R18…このお話は性的描写を含むため18歳以下は閲覧できません

BGM:The 1975/Sincerity Is Scary

ツイ スペースの話題より
テーマ::一旦ケンカ等でこじれて欲しい


首筋の肖像











彼が開くを押す間、
それならと数字に伸ばした指は手首ごと捕まった。

動力に負けて押し出た息は飲まれ、サングラスを握る拳が閉まれと指示を叩きつける。その腕に頭を護られたけど、背中は幾つか別のフロアを押してしまったかもしれない。


ナッツ、ウッド、スモーキー、そう言えばムスクって何だろう。香りの事は詳しくないけれど、押し込められた角は古い絨毯と機械独特の匂いがしていたから首元の香りがよく分かる。

陽気で軽そうに見えて的確な鋭さ、
曖昧に渡り歩くようで狡猾。
タフな癖に時々見せる拗ねた荒い感情の後の、アンニュイさ。感じ取ってきた一面とよく似た香りを追い掛けたら、奥に甘さがある様な気がした。この匂いは甘さだろうか。チェックインのロビーでもスイートって言っていたし、後もう少しだけこの香りを探れたら甘いかどうかが解りそうだったけれど、息継ぎがうまく出来なくて続きが解らなかった。


抑えきれない足取りでいた彼に引かれて上階の通路へ放たれた私は、踊るように歩調を崩した。待てない彼は人影が無いのをいい事に既に始まっていると思わせる様な抱き上げ方でそんな私を連れ去って、部屋の扉を開ける。
転がり込んだ速度で火がついたら後は容赦もなくて、私を跳ね上がらせるためだけに夢中になる。直ぐに喉が渇くから、水ぐらい含む時間があれば良かったけれど。与えられる粘液だけでは潤す事ができない乾きがいつも喉の奥に残ったままだった。


終わらない快楽を与え続けておいて、まだ足りないとでも言いたげに抱き上げ、次にベッドへ押し付けられて背中を晒せば舌先のくすぐったさで反射した身体が何度も弾む。

好きだ、好きだと息を詰まらせて、
何度も名前を呼んでいた。

押し潰されそうでいて加減された気持ちの良い圧に抱かれて、押し寄せる波と同じリズムで呼吸がシーツへ逃げていく。快楽から逃げた右手は右手に捕まり、うなじから耳の輪郭を舐めて落とされた、巧みな愛してるを真に受けないように逃げた左手まで追いかけて来た左手が捕まえた。

逃がしやしないんだこの人は。
そうして逃がさないのは…手だけか?…あぁ駄目だ、考えないようにしなければ思いが逝ってしまう。きっと浮かばれない。


指と指の谷間を滑り落ちる指先達が絡まって、リネンの弾力に沈んでしまった。これ以上逃げ場なんて無いのに追い詰めてえぐる角度をつけ、引っ掛かるように意図されたしなりで、ひとつながりの内蔵に奥なんて有りもしないのに、行き止まりをしつこく求めて刷り込む質量が中から身体ごと揺らす。

二人の間が濡れ合ってベッドに迷惑を掛けても、私が気にかけていても、一切構わず止まらなくて近隣の羽毛は大迷惑。気持ちが良くて涙が出る。たくさん鳴いた声はカラカラに枯れていた。

今逃げられるのは呼吸だけだなと思ったのに、ひっくり返されて腰を引き上げる両手に捕まり、支えを失ったままゆらりと伸びてきた顔が唇を押し付ける。飲み込めそうで飲み込めない大きな舌を口いっぱいに頬張って、少し苦しいなと思う。でもうまく飲み込まないと彼の両手は打ち込むので手一杯だから、懸命に応えて支えないとバランスを崩してしまうかもしれなかった。


キャパを越えて受け止められなかった一晩分の時間はいつも、すっ飛んで直ぐに朝を連れてくる。隙間を埋め合っているだけあって暖かいのに、乾き切りもせず中途半端にぬくめただけの布が少し気持ち悪い。それなのに寝息を立てる主の顔は酷く幸せそうに見える。整わない髭の下で、上唇をむにむにと押し上げる下唇の山が小刻みに山を模していて、だからいつもの眉間の皺が穏やかな代わりに、力を入れた顎だけが皺を作っていた。

横腹から背へしなだれた腕を剥がしてスリッパへ逃げようとしたが、履きもせず蹴飛ばして歩いていた事を思い出す。一つはドレッサーの前に転がっていた。片脚を差し込んでふと見た鏡越しにうっ血した跡をいくつも見て、私は下手くそだから一つも残せないんだよなと考えながら歯を磨く。服を拾いながら寝室へ戻れば、抜け出した分の温度を探した手が間違った枕を抱き締めて、満足そうに頬を寄せていた。


気だるげでも憎めやしないよ。
君は起きられないんだから。

夢から覚めたくない我儘な君にキスを。ろくに化粧もせず出ようとする私は大人になりきれていない証拠なんだろうと思う。服を着込んだだけの姿で無駄に豪華な扉を開けて、白黒つけたがる子供をまた今度ねと押し込める様にドアをしめた。


