猫に盗まれた


 クラスメイトの彼女とは席が隣になってからはよく話すようになった。どうやら勉強が苦手らしく、最初に話し掛けて来たきっかけは勉強についてだった。僕は六つ子の中では勉強が苦手では無いのでよく彼女に質問されては答えを言うだけでは無く式のやり方や教科書の参考になる部分をおしえていた。そして気がつくと彼女からの質問を待っているようになり、授業中はちゃんと授業について行けているか視線を向けるようになった。
 いつの間にかクラスで一番喋る人が彼女になっていた。彼女はどうなのかは知らないが、多分僕が彼女と一番話している事だろう。 幼なじみ以外の女子と仲良くなれたのが嬉しいと毎日思う僕はやはり気持ち悪いんだろうな。自覚はしている。
 しかし自覚した上で彼は今日もせっせと勉学に励む。理由は言うまでも無い。

「松野は頑張り屋だね」

 教科書をチェックしながらノートに書き込む松野を見ながら私は頬杖をつき呟いた。手元にあったシャーペンは既に机の上に放棄され、私は戦線を離脱していた。

「は、べつに…普通でしょ…」

 松野は素直じゃない。ぼそぼそと言う彼の表情は横からは見えないけれどこの反応はきっと嬉しいのだ。私は席を立って彼のノートを覗こうとすると、シャーペンを持っていた松野の手がもぞもぞと動いた。
 ノートには綺麗な文字が並んでおり、すごく見やすくなっていた。ページをパラパラとめくるとたまに右隅や上に猫の落書きが現れるが、文字の消し後や下敷きをちゃんと使って書かれているため全体的によくまとまったノートだった。猫がとくにかわいい。

「松野のノート綺麗。私のノートにも猫かいてよ」
「お前はまずちゃんとノートを取りなよ。」
「こんなに綺麗にできない!お願いだよ〜」

 手を擦り合わせてお願いすると、松野は断らないのを知っている。チラリと見ると彼は手の平を出した。やったー!と言いながらわたしはノートを渡す。ねこねこ!と私がうきうきわくわくしていると松野はウワ、引いた声を洩らした。

「字汚な…。」
「個性的と言って!ここにでっかくね」
「でっかく描いたらノート取れないじゃん…先生に見られたら怒られるよ」
「ええ〜」
「ちっさく描くからね。」
「なんの猫かくの?」
「…くろねこ。」

 言うとおりに隅に小さく描きはじめると松野の猫背が更に丸くなり面白くなって私は背中をつつつ…と指でなぞると松野の背筋が良くなっていき満足した。

「ちょ、やめてくすぐったい」
「背筋悪いよ。将来どうすんの。」
「猫になるから大丈夫。」
「貴様人間辞める気か。」
「ほら、描けた。」
「わっ!かわいい!」

 わたしのノートには見事ニヒルな笑みを浮かべた黒猫が鎮座していた。つい猫と同じ表情になりそうなのを堪えてありがとうと言っていると、「一松、一松。」と呼ぶ声。
 見ると松野の後ろに松野が、居た。
 松野が二人居る!

「あ、チョロ松。」

 チョロ松、と呼ばれた松野は一松の方の松野とは違いしゃきっとした背筋で制服をきちんと着ており、雰囲気は似ているのに細かいところが正反対な松野だった。つい、あまり見ない三白眼に釘付けとなる。

「辞書借りに来たんだけど…どうかしたの?」
「別に、何でもないよ」
「なんでもなくないよ!ねこ描いてくれたでしょ!」
「猫ぉ?」
「ほらこれだよ。」
「ちょ……」

 ノートにいる黒猫を見せると、チョロ松のほうの松野が絵をじっと見た後一松のほうを見て吹き出した後、何故か笑い出した。すると一松は赤くなってノートを取り上げた。え、なんで!

「へえ〜いちまつがへぇ〜。」
「うるせえな…」
「親切だねえ〜」
「黙れチョロ松。」

 松野の口の悪さが炸裂している!兄弟だからだろうか、なんだかいつもより表情が分かりやすくて“気遣い”をしていない松野が見れた。
 するとチョロ松のほうが「僕のが猫かくのうまい」と言い出して「ほう、言ったな?描いてみろよ…」と一松が喧嘩を買うと私の椅子にチョロ松青年が勝手に座り、一松も自分の椅子に座り、ふたりはノートを広げて猫の絵で勝負しだした。ペンはお互いのパーソナルカラーを選んでいた。え、それ私のペンとノートだよね。いやいいけど。

「チョロ松足描くの下手」
「一松の猫なんでみんな微妙な笑顔してんだよ」
「え、幸せそうな笑みデショ」

 黙って見ているとページ全部が二人の描いた猫だらけになった。もう国語のノートじゃないなコレ。
 ううん、と見ていると二人は同時に私のほうを見上げて同時に話し掛けてくる。

「ねえ、僕の猫のが可愛いよね」
「僕の描いたやつのが上手くない?」
「二人とも自信満々ですなあ」

 一松は表情と肉球にこだわっているらしく強調した肉球と全部違う表情の猫を描いて、チョロ松のほうは毛並みとポーズを細かく描かれていた。
 私がノートを見ている間も二人は睨み合っている。感想がどうしても聞きたいようなので、意気揚々と判決を述べようとした所に休憩終了のチャイムが鳴った。チョロ松のほうの松野は慌ててクラスに戻ってしまった。

 あ、辞書結局持っていってないじゃんか。

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