桜は自分に沢山の男の視線が集まっているのを感じていた。自分の容姿が優れている事は百も承知で見せびらかすために背中は大きく開き、足元は深いスリット入った紅いドレスを身につけたのだ。それでいい。
話しかけようと会場の男たちがこちらの様子を伺っているがそんなのに構っている暇はない。パートナーを探すフリをしながらターゲットの視界に入るよう移動する。困ったわとでも言いたそうな雰囲気を醸し出しながらフルートグラスに注がれたシャンパンをゆっくりと飲めば、完璧。
飲み終えたグラスをボーイが回収しにきて、それの代わりにターゲットの男が桜に新しいグラスを手渡す。筋書き通りだ。
《 ぬかるなよ 》
ピアスに仕込まれた通信機から桜の嫌いな男の声がした。片手で器用にピアスを外して床に落せば通りがかったボーイが踏み付ける。今頃通信機の向こう側で嫌な顔をしているだろう事を想像すると桜の顔に笑みが浮かんだ。
しかし他人の目がある。一応壊れてしまったことに悲しそうな顔を装って、通信機を回収すれば、そばにいた男がすかさず声をかけて来た。
「よかったら僕に新しいピアスを選ばせていただけませんか」
ニコニコと胡散臭い笑みを貼り付けて近づいて来るターゲットにあらいいかしら?といい女気取りで返事を返す。こういう時の対処法も相手の懐への入り方も心得ている。
「美しい女性だと気になっていたんですよ」
でしょうね、そのために着飾ってきたんだから。桜がどう思ってるかなんて知らない男はぺらぺらと世辞を並べる。さり気なく隣に並び腰に手を添えてきたあたりプレイボーイと噂されるだけのことはあると、されるがままの桜だったが耳元で今夜どうだい、なんて言われれば鳥肌以外の何者でもなかった。
まぁでもこれだけ早く落ちてくれれば上々か、と切り替えて男の胸を軽く手で押す。
「スイートじゃなきゃ嫌よ?」
「もちろん。僕が今いるのはスイートだよ」
目の前の女に夢中な男は、自身の胸ポケットに盗聴器を仕込まれたことなんて気付かない。
「部屋でワインでも飲み直そう」
男が軽く手を挙げると部下と思わしき男が寄ってくる。お化粧を直して来るわと伝えて男から離れると、エントランスで待ってるよと笑顔の男に見送られた。
楽しい時はもうすぐ終わるのになんて馬鹿な男。
パウダールームに入るとクラッチバッグから
素早くイヤホンを取り出して耳につける。手早く髪で隠してから化粧品を取り出せば怪しまれる事はない。
他に出入るする女性を横目に少しグラスに持っていかれてしまった口紅を直しながら先程の男の会話を盗み聴けば、案の定男はとあるプログラミングソフトのクラッキングをした様でそれを元に取引をして大金を得る予定のようだった。
そうと確定したならやる事は1つだ。手早く唇にグロスをのせて男の待つエントランスに向かう。途中すれ違った男に目配せさえすれば桜の仕事はもうすぐ終わる。
これからの甘いひとときを想像してるのかニヤついた顔に嫌気がさしながらも、笑顔で行きましょうと微笑めば大人しく思惑通り動いてくれる簡単な男と最上階のスイートに入る。先にシャワーを浴びておいでと紳士ぶる言葉を吐く男を無視して大きな窓に寄りかかり、ねぇ見てと言えば男はホイホイ寄って来る。男に背中を向けている間に胸の谷間に隠していた注射針を手にした桜は夜景を指差し言った。
「すごく綺麗じゃない?」
「君の方が綺麗だよ」
桜に男の顔が近づく。仕方ないとそっと腕を首に絡めれば途端にわかりやすく早まる吐息。気持ち悪いったらありゃしない。
「最期に綺麗なもの見れてよかったわね」
男の唇が触れる寸前、手にしていた注射針を男の首筋に打ち込んだ。あっという間に意識が落ちる優れものだが死にはしないんだからまだ私は優しいのよ。と虚ろな目をした男の耳元で囁く。
部屋に入れてさえくれればもうあとはこっちのものだ。クラッチバッグに入れておいたグローブをはめて男のパソコンを探す。ゲストルームに無造作に置かれたトランクの中にお目当のパソコンとUSBがあり、中身を確認すれば間違いなかった。
「みーつけた」
データを手早くコピーしてオリジナルを破壊する。何事もなかったように繕って早々に部屋を出る。あの男があの後どうなるかなんて予想はつくがどうしようもないのだと桜は自分に言い聞かせてホテルを後にした。
( 仰いで天に愧じず )