BGM:MONKEY MAJIK/around the world
2021Halloween
ハロウィン街シリーズ::ドラゴン/白雲 朧
2021Halloween
ハロウィン街シリーズ::ドラゴン/白雲 朧
クラクフ街の悪夢
城の通路を支える円柱はとんだ。
生け贄はよく見える場所にと引き摺られて詰め込まれた塔の天辺から窓を開ければ、そよぐ稲穂や街路樹の緑、澄んだ川などが見えたはず。下らない戦ごっこで崩れていく美しい街を思うと、身内の愚かさがコメディに思える。
昔一人の英雄が、あの洞窟に住まわっていた悪の化身の竜を討伐したという伝記があり、その英雄が勝利の記念に建てたのがこの城で。だから昔から人は皆、不穏な情勢を悟るとなんでも竜の厄災として噂を立てる。
領主である身内は竜など迷信であると知っているから簡単に生け贄を立てて見せた。そうさえすれば人は大人しくなるのだ。
ただ、生け贄に立てられれば幽閉か、
運悪く面倒に思われれば命が終わる。
弱いのが人、黒いのが身内。
眼前に広がる崩れゆく城は、真摯に信頼を得ようとしてこなかった、身から出た錆に過ぎないからこその下らないコメディだった。拡大していく崩壊音は、疑いを持った人々の暴動は止める事ができない事を示している。ほらもう大丈夫ですよ、生け贄はいつの間に消えました、竜が持っていったんでしょうとされるのも時間の問題だった。
しかし、大きな声では到底言えない助けてを密かに抱き締めた頃、敷地の噴水へ繋がるレンガの門を越えて飛びあがった大きな竜が、少し低い前塔の三角帽子へ爪をかけて翼を広げ、火を吹いた。
「ヒ…悪魔が!本物が出たぞー!!」
「けしからんな、どっちが悪魔だ」
たてがみのような毛を爆風で揺らし、
顎を上げて一度空へ火を吹いて見せた竜が炙るのは恐怖だけに思える。人々は蟻の巣をつついた様に逃げ惑っているが、言葉を話すのも勿論のこと、まるで英雄のような口ぶりであったから。
そして誰も聞こうとはしなかった願いを、
聞いてくれたから。
「行くぞ!」
振り返った竜はこちらを見た。
目を爛々とどこか楽しげに長い舌で下顎を舐め、振り上げた尻尾が天井ごと綺麗に払い退けてしまい、鋭そうに見える鉤爪に掴まれて私は空を飛んだ。硬さが背中に当たりはするが、腹や胸は思いのほか肉の厚みでぐにぐにと獣に抱かれている様だった。
遠くなる城をパノラマいっぱいに捉える髪の隙間から、救い主を見上げてみる。雲に包まれ、空を叩く様に上下する逞しい翼しか解らなかったが、どんな姿であろうと悲鳴を掬いあげてくれた事へ涙が溢れる。
しかし竜は、人生に大きく変化をもたらしたであろう感謝はこんなにも神聖であるのにこちらの気も知らず、どこ掴んでいいか解らんと照れたような事を言いながら抱き締める圧を揺らすものだから、大きく笑ってしまった。
空の旅は随分と短い。
それでも辺りは見たことの無い光景で、それ程この竜が風のように飛んだのだった。次に鉤爪が開かれ、私が降ろされたのは一面に広がる小麦畑。
大きな体で向き合うためにひと回りして姿勢を正した竜は、身を低く屈めていき、金色の穂の中に足元が埋まる。
「人は喰わんからな」
相変わらず得意げに笑っているように思え、フンと鳴らした鼻の先を撫でてみる。ありがとうは鼻から抜ける暴風で何処かへ飛んでいってしまった。
「そんな気がしました」
「ところで頼みが」
「…なんでしょう?私で足りますか」
「翼の下、かいてくれ」
しばしの沈黙の後、私が吹きこぼした大笑いで腹を抱える間中、竜は首を揺らしてくねりながら我慢ならんと懇願を始めた。
「どうしても届かんのだって…いや…堪らんな」
踏み台にしろと差し出された爪に乗り上げて翼の内側で力加減を探れば、温泉に肩を沈めたような息遣いで火を吹き上げる。人々からの言われようはああであるのに、目の前にある真実はこんなにも爛漫で。この姿が、少しでも人々に届けばいいのに。
「さて、どうするかな」
そしてその届けばいいのには、
届ければいいのにへと変わっていく。
「退け!俺が通る!」
飛び交う矢と砲弾。
鉤爪の中に大切に仕舞われて、
その隙間から覗き見た勇姿は、臆すること無く引き抜いた木を振り回して立ち向かう、空を焦がすばかりの火を吹く竜。
城の中の大広場へ放たれた私の背を迂回して制止した竜は、消えたはずの生贄が戻った事に唖然とする民衆の前で、両翼を広げた。
「一生守る。丸ごと」
群青と白雲を背負った瞳はやはり、
楽しげに爛々と光を放つ。
それに心の象徴を見て胸を溶かした人間が、どれほどいた事だろう。皆でもとだってを繰り返し、背中を押されたいだけであるのかもしれない。次々と武器を落とす民衆と散らかる広場は壮観だった。
迷いと葛藤には鮮やかな反逆を。
真のヒーローには凱旋を。
彼が悪魔だなんて、もう二度と言わせない。
「さてどうする?」
「城前で門番でもするか」
「部屋には入れませんしね、困りました」
「そんなものいらん。穂で寝る」
「お礼もさせて…下さらないのね」
「一つだけお願いがある」
なら、と竜は翼を広げ、
首を揺らしてくねりながら届かんと懇願を始めた。相変わらずの大笑いは止まらず、爪に乗り上げて翼をかいてやれば、湯に浸かるような息遣いで火を吹き上げた。
「ああ…たぁーまらぁーんなぁー」
ポーランド:クラクフ
ヴァヴェル城とヴァヴェルの竜の像