BGM:Slim Whitman/Indian Love Call
木苺の香る彼 は誰 時 3話
頼むから床で寝るなよと釘を刺されて行き場を失い、申し訳なく思いながら寝転がった真っ白のベットには、黄色いヘッドホンがよく映える。
縁取るラインのビビッドさに、色を手に入れてしまった罪悪感がしていつまでも胸が鳴り、何にも悪い事なんてしていないのにと思うと泣いてしまいそうな苦しさを、また飛べと迎えて欲しくて記念すべき一番にひざしの声を聴いていた。
「ミンナの日常に心躍る音楽をお届けェェェ!」
陽気を突き抜ける声は私を笑わせる時とは少し違う。
もっとたくさんを一遍に塗り替えるための特別なパワーで、距離も場所もいとわず空間に花を添えて、咲かせてしまう。ひざしが実際届けているのは心躍る音楽でも饒舌な笑い話でもなく、ひざしの心からしか生まれない幸福であるのかもしれない。
どっちも好きだけれど、時々トーンが下がる落ち着いた声は爆発的な感情を凪ぐために開催されるラーメン会のカウンターから聞こえる片耳分の小ささで、ひざしが選んでくれただけあって抜ける息遣いまで繊細に届くから、起きていようと思ったのに眠くて目をしょぼしょぼさせていた。
「…ぷちゃヘンッダァレェーイディォォウ…オゥー…オーゥ……って訳で。今週も最後まで聞いてくれたリスナー達、Thank youな。最後にお便りを一つ、曲を紹介して締めるぜェ!
ハロウィンが終わってとある本格的な仮装写真がバズってっけど、皆アレ元ネタ知ってっかなァ?襲来した宇宙人を古い歌の周波数でやっつける、マーズアタックってとんでもねぇSF・B級ホラーなんだけどよォ。
俺ェ……あの写真バズったせいで映画マニアからインディアンラブコールだァ!!とか言われるようになってよ…。宇宙人来たら呼ぶわ!とか、襲来したらぷちゃラジで掛けてくれ!とか言われててな…流石に滅ぼされたら困るんで…宇宙人避けで先に掛けとこうと思いマーッス!!
…やー!俺コレで未来の危機救っちまったな…今週のラストはSlim WhitmanのIndian Love Call、…また来週。…ウゥ…oo〜oo〜
……ハーイ…これ聞いて頭割れそうだって思った奴…宇宙人の可能性アリマース…」
何それ。
眠たいながら笑ってしまって画面が揺れる。
ただでさえ笑いが止まらないのに、流れ始めた曲の冒頭からひざしのふざけたファルセットが本物の曲と被って遂に大口開けて笑ってしまった。
笑いでエンドを飾りながらも曲半ば、オールディーズならではの古き良きビーチを思わせる渋い声が、日々の安寧を変わらず祈るようにまったりと流れる。
「ぷちゃへんざレディオいつも楽しく聞いてます!単刀直入に聞きますが、プレマイの好きな女性のタイプは誰ですか?また、好きな仕草はなんですか?教えて下さい!…か……fmmm...」
すっかり笑いを忘れて聴き入った頃、音質の良さから拾った、ひざしの鼻から抜ける平和ボケしたような声が歌の世界と溶け込んでいた。
「デートでペペロンチーノ…食べちゃう子かなァ…」
独り言のように呟かれたぷちゃラジらしからぬ終わり方がどこまでも私を笑わせようとしてくる。天井を背景に見上げていて、スマホを落として頬骨を殴打し、完全に目が覚めた頃には黄色なんてやめとけと言う雑音も、選んだ罪悪感も綺麗さっぱり消えていた。
「おかえりお疲れ様ねえねえねえねえ私!!ペペロンチーノ食べちゃう子!!食べちゃった子!」
「へっへっへっへ、最後まで聞いてたんだナ」
玄関先でスライディングをかましたユメからスリッパが飛んで、跳ねる腕を抑えながらここはどこぞの天国かと思う。真に受けてはいなくても二人のこれまでを思えば予想通りで、やや肩を落としても余る程満たされる思いでいた。
「一人で居るとなんでこの色にしたんだろってソワソワして泣きそうになるのよ。だからラジオ最高だったの!もう流石!笑いが止まらなくて!私眠かったのに笑いすぎてケータイ落としたのよ?ココ!」
「へえへえ、どれ?…あー赤ェな、ご愁傷サン。ほれ歩けェ」
「最後にペペロンチーノとか言うからさぁ!もうあの曲の感じと合ってないようですっごく合ってるのがツボに入っちゃって」
一息に捲し立てる身体をひっくり返してリビングに向かって肩を押す。どこかの動物園から逃げ出した鳥を捕獲する飼育員がこんな歩き方してたなとニュースを回想する間、ユメはずっとラジオの話ばかりしていた。
「俺シャワー浴びるからTVでも付けとくか、なんか見たいのあんの」
「あれ!!今日のラジオで言ってた変な映画ないの?」
「マージ?あれ朝から見んのォ…」
「あんな紹介されたら見たいよ!ひざしが宇宙人やっつける映画なんでしょ?!探して探して!」
「だあああ…わーった、わーったから!大人しく見とけ!」
「喋り足りないから急いで帰ってきてね!」
シネマチャンネルから見つけたタイトルを付けてやれば嘘のように静まって、早く行けと急かす素振りに思わず笑いを吹きこぼす。ユメが座るベットの端から毛布を引っ張って背に掛けても黙って羽織り直すだけで、早くその隣に呼ばれたかった風呂に消える道中で、今日の予定変更を繰り返していた。
