BGM:Daft Punk/Instant Crush


2021Halloween
ハロウィン街シリーズ::メデューサ/イレイザーヘッド

トロムス街の悪夢








男は俯きながら暮らした。

これ以上、誰も見つめてしまわないように。
これ以上、誰も石にしてしまわぬ様に。


注意深くいても勝手な陽気で覗き込む者もいる。目を逸らしていても可愛がった猫はもっとと見上げてその先を貰えないまま擦り寄り、止まる。人里離れた静かな家で迷い猫のように現れた女と暮らした事もあるが、今はより人里から離れ、ひとりだった。


知らぬ間に灯りが増えたな。

道すがら立ち止まり、
男は羽織りを首いっぱいに引き上げる。

一年のうち半分を闇に包まれる街は、欲しがっても昇らぬ太陽に代わって不夜城を作り上げた様だ。偽の明かりを灯したところで暖まることはないのに、それでも欲しいと欲を重ねて輝く街を遠目に睨む。陽の光を失い、時も見失った街からは指針の鐘の音がからりと響く。男は、やはり好きにはなれないなと、先を歩いた。


港に差し掛かる頃、よく知る花が野道の脇で服の裾を撫でて、嫌った不夜城の明かりが皮肉にも初めてその花の色を教える。服を撫でたのは大きな緑の葉で、花はそうでもしないと見落としてしまうほどに小さい。

だから男は、
よく似合っただろうなとかつて暮らした彼女に、
しばしの間、思いを馳せた。


決して、見せぬように。
決して、みぬように。
そのように暮らした二人だった。

忌み嫌われる蠢く髪を見た彼女は、
"俺は生きている、という感じがします"と言葉を始め、生命の主張だと解らない言葉で括る。間に入れず閉ざされ、それは違うと静かに抗った内心、これは主張ではなく意志とは無関係に持たされただけのモノだと叫んでいた。


「振り向かないで下さい」


後ろに居ますからね。
いつもそう告げ、注意深く背後に居た。
そして蠢く髪に触れ、戯れる様に、慈しむ様に、それぞれにうねりあげる束を白い指に絡ませて「良い子」と微笑む。そうと認められない否定とは裏腹に、溶かされ、絆され、柔らかな温度を保つ手のひらに擦り付く束は、続きを欲しがって見上げた猫のようだった。


彼女の背は美しい。
寒気を凌ぐ様に無理くり暖めた部屋の湿度に覆われて上下する背骨の窪みから肩、力を込めたままの手の甲の歪。時折溢れる名を呼ぶ声を耳にする度、全てを引っくり返したいと何度も思った。


想い合うために時間はそう必要ない。

見つめ合えるのなら
石になってもいいという冗談は、
見つめ合えたらと本願になり、
見つめ合うにはと探究を始めた。

そして彼女の覚悟はある日、

見つめ合えるのならと犠牲を孕んで、
静かな蜜月に終わりを連れてくる。


柔らかな背は変わらず美しい。
肩口で留まる横顔までも変わらず心臓を掻きむしる甘さで溜息と焦燥に明け暮れる。普段と違えているのは彼女の切願と、守ろうとした嘘だった。


"私はこれでいいのよ。このままで、充分"


震える背の告白は、
かつての言葉の真逆を純真に語る。


「甘さに包まれるのに、全てが嘘に変わっていく」
「耐えられない、私はもう」


その想いは滑らかな背へ、その背からこの身体を貫いて、悲愴な呟きに自身が石にされた様に凍りつく。初めて振り返った彼女の手から落ちた手紙が二人の間を撫でる頃、裸の胸に花を抱いた彼女はその色味も瞳の輝きも失って、ただ至福の笑みを浮かべて時を止めた。


石は貴方よ
貴方の心が溶ける頃に、また


そう書かれた手紙へ、ひとつふたつ雫が落ちる。
悔やみきれない思いで伸ばした手で凍りついた彼女の涙を撫で、家も、記憶も、積み上げた暖かさも、変える事ができない事実も、全てを捨てて駆け出した。


想い合うために時間はそう必要ない。
だが、
想い合った心を分かつ事は無理がある。


かつての家へと歩む足は、手紙に残された言葉の意味を今でも見つけられないと回想を終え、駆け出していた。


凍り付く冷気も熱に変える疾走で、あの日を思い直しても凍らずに身体は彼女の元へと急く。何も構いたくない気分だった。岩ばった地形の転がす小石すら邪魔で何度も舌打ちを落とす。


変わらず佇む木造に面影を見て溢れる涙を、
風の抵抗がより煽ってはさらっていく。
息も整えず扉を開ければ、
彼女はあの日のまま微笑んで花を携え、
おかえりがこだました。

灰色の花は、
道すがら見た青を鮮明に映す。

抱き寄せる幻想で縋り付くように抱いた。
なんの節操もなく手を這わせ、
美しくて仕方がないと思った。

頬へ口を付ければ温度を持たない事に息が詰まり、
もっと、違った形で叶え合えればよかったと。
もっと、見るなではなく、せめて、
見たいのだと伝えていればと。


悔いと同速に溢れる愛しさで落ちた涙は、
石肌に染み、終わりなく吸い込まれていく。


男が食い殺した嗚咽を吐く頃、
女の手はゆっくりとその背を抱き返し、
押し込む様に力を込めた。


「溶けたのね」


花は二人の間で枯れ、
隙間を埋め合うリズムで音を立てる。


愛してる、すまなかった、俺はもっと、俺ももっと。
驚きを越えて胸を突く言葉はどれも、
彼女へ捧げたことの無い秘めたものばかりで、
心のままに際限なく溢れ出た。


「もっとよく見せて、もっと」


互いの頬を揉み合うようにして重ねる唇と瞳の交わりは、涙を染む度に石と人肌を急速に繰り返し、通い合う吐息は蒸気に代わり内窓を曇らせ、かつての家を少しずつ暖めて、いつまでも二人を包んだ。



男は俯きながら暮らしていた。

ずっと、見つめるために。
愛を囁くために、二度と離れぬように。




ブルンネラ・マクロフィラ・ジャックフロスト
花言葉「冬の天使の涙の跡」
メデューサ:見たものを石にし涙は石化を解く。

 


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