BGM:P!NK / fuckin' perfect

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お題:遠回りが最短距離

一人芝居の幸福論








「俺たち最近何やっても上手くいかねぇよな」

「そうね。もう愛想の欠片もない」

「擦り合わせるとかねぇの」

「あんたが言う?もう別れたいんだけど」

「…かったよ、…アンガトな」

「じゃあね誰かのヒーロー」


キレ散らかした顔で歪めた唇は辛口で、
もういつだったか最後のキスからは程遠い。

テーブルの白紙のメモ、使いもしないアドレス、
サムネイルの人像が映す文字だけの歴史と面影、
誰にも繋がらない電話番号。

少しの温さも残さず、追う事さえ許さない容赦の無さは、皿を床に叩き付けた彼女の激昂を思えば無理もないやり方だった。

あれから何日経っても最後の言葉が何度も頭を掠める。

"じゃあね誰かのヒーロー"

群衆のヒーローを目指した訳では無い。
心突き動かす何かを届けるために行き着いた先が、誰かの心を救いあげる心理を知って結果論の今だ。人々はそれを英雄と呼ぶ。

絶対的で十全、完全無欠な彼女はどれだけ折れても俺を包んだ。特に何をするでもなく、ふと見れば既に微笑んだ顔があり、ハリボテの自分から生気が抜けても驚きはせず気ままに振る舞う。喉に良いらしいとレシピを肩手に調味料を間違えて二人で喉を痛め、いつの間にらしさを取り戻す。

貫き通す過程を優しく見守られた暖かな日々は、こんな終わりを想像もしなかっただろう。人を違えたように豹変してしまった、何があっても傍に居ると言った彼女を歪めたのは何だったのかは、スレ違いの何処を探してもヒントさえ見えない。


TVからは、発言の裏取りを続けて晒しあげる数人のコメンテーターと、恐怖に煽られた街の声が誰かのせいにしなければ不安を拭えない様子で自局のラジオを罵り、目指す自己像を追い掛けた果てに空回りを始めたDJを批判する声が流れる。

曲がりはしない核に何が飛んでこようと関係はない。
ひたすら目指す像を視界の向こうに置くだけであるし、弱い群集心理を憎む気にもなれない。そもそも人はそんなもんであるが故に出た人気でもあった。情勢が変われば人々の言葉は如何様にも変容する。彼女のように。彼女もまた。だから憎むべきものなんて何処にもありはしない。

ガラス越しの人影にサングラスを掛け直し、つま先を睨んで両扉を開ければ無数のフラッシュライトが直ぐに足元を眩ませた。


-プレゼントマイクさん!あの発言は国民の

-答えて下さい

-何故逃げるんですか

-ラジオはどうなりますか

-過激派から脅迫状が届いたのは本当ですか


振り切って迎えの車に乗り上げれば、隣の男が更に隅へと寄る。混沌とした有様を細目に眺めて、その溜め息はいつものように仕方が無さそうに車内で溶けた。


「こんな騒ぎでユメは無事なのか?」

「ア?別れたよ。とっくに出てった」

「…お前…どういう事だ…」

「こっちが聞きてぇよ」


こっちを向いたと思えばやや荒だった気迫を向ける。しかし諦めたように弱音を白状した俺を見て、直ぐに蔑むような目の色へと変わっていった。


「本気で理由解ってねぇのか」

「曲がりなりにも幸セだったもんで。さっぱりだわ」

「馬鹿野郎が。身を案じたに決まってんだろ」

「んな訳ねぇよ。何があっても一緒の墓が言いとか死んだら追いかけるとか平気で言う女だぜ?それがあんなにブチ切れちまったんだ、愛想つかされたんだよ」

「お前、ユメの周到さ忘れたのか」


走り出した車は群集を振り切って颯爽と走り出す。
お陰で落ち着いて記憶を辿る事ができた。


彼女は用意周到だ。
いつ帰るかも分からないのに食卓には暖かな料理が並んだ。いつ起きるかも分からないのに目が覚める度、見間違えるほど綺麗だった。

冷蔵庫には誰かを笑わせるための妙にツボにハマったと話した不味いグミが置いてあって、好きな銘柄のビールが深酒のためにいつも多めに並んでいた。美味いと叫んだ料理の作り置きが四角く整列するから土産に買ってきたプリンが入らなかった。野菜室には喉に優しいと言われる野菜となんの信憑性もない喉に効くらしいサプリメントが詰まっていた。

