BGM:One Voice children's choir/Memories


2021Halloween
ハロウィン街シリーズ::魔女/プレゼントマイク

ゴスラル街の悪夢










その美しい街は、鉱山の麓にある。

木枠と白壁のコントラストが美しく並ぶ町なみ。
あぜ道を走る馬車には収穫されたばかりの作物が積まれ、太陽が照らし始めた朝靄に漂うのは、穀物がふんだんに練りこまれた名物の、硬いパンの香り。

廃れた銀鉱山を囲む針葉樹の深い森と、魔女狩りの迷信にあやかって増えた商店。観光により豊かさを保つこの街には昔、閉鎖された炭鉱の奥にある山小屋で火炙りにされた魔女が住んでいて、ハロウィンの夜に小屋の中にある蝋燭に火を灯すと蘇るなんていう話が残っていた。


「何も起きないじゃない」


罰ゲームで向かわされた私は火をつけたところで、何も起こらない事をつまらなく思いながら踵を返す。

しかし、そのタイミングで戸が開き、
外から入ってきた男が悲鳴を上げた。



「…は?、はァ?!…ヒィっ…YAAAAAAAAAAA!!」



一応こちらも悲鳴を上げた筈だったが、
後に延々と続く男のワアアアという叫び声によって、無かった事になってしまった。

呆気に取られて立ち尽くす意外にする事がなく、部屋の隅で縮こまり、足をばたつかせながら両腕で身を守ろうとする男を見下ろす。時々、その腕の間からチラチラと怯えた目を覗かせていた。



「まじでェ!…勘弁!してくれェ!!」


「…何よ…人を虫みたいに…」



恐ろしい魔女か、怪しげな老婆がいると思っていた私は完全に拍子抜けで。こんな山奥の小屋で何をしているのか尋ねたくて、悲鳴が止むまで同じ様に座り、怖くないですよと両手を平げて見せる。雑な呼吸が静まり始めた頃、諦めた手を床までだらけさせた彼は、やっと座り直して顔を見た。


「なんで来ちまうかなァ…」


「すいませんね。ここあなたの家?」


「いや…俺はァ…勝手に住み着いた…木こり?」


「…は?」



斧はどこにも見当たらない。
手の綺麗な男はそれでも木こりでいたいんだろう、大袈裟な手振りで空間を伐採して見せる。


「……木こり…」


「Yes!!木こり!」


嘘くさくはあっても、突然咲いた全開の笑顔を見るとどうでも良くなってしまう。ああ、ここへ寄越した友人にはなんて話そうか。

…何も無かったと、言おうか。
…虫は苦手なようだし。


「何も無かった事にしましょう」


お邪魔しました。
そう言って置いたままのランタンに手をかけたが、怖がった癖に急いて重なるもう一つの手が、取っ手の輪から指を緩く外そうとするから驚いた。


「…なんです?」


「あー…その、よォ…」


「街の人には黙っておきますよ」


「…違ぇんだ、…少し話さね?」


気まずそうに逃げていた目がこちらへ戻り、伏した瞳は置いていかれた子犬を思わせる。人を遠ざける代わりに孤独であるんだろう事を察するには充分で、夜道の帰路を引き合いに出して自身にそうねと言わせるくらい警戒心を甘くした。溶かすほどの懇願と、瞬きの甘さだった。

木こりはあまり、部屋の勝手を知らなかった。
蛇口を捻った水を観察をする数秒、
見当違いの棚から現れた小鍋とカップ。

その度にああやらふむやら納得を零す。
それらを温めるためにくべた薪を抱き停止した彼の一瞬を奪い、代わりを申し出たついでに大丈夫かと聞けば、「怖いとかじゃねぇよ断じて」と沢山目を泳がせ、かなり無理をする。そうまでして部屋を暖めようとする頑なを抱き締めたくなり、掛けられたブランケットに向かい合った彼の脚も迎えた。