街はまだ眠っているみたいだ。
こんな顔は誰にも見られたくなくて、だから誰もいなくて安心した。私は今初めて、二人で目覚める朝から置いてきたもので、いつ気付かれてしまうかと思うと突飛な行動に心臓がソワソワするけれど、義務も決まりもないから罪悪感はしなかった。むしろ当たり前の権利だと思った。


冷気は鼻や目を攻撃してツンとするし、
眼球は温度差に涙がいつまでもジワジワと湧く。

取り込んだ酸素は少々苦しいものがあって、布団か風呂でも連れて歩きたい冬の思想で彼の様な温もりと甘さがあればと昨晩を思い返してしまった。だからエレベーターの思考の続きが、やはり私は甘いと感じているんだなと無意識分野に教えられてしまった。


枯れた喉を暖めたくて信号の先のコンビニで甘い缶コーヒーを買った。直ぐにでも飲みたくて店頭のガラスに背を預け、猫舌な私でも飲める程に手が熱さを奪って丁度良くなった温度を流し込む。すると、ああこれが欲しかったんだよと身体が大喜びした。甘くて暖かくて、確実に体温を上げてくれる。心まで解かれて、飲み口から離れたあと、喘ぐような白い息が空に浮かぶ。だから、ほらねと思った。


装飾を外したヌーディーな首から香るアレの様に探らなければ見当たらない甘さではなくて、疑いようもなく甘くて熱いのだと解らせてくれるような、ハッキリとした形が無ければ芯まで温まることはできないんだよ。

顔を歪めてうわ言のように吐く愛してるや好きは真実だと知ってる。愛されている事も自覚している。遊べるほど軽く思われていない事も、精一杯大切にされている事も、想いが通じあっている二人である事も二人共が自覚している。

枠組みという形を作らないのは彼なりに思考する何かや葛藤でもあるかもしれない。馴染みのない欧米式の、わざわざ宣言をしない関わり方であるのかも。でもきっと私が欲しがればくれる男ではあるから、言ってこないということは詰まり何択かに絞られていく。自分で思いつくのは、勝手に、もうその様な関係だと思っているか、形を必要としていないからの二つだった。

どうしたって心からの主張が聞いてみたかったから伝えた事は無かった。何度もメッセージを送りあって、幾らかは電話で心をくすぐりあって、会う度に火をくべて。惹き合う日々を何日も、黙ってあやふやな甘さを追い掛けて、探る様に身体を重ねた。

結果スイートルーム明けの早朝、コンビニの前で凍えている。温めたのは100円の小さなスチール缶だ。私が欲しがる枠なんてこれと同じで安っぽい物かもしれない。

それでもこれが欲しかったんだ。
涙が出るほど。


「…なァ、置いてくなよ…酷すぎんだろ」


「そう?ごめんね?まあ別に決まりはないじゃない。付き合ってもいないんだし」


喚くような喧嘩がしてみたかった。
怒りより悲しみが先立つ私にはできないものだから。愛した男が缶コーヒーに負けている現実に少し笑ったり、意地悪を言ってしまうような陰湿な私であるから、喚いて叫んで赤ん坊のような心を見せられる素直さがあれば正しく向き合えただろうかと哀しくなる。

本当はあらごめんなさいねなんかで片付く様な大人は持ち合わせていないし、形が見えなくても信じていられるような得の高い思想なんて持っちゃいない。それでも疲弊するくらいに待ちわびてしまった。


だって、欲しかったんだ。
きっと100円にも満たない、「付き合おう」が。

公園でよかったんだ。一緒に居られるなら。
甘くもないスイートルームなんて要らないんだ。


伝わらず擦れ違う想いは、君が焦って先を急ぐほど私に溺れているからと知ってる。だから憎めなやしないんだ。起きがけのベッドから眺めるあの形容しがたい愛しさと、満たされた顔でいる君と。擦り切れても眺めていたいほどに。


彼はもう行動の意味を察したらしかった。
悲痛そうな顔で場所もいとわず抱きすくめられて、コーヒーが空っぽで良かったと思った。胸の中に閉じ込めて、顔を見るために少し離れた彼は首筋を見ていた。指でなぞる場所にキスマークでもあるんだろう。


「酷ェ男だな……こんな風にして」


「知ってて愛してるみたいよ」


他人を被るよそよそしい会話には、素直になりきれない二人がよく映る。でも、ふざけたようでいながら、その眼と声の静けさは想いを語っている様に見えたから、先の予感に凍えていた心臓が既にコーヒーよりも熱を持ち始めていた。


「付き合ってくれ」


俺と。いや…俺に。今更だけど。ゴメン。

沢山の言葉を細切れに繋ぎ足していく弱々しい姿は締りがなく、スマートさも欠けている。それでも、同じ時を過ごせるなら公園でも良かった私だから、夢みた言葉が意地悪の先に出た言葉であったとしても、溢れかえった涙で彼の胸元をびしょ濡れにするくらいには心を溶かした。


「待ってたのよ。…もっと、ちゃんと甘くして」


「直ぐにでも」


もう走らなくてもいいんだ。
並びあった歩調に暖まった息が抜けた。ポケットにしまわれたグーの手は、しつこく解すノックに負けて少しずつ開いていく。優しく滑り込んだ掌で熱を返し合って指の隙間を楽しみながら渡る信号で、私は欲しい物が貰えた子供のようにご機嫌で白だけを飛んだ。


【首筋の肖像】

 


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