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 この五年という歳月でひとの生き死ににはもううんざりする程に触れてきた。
 慣れ、というものは恐ろしいもので、最初はそれこそ抵抗感もあったが、今では簡単に人の命を奪うことが出来る。五年で順応し、そして身体もそれに合わせて適応していった。
 流星街というこの世の何を捨ててもいい場所に突如として捨て置かれた三人は、ごみ溜めで生き抜く術を知り、そして五年間こうして生き延びてきた。
 念能力という摩訶不思議な力も、その時流星街で知り合った老人から知り得て、五年かけて修得した。
 285期ハンター試験にも無事合格し、今や立派なハンターとして生計をたてている。
 正直なところ、いまさら元の世界に帰りたいとも思わなくなった。
 もし一般人として生きて来ていれば、帰りたいと切に願っていただろう。しかし、なによりも訳も分からず流星街に来てしまい、この世界での戸籍も三人にはなく、そうなると結局こうして裏社会という死と隣り合わせの生活を余儀なくされているのだ。
 ハンターとして、裏社会の人間として生きていくと決めた時から、常識や良識なんてもちあわせていても無駄なだけだと捨て去った。

「成人式なんてとっくに過ぎてるよね」

 ふとそうこぼす#name4#の独り言に反応したのは#name2#だった。

「あぁ、すっかり抜けてた。そういやもう成人の歳よね、私たち」
「この世界に成人式とかってあるのかな」
「五年も過ごしてきたけど、あんまり詳しいことは分かってないよね」

 見た目も五年前と比べれば随分と成長した。背も伸び、性格も少し落ち着いて来たように思う。
 一応教育という概念はあるらしく、本屋等で教科書などといった図書類を読み漁った。ハンター文字というこの世界の共通文字も、今では問題なく書ける。
 そのおかげか知識はそれなりに豊富になった。今ではハンターとしてそこそこ稼いでいるが、作戦を練ったり、重要な書類を書いたりする際には、ハンター文字ではなく元の世界で使っていた日本語で記すようにしている。この世界にはジャポンという日本に近い国があるが、どうやら日本語は存在しないらしい。
 ただでさえ難しいと言われていた日本語のため、どんな学者でも解読は限りなくゼロだと着想し、三人で行う文字でのやり取りは基本的に日本語でとの結果に行き着いた。

「最近思うんだけどさぁ」
「ん? なに?」

 ソファにだらしなく座る#name2#が口を開く。目線は机を挟んだ反対側にあるテレビで、忙しなくニュースが垂れ流しになっている。
 隣に座る#name4#と、ソファの椅子部分を背もたれにして前に座る#name6#は、#name2#の話に耳を傾けた。

「ここんところ私たちって、ほんとに便利屋みたいな仕事しかしてないじゃん。犬の世話を旅行の間一週間してくれだとか、海に落とした指輪を探してくれだとか」
「別れた恋人との思い出の品を燃やすの手伝ってくれってのもあったね」
「それでさぁ、思ったんだけどたぶんホームページの運営の仕方が悪いと思うんだよね」

 基本的に三人への依頼はネットを通じてである。萬屋という簡易的な至ってシンプルなホームページを開設し、表示されるのは事例により見積もった依頼の報酬額や、依頼のない日にちを表示するカレンダーのみ。
 一般サーバーを使用しているため、裏社会関係なしに様々な依頼が舞い込んでくる。

「平和ボケした依頼もいいけど、あれだけ死ぬ思いで習得した念能力活かした仕事って、ここんところしてないわけで」
「まあ、確かに」
「それになくしたものの捜索やらなんやらの報酬って、たかが知れてるじゃん」

 幸いにして途切れることなく依頼はくるのでお金に困ることは無いが、確かに#name2#の言うことは一理ある。
 そもそも裏社会の人間として生きると決めたのだ。苦労して習得した念能力も、使わなければ腕が廃るというものだ。常識やら良識やらを断ち切り、人の命を奪う感触を慣れるまで散々と繰り返してきたあの地獄のような日々を思い返す。
 平和ボケとはいうが、忘れた訳では無い。しかし、こうも気の抜けた依頼ばかりでは、再び何か本格的なプロハンターとしての依頼が来た際に躊躇ってしまう気はする。
 #name2#が危惧しているのはその事だろう。

「それでさ、念能力者しか開けないホームページ作ろうよ」
「……えっ、そんなの可能なの?」
「んー、わかんないけど。でも水見式の絡繰でさ、萬屋のホームページを改良して発ぶっ込まないと開かないページとか、凝しないと見えないページとか作って。そっちに本業の依頼来るように設定とか、なんとか出来るんじゃない?」

 言わんとしてることは分かるが、しかしその絡繰を形にする技術を、この三人は持ち合わせていない。
 三人のうち誰か一人でもプログラミングが得意な人間がいればよかったものの、あいにく三人とも機会の操作はイマイチである。念能力も電子機器とは全く無関係の能力なので、どうにかしようにも難しい。
 いい案なのだが、早速行き詰まり三人は唸ることになった。しかし唸っているだけでは前に進まない。
 #name4#は試しに発や凝を色々なサイトで試してみることにした。

「あ、ヒットした」

 しばらくして#name4#がひとつのサイトで手を止めた。プロハンター専用の情報サイトだが、発を行いページを開くと有料のより精度の高い情報を取引できるページに移動する仕組みになっている。
 シエルという男が運営するこのサイトこそ、三人が考えていた念能力でしか開けない隠しページの絡繰を使ったホームページになっており、早速#name4#はメールを送った。

