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yann tiersen/ la redécouverte








元気な男の子達を放牧してる様なもんだなと日陰で涼みながら、"ユメは誰とペアを組むか"について争われた結果が何故一人残されたのかと、僅かな笑いを含んで蝉の声を聞いていた。


通りかかったゴーカートの隣りにはゲームコーナーがあり、その中にペアを組んでボールを的に当てるミニゲームが見えた。

やりたいと言った私に相澤君が「後でな」と言い、二度目に通り掛かる頃、じゃあ行くかと歩き始めた私達の所へ山田君が飛び込んで来て狡いぞと抗議を始めた。

約束をしたつもりは無かったけど、相澤君の「後で」には"俺と"が付いたみたいで、得意げな山田君は、体力もコントロールも俺が一番だと、相澤君の闘争心に火を付けてしまったのが始まりだ。

そのまま上手いとか下手くそとかで言い合いをして、ゴーカートで決着を付けるらしく、何周目なんだか、白熱バトルからちっとも帰ってこない。


私は広まった通りの隅にあるベンチに座り、木陰の隙間から巨大な空の骨を仰いだ。


ゲートまで続く湾曲した線をコースターが通る度に、まるで合唱みたいな歓声が流れる。憧れた分だけ悲鳴には聞こえず、思わず手を伸ばしてしまいそうな衝動を握り締めて、ハンカチで喉元を伝う汗を抑える。あれは、不安と葛藤を乗り越えた人達の素晴らしい歓声だ。


白雲君は「一人で乗ってくる」と、二人のバトルを見送ってから、このジェットコースターに消えていった。そしてコースターが帰還する度に、わざわざ私の前に戻ってきては、あそこから見る景色がどれほど気持ち良いものかを聞かせた。どの方角に山があってだとか、海が見えただとか。



そんな、なかなか折れてくれない白雲君のせいで、私はついに「いいなぁ」と本音をこぼしてしまっていた。



「憧れてるけど怖くて仕方ないんだよね」


「やっぱり嫌いじゃないんだな」


「何でわかるの?」


白雲君曰く、頭上を通る度に見上げる私の目は、お菓子を買って欲しいけれど我慢している子供の目をしていたらしい。



「見に行こうぜ」


「ちょっと、怖いなぁ」



頂上手前の後悔と恐怖なら、ずっと前に体験済みなんだ。あんなただの棒で押さえ付けて、身体が抜けてしまったらどうするんだろう。掴む所も腕の数も限られているのに容赦なく叩き落とすフリをする。

それなのにいつかの隣合った他人は、負け組サバイバルの様な気持ちの私とは違って、キラキラした表情で楽しそうに手を離していた。

同じモノに乗りながらにこの違いはなんだと思うと、それ以来、本当はそちら側が羨ましくて仕方なかった。

あの恐怖が思い出される度にあちら側の見てみたかった世界は遠のいて、その差分、憧憬の念を濃くしていくから、私は見上げる度にとても切ない気持ちでいたんだ。



「俺がいるから大丈夫だって」



白雲君の言葉はいつも変な説得力がある。それもそうだと納得させてしまうような、曲がっていた人が勝手に背筋を伸ばしてしまうような。ただそこに在るだけで、皆が向日葵みたいに真っ直ぐ空を目指してしまうような。太陽の引力を持つ人。

それに、目の前を駆け抜ける度に私を見つけて「おーい」と手を振ってくれた白雲君は、何度見ても釣られて笑ってしまうくらい楽しそうに見えた。

本当は行ってみたいよ。という、小さな小さな願い事を見つけてくれて、今ならもう一度やってみようかななんて弱気な心を温めてくれる。お陰で、ほらほらと両手を広げて踊らせる白雲君に吸い込まれそうだ。



「俺ん家だと思って」



得意げな指先は澄みきったクラシックブルーの空へ、木漏れ日の涼風は、白い髪を流して私を魅せる。



「でも…勝手に行ったら怒られちゃうよ、ずるいって言われちゃう。みんな過保護なんだよ、一緒に居てくれると嬉しいけど。時々困っちゃう」



「困る、か。それは俺も困ったな」


「全然困った顔してないよ、今日一番笑ってる」


目を線になるくらい細めて快活に笑う、お空と仲良しな彼の魔法にかけられて、既に立ち上がろうとしていた私は白雲君に捕まえられて、手が重なり合った一瞬だけをゆっくりと残し、後は風のような速さで攫われた。


「二人が戻るまでに」と突然の企み。二人分の乗車チケットを窓口に押し入れる。螺旋を登る度に鉄が荒い音を立てる。しっかりと握られたままの、ゴツゴツとした手。

私を連れ出そうとする白雲君の全部に、
心臓がずっと大声で叫んだ。


最後尾に座ってから再び繋ぎ直された手を辿ると、顔色を伺うようでいて楽しそうな白雲君の表情が肩触れ合う距離にあって、私の脈音は恐怖の意味を履き違えている気がしてくる。


「落ちたらどうしよう」


「俺がいるから絶対落ちない」


カチカチと時計の秒針を匂わせて、
それよりも早く進んでしまう。

どんな不安も白雲君の言葉で違った鼓動に塗り替えられていったけど、それでも最難関の頂上だけはどうしても駄目で。足元の面を押し付けるようにして背もたれに背筋を張り付け、手では心もとなくて、腕ごと絡めとってしがみついた。


「だめ、やっぱり、こんなんじゃ」


なんの余裕も無い酷い顔でわがままに扱う私を白雲君は「照れるな」と笑って、その瞬間、なぜ一番後ろを選んだのかの謎が解けた。


「これなら怖くないだろ」


真っ白なもくもくが私と白雲君を繋いで、二人の身体を包んでいく。安全ベルトやバーなんかより何倍も安心感があるのに、少しも苦しくはない。


まるで抱きとめてくれているような錯覚に、これなら落ちたってくっついてるから大丈夫だと思えて、白雲君の熱い手を握り返した一瞬で、絶景に滑り落ちたコースターはあっという間にK点を越えた。



「ショータと!ひざしがいる!」


騒音に負けないように大きめの声でそう言った白雲君は、ゴーカート辺りの地上を指差した。



「ユメは!!絶対にアレには乗らないって!言われたんだ!」



被さる乗客の声に劣らない大声で叫ぶ白雲君は、「覆してやった」と得意げな目で私を捉える。

輝きの最上位は金色だと思っていたのに、その先があるなんて知らなかった。ずっと見ていたいぐらい、白雲君の背負う空はどこまでも煌めいてみえた。



「ユメは貰ったぞー!」



カートもとい、自らの雲から遂に身を乗り出した白雲君は、こっそりしていたのでは?とハテナが浮かぶ程の大声でそう放ち、二人に手を振った。



「意外と、強引だね、白雲君」


「ごめん!駆け落ちみたいになってしまった」


向かい風に掠れながら伝え合う中、自分で言っておいて赤面していく白雲君を見ていられなくなって、私は憧れた世界を堪能する事にした。

雲からはしゃいだ足を出せば、スニーカーの蝶蝶が楽しげに跳ねる。白雲君に続いて三本目の手を雲から出した私は、遥か下界で指をさして驚く二人に、空に落ちたよと手を振った。



過剰な自信は君への想い


 


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