BGM:ヨルシカ / あの夏のルカver.少年時代
木苺の香る彼 は誰 時
「幻覚を見てたのかな」
ユメはそう呟いた。
床が光るとか水が流れるとかで人気の鉄板焼きを予約してはみたが、その目は色を映さずにいる。雑音から護るようにかくまった部屋でグラスの水を追い掛ける指はまだ、メニューを触ろうとはしない。
「好きだったのかも解らないよ」
そうであるのならグラスの水滴を吸い込んだ代わりに溢れ零れる涙は何を意味するのか。そんな事は何年もその姿を追えばレントゲンなんて必要も無い。
ユメはあの男とでは色を失ってしまう。
優柔不断な自分の前で心のままに突き進む姿を見て、こうであれたらと憧れを重ね、長い時を過ごす内に拒絶に満たないアイデンティティを一つずつ置いて来た。ユメが抱き締めたヘッドホンはアイツとであれば黒であった筈で、スニーカーから覗く絆創膏も幻想の女らしさを押し付けられたヒールのせいで、無理やり見えないように細工していただろう。
無いものに焦がれるあまり、見落としてきた。
ユメは、本当は自分の中にもあった意思に気がついてしまったんだ。
「幻覚見てたのはアイツだろ」
吐き捨てた嫌悪を笑ったユメから弾け飛んだ涙がコースターに染み込んでいく。伸ばした手で拭った残りは、指の背中に溶けるような温かさだった。
「哲学みたいだなァ、好きだったか解らねぇなんて。……まあユメは先を行った、こんだけだ」
どんな形であれ一度でも想いを傾けた女ならそんな事を言わせるなよと饒舌に流れる思考の後、脳内のディスクジョッキーがうっかり流した本心を口から再生してしまわないように、一呼吸分は口を噤んだ。
それでも、俺の前では好きなものを選ぶユメ、舌に合うものを詰め込むだけでは満たされないそれを俺に求めたと言うなら、連れ去りたいと思う本心だけは隠したくなかった。
「家どうすんの。出てきちまって」
「友達にお伺い立てるにも急すぎるしね。女性専用カプセルホテルとかビジネスホテルとか、なんかあるかなって思ってる」
「…ああァ…もう…」
女性専用を選ぶあたり考慮してるつもりだろうが、そこへ出入りするまでの道中は全く考えていないようでため息が出る。不思議そうにするユメは怒られた理由が解らない子供のように首を傾けていた。
「あのな、こんなとこ一人で歩くな?」
「わ…そんな優しい事初めて言われた」
「っはァァァ?当たり前だろ男ならよ」
「すいません、当たり前じゃなかったもので」
可笑しそうに笑うから胸が痛んで、
同じだけ、それ以上に与えたくなる。
「あー……どーかしてると思われたくねぇけどよ」
「どうかしてる」
「早ェェェ!聞いてくれって!」
「うん」
「俺ん家くれば?収録後だけちょい戻るけど、普段は寮に戻るから。アテが付くまで使ってろよ」
身を案ずる本心であるのに、乗ってくれるなよという万が一の獣への心配と、俺なら絶対と相変わらず騒がしい頭だった。そんな中、突っ伏した腕の隙間から聞こえたのは「嬉しいほっとした、ありがとう」で。進んで望んだ癖にヤバいとヤッターを繰り返す内心をとにかく直ぐに落ち着ける必要があった。
「ホラ。何食う?」
「…森の小人たちの…ミネスト、ローネ…」
「はァ?!小人なんかその辺に捨てとけ!!」
「小人さんはなんの罪もないよ!可哀想だって!」
「ホントは?」
「……すいませんペペロンチーノです」
「フー!それでこそラーメン食べたいユメだろ」
「だめ!こんなの!絶対だめ!」
「ユメは明日休みだろって」
「ですけどもね!流石にね!ラジオ終わったら一旦帰ってくるんでしょ?」
「気にすんならそんなに早く戻らねぇよ。…てか、んな事気にしてねぇで好きなもん食っとけよ今更だろォォ?」
「ううう、負けちゃう…ぺ、ペペロンチーノォォ!」
恐る恐るでも雑音を飛び越えたユメはやはり、先を行っている。この先の未来ずっと、こうして好きな場所を跳ねていて欲しいと心から祈った。
「デザートは」
「妖精達のお茶会〜ラズベリーで隠れんぼ〜」
「頼むのハッズカシィィィィ」
「えへへ」
「ホントは?」
「?ほんとにこれが食べたいよ」
「ホーントかァー?!」
「うん。ひざしが恥ずかしい所を見るにはこれしか」
「オイオイ!それ食べたいものじゃねぇええ!」
「たっべ…たいものだよ…へっへっ、ふふふ」
「ホンっっトに食いてぇんだな?心の底から!」
「心の底からぁ!」
FRIDAY NIGHT!!
HHH!!HERO FM,
PPPPRESENTED BY, …by,by,
PRESENTMiC
Put your hands up Radio.
「…ぷちゃヘンッダァレェーイディォォウ…オゥー…オーゥ……って訳で。今週も最後まで聞いてくれたリスナー達、Thank youな。最後にお便りを一つ、曲を紹介して締めるぜェ!
ぷちゃへんざレディオいつも楽しく聞いてます!単刀直入に聞きますが、プレマイの好きな女性のタイプは誰ですか?また、好きな仕草はなんですか?教えて下さい!…か。……fmmm...」
読み上げて直ぐに脳内ディスクジョッキーが叫んだのは、心の底からだった。七色に光る居酒屋の小細工には目もくれず、自身の前でだけ光を取り戻した幻覚をみて、俺もじゃねぇかと小さく笑う。自宅に置いて来たユメがうっかり耳にすればいいと、今回ばかりは脳内で叫ぶ俺を聞いてやることにした。
「デートでペペロンチーノ食べちゃう子かなァ」
外で腹を抱えるスタッフと、全く噛み合わない洒落た曲で終わっていくブースの扉を閉めて、遅れて帰るなんて嘘になっちまうと一人笑いながら帰りを急いだ。
【木苺の香る