暖められただけのお湯はミルクへ、
足繁く通う手にはパン籠を、

孤独な木こりに街の話と物語を。
焦がれてしまった乙女心に、ハーブの花輪を。


小さな土産を贈り合う、
お喋りに明け暮れる日々を時々、
山岳の標高と霧が見せる虹の輪が彩った。


「ユメ、こっち」


「なあに」


「…この花のが、似合ってんな」


「これも頭に乗せるの?」


「ンー…じゃ、その可愛いおてて出してみ」


「どうかしら」


「…俺の女神ってカンジ」


腕に座らせるようにして抱かれ、朝露に濡れた指輪を落としてしまわないように指同士を寄せれば、揃った爪先には唇が添えられる。饒舌な彼へも花冠を移してみれば、ブロンドに溶け込む彩りはなるほど女神のように思えた。


「切り株でもあれば座れるのに。木こりは何をしてるのかしら」


「あー、忙しんだろなァ」


手が足りなくてと満足気に抱いて歩く二人の影が、白んだ霧に透けて丸を付ける七色の現象が貴重であったとしても、それにブロッケンの怪物と呼ばれるおどろおどろしい名前が付いていても、全てを覆して光に変えてしまえるほど、当たり前な二人だった。




「今日は、特別な物があるの」


彼に月を贈ろうと望遠鏡を持ち込んだある日、数年に一度の天体ショーと街の人々は浮き立っていた。形容し難い胸の内を映すにはもってこいだと息巻いて、月が浄化の意味を宿すとも知らずに窓際に三脚を立てた。


「どうしてもマイクに見せたくて。今日は月がとても綺麗に見えるんですって」


私は、より感動を届けられたらとピントを合わせるのに必死で、隣の彼が浮かべた切なげな笑みを見逃したとも知らずにレンズの向こうに夢中だった。今思えばあんなものより、隣の君をもっとたくさん、見ておけばよかったと思う。


「…なあユメ、こっち向けよ」


「待って、今月を探してるのよ」


「あった!…ほら見て、とても」



三脚をずらさぬ様にそっと距離を取り、
横を振り向けば、
何とも言えない顔の君がいた。

窓から吹き込む山風が冷たくて不安になり、どうしたのと出かけた言葉は予感を飲み込む時に一緒に飲んでしまったみたいで、喉を冷やしていく。


「ユメ」


深い緑の間から漂う冷気は、ぞわりと背筋を撫でた。でも君はその恐ろしさを拭ってはくれず、ひどく愛しそうに頬に手を滑らせて、哀しげに笑うのだから。


「ありがとな」


レンズを覗きに来たふりをして重なった唇は、
木こりではない事を、伝承の蘇りで消えてしまうからと触れないようにしていた初めての質感だった。

金色を首に流し、
横顔を残して望遠鏡を覗いた彼は、
虹の光に包まれた。

その中で、
「言わねェつもりだったんだけどなぁ」と。


自嘲気味だが爽やかに笑ってみせる姿に何かを知り、吹き込む山岳の冷気で凍ってしまいそうだった涙が、優しく響いた愛してるの一言と、柔らかな唇で溶け落ち、床板を濡らした。




月に食べられてしまったんだと。
しばらくは自分を責めたけれど、孤独に震える君を少しは暖めたんじゃないかと思えるようになってからは、後悔するのをやめて、毎日笑って思い出を振り返る事ができるようになった。そして時々、こうしてこの辺りを訪れる。



空を刺すように伸びた、
怪しげな緑の木々から漂う深い霧。

そこから、
今でも君の声が聞こえるのだ。


愛してるよとか、好きだとか、
会いたかったとか、
俺のハニーは今日も可愛いだとか。


口調の軽さの割に確かな厚みを持って響いて、鼓膜を揺らす度、肩や首筋に感じる温度と吐息に、あの時のようなときめきが今も続く。やっぱり月より綺麗だと聞こえた時は、流石に耳を疑ったけれど。

随分ボンヤリした存在だったけど、多分次は山の精霊か守り神にでもなったのだろう。勝手な解釈だけどこの森は少し君を宿して、緑に明るさが増した気がするのだ。


「また明日ね」


霧の中から差し込む太陽は不思議な虹色の輪を描き、その中で揺らぐ影は山の麓へ降りる間ずっと耳元で、冷えてしまわないように熱くなる囁きとご機嫌な話を聞かせる。そんな夢の小道を、思わず顔を覆ってしまったせいで残されたもう片方の手の、花輪をくすぐる風のような温もりと手を繋いで歩いた。

 


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