 返ってきた返事は『500万ジェニーで引き受けよう』というもの。通帳の残高と示し合わせて、#name4#はため息をついた。

「このシエルって人、500万ジェニーで念能力者しか見ることが出来ないページ作るの引き受けてくれるって」

 金額を聞き、#name2#は驚きで声を荒らげる。

「はっ!? たかっ、え、ぼったくりじゃん!」
「まあ、普通のプログラミングとは訳が違うからね」
「三人で貯めてきたけど、500万ジェニーも払ってたら大分カツカツになっちゃうね……」
「背に腹はかえらんないよ。どっちにしろプロハンターとしての依頼を受けていけば簡単に500万なんてとりかえせるって」
「そもそも儲けるためにするんだもんね!」

 #name6#が言えばそれもそうだと#name2#と#name4#も頷いた。
 そうと決まれば早速取引の開始だと#name4#はシエルに500万ジェニーを払う主旨のメールを送る。交渉成立の返事は直ぐだった。





「初めまして、君達が依頼主?」
「あ、そうです。てことは……あなたがシエルさんですね」

 待ち合わせ場所はファミレスに入って右側奥の1番角。大きなガラス張りの窓から外の風景が見えるその席に、シエルという爽やかな見た目の好青年が現れた。金髪で優しげな顔立ちでではあるが、がっしりとした体格でインテリ系かと問われれば少し考え込んでしまう。
 三人がシエルと取引をした後、詳しくやり取りがしたいからと直接での話し合いに応じ、こうして四人で席を囲む経緯となった。
 シエルは早速、渡されたノートパソコンを見て「うーん、まあ簡単な絡繰だし今日中には終わると思うよ」といった。

「え、この場でちゃちゃっと出来ちゃうもんなんですか?」
「この場でちゃちゃっと出来ちゃうもんなんです」
「じゃあお願いします」
「はーい」

 軽く返事をしたあと、シャルナークはノートパソコンを弄り始めた。#name4#が感心した様子でその手つきを見つめるが、#name2#と#name6#はほとほと興味が無いようでメニューを開いて話し合っている。

「#name6#どれ食べる? 私このデラックスプリンアラモードってのがずっと気になってて」
「えぇ迷う! デザートもいいけど、お肉も食べたい……」
「あーたしかに、このハンバーグとかすごい美味しそう」
「こっちのリブステーキも捨て難いっ」

「なんでもいいけど食べ過ぎないでね、お金ないから」という#name4#の忠告は耳には入っていないようで、店員を呼んで大量の注文をしていく二人にげんなりする。

「仲良いんですね」
「ええ、まあ……長い付き合いですから」

 シエルは#name4#の返答に軽く相槌を打ちながら作業を進める。
 運ばれてきた料理をなんだかんだと#name4#も仲良く分け合いながら食べる姿に、シエルは小さく微笑んだ。
 しかしその目は見定めるかのように冷めた目付きである。

(いくら調べても詳しいことが出てこないし、なにより戸籍がないってことは多分流星街出身者なんだろうけど……三人とも総合的に見て普通って感じだな。念能力がどんなものか分からないからなんとも言えないけど)

 シエル……__ことシャルナークは三人をそう評価し、ノートパソコンを閉じた。それに気がついた#name4#が声をかける。

「あ、終わりましたか?」
「うん、完璧。ところで俺もすこしお腹すいたんだけど」
「ああ! ごめんなさい、シエルさんも何か頼んでください、奢りますから」
「え、ほんと? じゃあ……」

 メニューを見てシエルが店員を呼ぶ。注文を済ませた後、改めて三人と向き合った。
 いったいどこにそれだけの量が入るのか、#name6#と#name2#の前には大量の皿が重ねられている。その殆どは#name6#によって胃袋におさめられているが、見た感じではすらりとした体型で決して太っている訳では無い。本当にどこに消えているのやら。

 シャルナークが知り得る三人の情報は、三人とも戸籍が無いこと、ハンターライセンスは所持していること、念を習得済であることの三つのみだ。
 年齢も、生年月日も、どんな念能力なのかも、いくら調べても出ては来なかった。戸籍が無いということは、恐らく流星街出身者だろう。念能力者でハンターライセンスを所持しており、かつハンターとして生活(仕事内容がどうであれ)出来ているという面では、そこそこ使えるのだろうと仮定する。
 年齢は直接あった印象では二十歳前後かと思われる。
 自身がシエルとして運営しているハンター専用のホームページに、『念能力者でしか開けない絡繰を作ってくれ』なんていうメールが送られてきた時は、ただただ面白そうという理由で承諾した。

「すみません、スペシャルプリンアラモードください」
「さっきも頼んでなかった?」
「あれはデラックスプリンアラモード」
「どんだけプリンアラモード食べるのよ、お金ないってさっき言ったのに……」
「すみませーん! ビーフハンバーグとペンネグラタンとガーリックステーキください!!」
「#name6#はただただ食べ過ぎ!!」

 自由だなぁ。第一印象はそれ。
 数時間経った今でもその感想は変わらず、なんというか気の抜けたこの時間がむず痒く感じる。
 シャルナークは奢ってくれるというオムライスを食べきり、改めて三人と向き合った。

「ご馳走様。美味しかったよ。オレはこれから予定があるからもう行くけど……また機会があればよろしく」
「はい、ありがとうございました。とっても助かりました」
「シエルさんまたねー!」

 ファミレスを後にするシエルに手を振り、#name4#は「さて」と二人に向き直った。
 そんな#name4#にきょとんとした顔で#name2#と#name6#が見つめ返せば、#name4#は悪戯っぽく笑った。

「本格的に始動しますか、萬屋!」
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おこさないでね