ちら見

視線が、とてもこそばゆい。

 じいっと見られでもすれば潔いし「どうしたんですか」などと訪ねやすいものだが、ちらちらとバレない様に配慮された程度のほどほどなソレは勿論相手にバレないために、しかし見たい欲に負け向けるものであろうから「どうしたんですか」などとは迂闊には問えない。もし問うたとすればその者に即座に懐に忍ばせてあった手裏剣で首をスパパン!と釘差しにされてしまうであろう。
 …そんな気がしないでも無いような気がする。

 コンビニエンスストアでは子ども達が休みをもらうと同時期に、雑誌にゴムがきっちり嵌められ立ち読みが出来なくなる。それ程皆が涼みに来て買わずに読みに来るのであろう。そんな時期がくる前にと、私は雑誌をぺらぺらと読みふけっていた。まあ別に読めなくても良いのだけれど、今日はただ単に時間を潰していた。
 待ち合わせの時間はまだなのだが先に待っていても良いが、毎回私が先に来るので相手も少し気を使うかもしれないと私は余計な気を使い近くのコンビニエンスストアで涼む事にした。外にはとても居られないくらいの暑さだからこれだと私は干からびてしまうだろう。音楽に合わせて入り口から入るとひやりとした空間が顔を纏う。外との温度差に少し体が壊しそうだが慣れた事なのでそのまま雑誌コーナーに立ち寄った。時々追っている週刊誌が目のつく場所にあり、私はわくわくとした心地でそのまま腕を伸ばした。
「(ううん、ちょっと寒いな)」
 しかしあまりの快適さに内臓が驚いたのか、雑誌を読み始めて数分経った頃、ぶるりと身体が震えた。散々立ち読みしてトイレが近くなったのだからトイレの神様も呆れておられるだろうが、私は催してすぐに雑誌を戻し、個室を目指した。これが僅か五分程前だろう。そして、今現在。
 私が用を済ませて雑誌コーナーに戻ると、ざっくばらんな店内に一人客が増えていた。普段はそんな事気にも留めないのだが、そのひとは空色というお笑い芸人のような目立つ色のスーツを着ていたのですぐにおや、と目に留まった。空色のスーツを着ている成人男性が熱心に職業雑誌を読み耽っているのだからそりゃツッコミどころ満載でしょう。私はもやもやと、彼はこのスーツでハローワークへ出向いたのか、そして駄目だったのか、空色のスーツは印象的にアカンだろう、とか好き勝手に考察していた。悪趣味なのは知っているが、空色スーツというイレギュラーな存在に目を奪われた。
 彼の横に立って雑誌の立ち読みを再開しているとふと、視線を感じる。何だ何だ、と思っていたが店内には僅かな立ち読み客二人と店員だけ。しかし店員は在庫を確認しに、かサボリかどうか定かで無いが裏方に行ってしまっている。すると視線はどうやら隣の彼のモノらしいという事になる。一瞬、私の考えていた失礼な事が彼に筒抜けだったのか不安になったが、それはまず彼が超能力者で無い限り有り得ないだろう。いやしかし、風変わりなスーツを着た彼がもし超能力者ならば話は別だ。もしかしたら彼は生まれ持った超能力が原因で人間関係が円滑にならず、悩み、職にも悩んでいるのやも…。いやそしたらまず黒いスーツを着なさいよ!ああ、こんな事考えているのも筒抜けかもしれない…。 得体の知れない彼の存在に私は段々空恐ろしく思えて来た。空色だけに。
 証拠にこれだけ涼しい店内で私は詰まらんギャグを脳内で呟いては冷や汗をかいている。これじゃあ涼みに来た意味無いじゃないの。
 取り敢えず、恐ろしい彼から離れよう。
 思い立ったら吉日。私は雑誌を泣く泣く元の場所に置いた。すると、隣の彼がぴくりと動く気配がする。なに?なんなの?動くくらい良いじゃないのよー!ああ、何だか下半身に寒気がする!
 余計にもやもやとし、私は勢いのまま彼を見た。あわわと慌ただしく手から雑誌を滑り落とす彼を見て、私は憮然とした態度で「なにか?」と言う。クナイで刺される覚悟は出来ているわ。どうぞ。私に死角は無いのよ。この時の私の強気な姿勢はまるで蛇が蛙を睨んでいるのを上空から観察する鷹のようだったであろう。そんな気迫に負けたらしい、彼は狼狽して視線を雑誌のほうにずらした。勝てた!私はここでやっと余裕を掴みにっこりしながら彼の言葉を待つ。しかし、段々と頬を赤らめ汗を流す、垂れ眉で三白眼の彼から発せられた言葉は予想していたどれもが当てはまらなかったのだ。

 彼はごくりと喉仏を上下させ、ゆっくりと慎重に言葉を選ぶように口元をへの字にキュッとさせてやっと言葉にした。

「パ…パンツ…見えてます、よ…。」
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