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yann tiersen/ la redécouverte
yann tiersen/ la redécouverte
アメリカンダイナーでバーガーとポテトを食べた昼過ぎ、満員のため退席を急かされた私達は手も洗えずに退店して、パンフレットを広げながら男女のマークが付いたポイントまで来ていた。
手を洗いに行った私が戻ってくると、三人は他校の修学旅行生、勿論全員女子に囲まれていて、何故だか怯んで足が止まってしまった。
「雄英高校ですよね!やだぁすごいー!」
「本物の制服格好良いねー!」
「一緒に写真、いいですか?」
「ねえねえ名前聞いてもいい?」
「ヒーローになった時のためにサイン下さいよー!私自慢しちゃおー!」
可愛い女子の、ピンク色のキラキラが飛んで見える。私は真っ黒の炭でも飛んでそうな、燻った汚れを放っている気がした。
学校の事はさておいても、あの三人は目を引くから素敵に仕方の無い事なんだけど、説明のつかない切なさと黒い理由が声を掛けられなくする。
見ないようにしたくて三人と真逆に歩き始めた時、次に自分が声を掛けられるとは思いもしなかった。
「あの!一人っすか?よかったら俺と一緒に回りません?」
「ごめんなさい、友達とまわってるの」
「そんな事言って置いてかれたクチでしょー?俺もなんですよー。ね、お願い、一緒に一つだけ何か乗ろうよ。俺チケット出すから」
見た事がないチェックの制服の男の子に捕まってしまって、突然心許ない気持ちになる。あんまり離れられなかったから大きな声を出さないで欲しいのに、お願いと間延びした声で何度も叫ぶテンションは、誰かさんに少し似ていて変にムカついた。
「やだ行きたくない。行かない。…やだってば!!」
しつこさに対抗するように自然とボリュームが上がってしまって、日焼け止めをサボるために羽織っていたカーディガンの袖口を、払う様にブンブンと振る。
「嫌っつってんだろ離せよ」
割ってきた第三者が、そんな両者の腕を引き離していく。私は運が良いのか悪いのか、一番に駆け付けた山田君に見つかってしまった様だった。
「…なんだよ、交渉中なんだよほっとけよな」
「はぁ?俺のスウィートハニーだわ!さっさと行ってくんね」
誰がスイートハニーだと言おうとしたけれど、山田君が今喋ったら台無しだから合わせろと言うような目線を寄越してくるから、されるがままに肩を寄せられて、山田君の胸の中に収まるしかなかった。そこは大好きな匂いがするのに、とてつもなく居心地が悪い。
嫌だなぁ、嫌だなぁ。この後どうしようなんて考えてもう心は上の空で、気が付いたらさっきの男子は何処にもいなくなっていた。
「…スイートハニーって」
「いや、そっれは、そーいうのが一番スマートなあれだろ!!」
勝手に赤くなって、勝手に慌てふためいて、さっき見た光景に大変そっくりだな。そう思うと、伝えたくて仕方ない筈の言葉が全部違う色に染まっていく。
ハニー。蜂蜜かぁ。甘いよね。でも今の私の心は炭のように真っ黒焦げのダークマターそのものだ。
「一人にしてごめんな、大丈夫?」
「別に、三人じゃない時はいつでも一人だし」
「…なぁ、どこ行く気だったんだよ。ソッチじゃねーじゃん」
山田君の顔色が変わっていく。もう触れないで欲しくて適当に目を泳がせたら、丁度よく目の前に人気の無さそうな鏡の家があった。
「ミラーハウス」
「……一人でぇ?」
「…そんな事もあるじゃん」
「俺、一緒に行ってやるよ」
「別にいい」
「俺がいないと駄目なんじゃね?」
「いなくてもいい」
すっかり真っ黒に変わってしまった言葉達が可哀想で胸が苦しい。可愛げのある人には背伸びをしてもなれそうになくて、逃げる様に窓口にチケットを置く。
そこに、ふーんと言いながらも勝手に着いてきた山田君の分のチケットが重なった。
赤く塗られたドールハウスの扉を開ければ、耳心地の良い木が軋む音。
閉まるまでの間、外光を僅かに拾った一面の鏡が、並んで立つ二人の姿さえ目くらました。
