく傘の人みんな、意味ないじゃないってくらい豪雨にやられているし。




「久し振り!元気だった?!」

あの日のままの彼女の笑顔には癒された。
この日の災いを全て拭う程。でもすぐにそれを上回るショックが私を襲った。ねぇ今幸せ?という言葉から始まった宗教勧誘。ネズミ講。必ず幸せになれる壺。


思わず笑ってしまった。
ネタになりそうな面白い話の内容と、
お馬鹿さんな自分に。

あの日のまま友情が止まっていると思っていたのは私だけだったようだ。笑える話なんだけど、それは確実にじわじわ私を浸食していく。びしょ濡れのワンピースの裾を握り締めた私は直ぐに店を出た。




こんな事ならジャギを選べば良かった。
あの子のメールを受信してはしゃいだ私は2ヶ月ぶりのデートをドタキャンして、すこぶる不機嫌な彼を放ったらかして電話を切った。倦怠期ってやつなのか、そんなに罪悪感もなくて少し邪険な扱いをしていたかもしれない。



そんな事を考えていたら、
ジャギと出会った日の事を思い出した。

都市伝説だと思ってたアフターファイブに胸をときめかせてタイムカードを切ったあの日も確か、予報が外れて豪雨に見舞われた。歩いていただけなのに犬に追われて、全力で逃げて転けて、迷い込んだ誰も使わない駐輪場の階段で不良な輩に絡まれて。その人達がアニキ!って呼んだのがジャギだった。

どういう訳だかくだらない話は弾んじゃって。大きなくしゃみをした瞬間、革ジャケを突き出した可愛くて物騒な男に惚れた。

割りと可愛い奴なんだ。
悪態つく癖に矛盾した優しさとか。
私を見る目とか。




「ジャギー、ごめん」


インターホンを押して直ぐドアは開いた。
目を丸くして、ため息ついて、嫌そうに舌打ちもしたけれど、手を掴んで引き摺り込む力はやっぱり可愛い程優しい。シャワーを浴びて出てきたら、足の間に座らせて頭をわしゃわしゃ拭いてくれた。



「やめとけって言っただろ。音沙汰も無い奴の連絡なんざ勧誘か壺売りに決まってんだろうが」


めそめそ泣き始めた私を慰めるために手は止まり、ふかふかで暖かいタオルの代わりに、少し高めの体温が背中をつつむ。思い返せば災いが重なって破滅的な事態に陥った時はいつだってジャギがいた事に気が付いた。

どんなにボロボロになったって、
突然訪れる嵐の最後にこうして優しく包んでくれていたのに。それなのに。なんで忘れてたんだろう。



「ごめんね、ずっと放ったらかして」


「ああ。お陰でこっちは欲求不満だ。朝まで相手しろよ」



品のない事言ってるけども、
目を細める彼はとんでもなく優しい瞳で私を見つめて、抱き締める腕にぎゅっと力をこめてくれる。


愛する事はたまに面倒だ。
日常に転がる小さな幸せを見なくなるし、思い出は薄れるし、解りにくい好意を疎ましく感じたり。



でも多分、もう大丈夫。
ぐらついても、
その度に彼はきっと私を包んでくれる。


あの子がよこした
悲しいショックなんかじゃなく、

世界の色を替えるほど、
感動的な究極の嵐を
私の心に巻き起こして。



パーフェクトストーム





―――
【豪雨】
激しく降る雨。大雨。




 


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