彼女でござる

[1/1]

序幕でござる


なんて不毛な恋をしてるんだろう。

「遅い」
「わかってるわよ」

私とはコンパスが違い過ぎる彼の背中を速足で追い掛けながらそう思う。

「俺の彼女なんだから隣を歩け」
「はいはい」

正しくは偽装した、でしょ。

私、望月晴陽(もちづきはるひ)は、目の前を歩く唐変木、徳川晴臣(とくがわはるおみ)に道ならぬ恋をしている。

平成の世で何を言ってんだって感じだけど、晴臣は苗字が示すように将軍家の流れをくむ家の末裔で、私は代々、彼の家の主君を護衛して来た者の末裔だったりする。

つまりは世が世なら晴臣は次期将軍様かも知れないお方で、私は彼を護衛する忍の者、つまりは忍者ってわけ。
女だから俗に言う『くのいち』ね。

普通は主君に年齢が近い(同い年が望ましい)同性が付くのものなんだけど、生憎、私の家は女ばかりの四人姉妹で、長女の私が同い年で幼なじみでもある長男の晴臣の護衛を任されることになったのだ。

時代が明治になって財閥や貴族の身分は解体されたけど、晴臣の家は徳川財閥改め、徳川グループという企業になった。
天下の徳川グループと言えば不動産始め、様々な分野に手を伸ばしている世界有数の大企業で、言ってみれば徳川グループの執事のような立場のうちとは格が違う。

実際にうちのパパは旦那様こと晴臣のお父さんに学生の頃は学友として、社会人になってからは執事兼秘書として仕えているから、私も行く行くは秘書として晴臣に一生仕えて行くことになるんだろう。

なんかね。
詰んでるんだよねー、いろいろと。
家の教えでは主君に我々が恋愛感情を抱くのさえご法度だし、万が一にも私たちが恋人同士になれたとしても、結婚は絶対に許されないだろう。

だから。
幼なじみで一番長い間、一番そばにいるのに実際は一番遠かった。

物心ついた時には結婚出来ないことも教え込まれていたから、幼なじみでありがちな『大きくなったらお嫁さんにしてね』とか『お嫁さんにしてやる』なやり取りもなかったし……。

ってか、晴臣が私のことをそんな目で見ることは天と地がひっくり返っても有り得ない、か。

「……自分で言って虚しくなってきた」
「は?」
「なんでもない。さあさ、急ぎましょ。お殿さま」

眉間にシワを寄せて睨みつけて来る我が主(あるじ)を促しながら、私たち二人は入学式が執り行われる講堂へ足を踏み入れた。


[*最初][次へ#]
1/8ページ
[戻る]
[TOPへ戻る]

(C) Hugs and kisses #xoxo
ALICE+