目を瞑っている間に誰かが追い越して行ったようだったけど、銀のグリッターを零した眩しい世界に目が慣れなくて、着いてくるなら好きにすればなんて思っていたのに、美しかった第一印象の余韻で「意外と綺麗だね」なんて話し掛けてしまい、返事が返ってこない事に首を傾げた。
「…山田君?」
山田君が居ない。
扉の音は閉まってから聞いていない。となるとさっきの追い抜いた誰かは多分、山田君だ。入口から引き返したとは思えない。
先にゴールを目指したとも思えないし、いつも優しい山田君が私に意地悪するなんてのも考え難くて。
ただ何人もの私の姿しか映さない鏡が、山田君を飲み込んでしまったのではないかと思わせる。
なんで。
そう思った途端、泣きたくなった。
「…ねえ、どこ?」
恐る恐る踏み込んだ片足は
直ぐに止まってしまった。
突然、誰かが現れた気配がして振り返れば、酷く怯えた顔の私と目が合う。驚いて駆け出せば、鏡に軽くおでこをぶつけて、泣き出しそうな醜い私が顔を覗いてくる。
そうやって助けを求める様に振り返れば、一面に迷子の私が現れた。
たくさんの私の中に、
この私だけが実態を持つ。
そこに山田君は居なかった。
嘘の世界でもよかったのに、幻も見せてくれない鏡で有り続ける。バカみたいに大粒の涙を零して、拭うために動かした腕が全員で動くから鏡がうるさい。なのに、こんなにうるさいのに、いつもうるさい山田君が居ない。
「やだぁ」
歩くのをやめた足元に雨が降る。出口じゃないものを探していた事に気が付いてしまって、胸が痛む。もう日が暮れるまで私はここから出られないかもしれない。
その瞬間、ふと床が軋む音がした気がして、私は顔を上げた。
「山田君!」
取り巻く一面の世界に、
光の戻った様な自分の顔と、寄り添うように立つ山田君が並んで、鏡の数だけ分身を作っていた。
「わかんないよ、本物どこ?」
来て数分、
偽物慣れした目にはもう、
うつつが見えなくなっていた。
「どれも山田君なのに山田君じゃない」
指先で触れた山田君は平面で、早く実態を確認したい焦りからアチコチにぶつかる。たくさんの山田君は私を見るのに、どれも手が届かなくて、どの道涙は収まらなかった。
「山田君がいない」
「動くなって、俺が行く」
そういった癖に、山田君まで目をやられてしまった様で、イテだとかクソだとか悪態が響いてくる。
急ぐような手探りに見えて、
触れた私が本体だった時の配慮から、幻の私に優しく触れる山田君の指先がどの鏡を見てもときめきをくすぐって、私も早く会いたいと足が動いた。
「全部割りてぇ」
「ダメだよ」
反響する声が整った頃、鏡の世界から飛び出すように屈折して視界が変わり、二人で伸ばした腕は重なって、やっとお互いを抱き締めた。
「ごめん」
「うん」
「ごめんな」
「うん」
「ごめん、ユメちゃん」
「うん」
押し付けられた山田君の胸元に沈んで、涙が付いちゃうと思ったそばから頭を撫でられて、涙が服に染み込んでいく。もう片方の腕はずっと背中を撫でて、泣き声が小さくなるのを待ってくれる。
鏡がこっそり見せてくれるそんな山田君の悲痛そうな顔に胸が傷んで、次は私の腕に愛しさが籠る。山田君の大きな背中に精一杯腕を伸ばして抱き締めながらに撫でれば、ごめんね本当はと、胸の内が勝手に独白を始めた。
本気で求め合っていたような、節操なく力を込め合う二人の身体が軋んで、本物だっていうのに切なさで歪む。
不安な程大きくなるから、あと一枚でも鏡があったら危なかった。懲りずに何セットも映し続ける変な世界で、このまま唇が届けばよかったと思った。
「居なくていいとか、言うなよ」
「うん。ごめんね。……あと、さっきは…言えなかった」
「なに?」
「守ってくれたのが山田君で嬉しかったって。かっこよかったの、山田君。世界一かっこいい。ヒーローみたいだった」
平面に映った何人もの山田君は、
全員、綺麗な瞳を揺らして、躊躇いながら息を吸い込んだ。
「そんな事、言うから、」
突然、両肩を掴んで引き離されて、一面万華鏡のように世界が回る。どこか苦しげに唇を押し付ける山田君の横顔と、驚きながら目を丸くする自分の顔とをぐるぐる映して、離れては急いて重なる度に赤みを帯びていく。幻はいつまでもそんな二人を閉じ込めた。
不安に煽られた本音