部屋の壁に掛けられたバンドのタペストリーは現地限りの数量限定だった。行けるかどうかも分からないと答えたのに諦めなかった彼女は何時間も前から並んで一番の整理番号を握った。

約束が嘘になってもいいように待ち合わせを現地にして一人になっても楽しむと言った。そのライブは大荒れした天気と全滅した交通網で開催中止になった去年の再演だった。

一年を大きく上回って隠されていたそのチケットはある日のサプライズデートで映画鑑賞中のポップコーンの箱から飛び出した。コネも通じず売り切れで予約できなかった俺は大事な冒頭のセリフを掻き消すほど騒いで客に総スカンを喰らった。

その日は俺の誕生日で、スクリーンが映していたのは俺がハマったと言った俳優の新作映画だった。飛び出したチケットに書かれていたバンドは俺が放課後に彼女に押し付けたイヤホンから流したお気に入りだった。


用意周到、絶対的で十全。
完全無欠な彼女はいつでも俺だけを包んでいた。


「…嘘だろ」

「真実しかねぇだろ」


「…悪ィ…止めてくれ」


どこまで遡っても彼女の計画の始まりは俺で、いつも知らない所で秘密裏に進んでいるせいでどこまで辿っても先が見えない。

もしこの変わり果てた二人が周到に仕組まれたものだとするなら、あんなにも、あんなにもだった彼女を、信じられ無かったのは。フラッシュライトに目を瞑りながら嫌そうにしたあの群集と同じ様に曲がらないつもりで歪んで折れていたんじゃないか。俺が悪いんじゃないか。全部、俺のせいじゃないか。


計略を辿った最後の場所へ差し掛かり、
潮風に吹かれて一人楽しげに季節外れの波を蹴飛ばす人影を捉えて、足を取られながら走る道中を気づいた彼女は、遠目に見える小ささで手にぶら下げた靴を落とした。


「シナリオが台無しじゃない」


「…メシ、もう無くたっていいだろ」

「ライブなんか…必要ねぇだろ」

「…映画も要らね」


「こんな計画ならもう要らねえよ」


無理をした身体は驚く程に冷たくて、ごめんを繰り返す彼女を抱き締めたこの腕はもう彼女がどんなヒール役を演じようと信じてやらない事を誓った分だけ強く背がしなる。


「もしもさ、ひざしのせいで私が攫われてしまって、怪我をしてもさ。ひざしは、自分を責めたり…一人で黙って苦しんだり…俺のせいでって、…消えてしまったりしない?」


「一緒に苦しんでくれ」


冬の海に温かさは欠けらも無く、
早くも夜を始めた空には辿った記憶ほどの眩しさも無い。


それでも構わず、
抱き締め合う二人の中でだけ、夕陽が浮かんでいる。

その夕陽はお天気キャスターが過去最高記録ですと言った夏の日だった。その天気予報を付けた男はリモコンを放り投げた事で小言を言われ、キスを贈れば簡単に笑ってしまう彼女を連れ出したくて、こんな日に海でも行ったら二人して焦げるなと馬鹿げた事にはしゃぎあった日だった。

それは二人が始めて同じ朝を迎えた日の出来事で、節操なく駆け寄った男に抱き上げられて一人分の脚を濡らす冷たい砂浜は、何があっても一緒にいたいと彼女が言った場所だった。

 


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