「ひざしが選んだヘッドホン凄いよ、今まで聞いた事ない音が聞こえるの。私が使ってたのなんだったんだろう」
「すっごい褒めるじゃん」
「だってあんなの良く知ってないと選べないよ」
「エイジングつって、聞けば聞くほど馴染んでもっといい音になるぜ。いっぱい聴いとけェ」
「さっすが…ねえ博士、パケに書いてたんだけどANA??ナンタラ・キャン・ホイホイみたいな俳優名みたいなの、あれって」
「hahahaha!んなふざけた俳優いるかって。飛行機乗せてどこ連れてく気?可哀想だろホイホイさんよぉ」
「あー、ANAはエアラインか」
「ノイズキャンセリングな」
「のい…きゃん…可愛い女の子モデルになった」
「オイ聞く気あんのかァ?」
「講義をお願いします博士」
「雑音消して音楽だけクリアにする機能」
「そんな事できるの?!」
「それ付いてっと、外部の音に邪魔されず聴いてられんだよ。電車とか乗り物、入り込んでくる周囲の音打ち消して」
「へえー!ありがとう宝の持ち腐れになる所だった」
「外であんま使うなよ。事故るから」
「はい博士」
「ヒーローか先生かDJだろそこは…俺何足ワラジ持ってんの」
「靴箱たりませんね。サンタさんには靴箱頼むといいですよ」
観ているようで観ていない。
B級ならではの集中切れは、喋り足りないというユメから繰り出される話しで快適にクライマックスを迎える。噂の高周波で吹っ飛んだ宇宙人を見て、ユメはずっとひざしの声凄いと笑い転げていた。
スタッフロールの暗転を終えて違った映画が始まる頃、力尽きたように寝そべるベッドの隅で、リモコンはユメに任せればいいかとその話に耳を傾ける。
「エイリアンのゾンビを煮込んだようなお酒って解る?」
「んー?」
「この宇宙人混ぜたみたいな緑のホラ、なんだろな。昔酒屋のリキュールコーナーで見たのよ、磨り硝子でカクカクした瓶の」
「あー…」
「あ、ダメだツボにきた。エイリアンのお酒…へへへ」
エイリアンはゾンビでは無いし、
ゾンビはどこから友情出演したのかも解らない。
それらを大胆にも混ぜた上に煮込むなんてそんな不味そうな酒が並んでいる訳がない。多分言われた通りに俺が想像したものとは違う正解がユメの中にだけ浮かんでいるんだろう。
ヒントを探すためにいつまでも流れる耳心地の良い声は乱射シーンの弾丸の速度でずっと楽しげに笑っていた。
「あったけ」
ユメは自分が発するなんて事ない言葉の羅列を、他人が留める程には響いてるなんて思ってもいないだろう。
垂れ流しの好奇心からエイリアンのお酒を、変な名前の俳優とモデルを。何でも話してくれていいぜなんて偉そうに連れ出すラーメン屋よりも前からずっと。
片方の耳から聞こえる声を堪能して、深まる味がずっと奥の方で混ざるからどうしようもなく美味いと日常に差し入れて過食してしまう。これ以上は腹にも胸にも収まりそうにないってのに。
「ひざし寮に行かなくちゃダメなんだっけ」
「駄目なワケじゃねえよ」
「寝ちゃえば?家主さんなんだし」
「もー動けね」
「おやすみスーパーヒーロー」
雑音を遠ざけたクリアな音は、
暗転する最後まで余韻を持って上空を漂う。
掛けられた毛布の温かさまで上掛けしたいつもの寝室で、古ぼけたファルセットの楽園がいつまでも夢の中まで響いていた。
【木苺の香る
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ノイズキャンセリング
ノイズ(騒音)を(打ち消す)もので、それによってイヤホンやヘッドホンの着用時に、外部の音に邪魔されずに音楽などを楽しむことができる
電車や飛行機に乗っていてモーターやエンジンの音がうるさく、音楽を楽しめないという経験をしたことがある人もいるだろう。ノイズキャンセリング搭載のイヤホンやヘッドホンなら、そういったシーンでもイヤホン・ヘッドホンの外から入ってくる音だけを消し去り、音楽はそのまま聴くことができる。
アクティブ(能動的な)・ノイズキャンセリング(ANC)」+と−を合わせれば0になるように、消したい音の波と真逆の形(逆位相)の波を発生させ、互いを打ち消すのがアクティブ・ノイズキャンセリング[アクティブ・ノイズ]能動的な雑音
逆位相の説明図
具体的には、イヤホンやヘッドホンに搭載したマイクから外部の音を収集し、内部のデジタル回路で取り込んだ音の逆位相となる音を生成して、音楽と一緒に再生する。こうすることで周囲の音を消し、音楽だけを聞くことができるのだ。
ラジオネタ
映画マーズアタック!ティム・バートン
火星人の弱点は、1951年のウェスタンソング「インディアン・ラブ・コール」の周波数というものだった。放送や拡声器で流される歌を聞き、火星人は次々と頭を破裂させていった。逃走を図る火星人たちが乗った最後の宇宙船も、爆発の末に四散した。
おばあちゃんとリッチーは、政権関係者の中でただ一人生き残ったタフィから名誉勲章を贈られる。辛くも生還したバイロンは、妻と子供達との関係をやり直すことを決意し、家族の元へ帰還。そしてバーバラたちは、タホ湖に墜落した数多くの宇宙船を目にするのだった。