酔い添う


生まれて二十五年。子供だった私は、ようやく大人の仲間入りに片足突っ込む位は成長したと思う。昔苦手だった食べ物も、今では克服して大好物になったり、出来なかった事が出来る様になったり、人は成長する。

年越しが終わり、仕事始めに取り掛かったある日、久しぶりに中学生の頃から仲の良い友達からLINEであけおめメッセージと共に、お誘いの連絡が送られてきた。

【今度中学の同学年集めて飲み会するんだけど、名前も来ない?】

友達以外の中学の同級生に会うなんて、十年ぶりだ。成人式には出なかったし、その後の同窓会も行かなかった。
…何故なら、私がまだ大人になれなかったから。

成人式から丁度五年経つ今なら、大丈夫かもしれない。友人からのLINEに【うん、行きたいな】と短文と合わせて、猫が手で丸を作ってるスタンプも一緒に送った。

▽▲▽


飲み会当日。
仕事を終わらせて集合場所の居酒屋へ入れば、友達がスマホを片手にお出迎えしてくれた。

「名前、久しぶり〜!最近仕事で会えなくてゴメンね!」
「ううん、私も最近仕事詰め詰めで…。久しぶりにあっちんと会えて良かった」

久しぶりに会う仲の良い友達のあっちんと、広い飲み会の端でグラスを鳴らす。明日は休みだけど、仕事で疲れた身体にお酒は直ぐに酔いが回りそうなので、ノンアルコールを頼んだ。
居酒屋の一部屋を貸し切って開催されたプチ同窓会だけども、40人程いた同学年だった人達の中から30人程度、つまり殆どの人が参加しているらしい。

あっちんはコミュニケーション能力が飛び抜けていて、クラスメイト全員と仲良しだった。なのに、私が独り占めしておくのは勿体ない。軽く近状を話し合い「他の人とも話してきて大丈夫だから、私の事は気にしないで」と言うと、申し訳なさそうに「じゃあちょっと話してくるね」と立ち上がって別のテーブルに移動した。彼女の謙虚で人に優しい所は、私含めて皆んなが大好きだ。
私も隣のテーブルの女の子達と久しぶりだね、なんて二、三回会話をまじ合わせては、自分の座ってるテーブルに戻り御通しとして出てきた枝豆を食べる。
中学の頃は、あっちん以外にも三人ほど仲が良い友達が居るが、その子達は来なかったらしい。あっちん以外は私も含め消極的だから仕方ないか。
…私も、少しは積極的になれたかな。

枝豆に飽きて、タコの酢の物に箸をつける。最近仕事が忙しくて食欲が無かったのだけど、お酢の酸っぱさがさっぱりしてて食べやすい。
ん、中々このお店も美味しいかも。なんて脳内食レポをしていると、誰かが隣に座ってきた。

「お、茹でだこじゃん。久しぶり」
「さ……ご、五条君。ひ、久しぶり」
「ねーお前成人式来なかったろ?何で?もしかして引きこもってた?」
「…いや、ちょっと色々忙しかっただけだよ。前撮りはしてもらったし」
「ふうん。なあ茹でだこ、前みたいに赤くなんねーじゃん、どうしたの」
「………私も大人になったからね」

茹でだこ、とは、この五条悟君がつけた私のあだ名である。
幼馴染、と言っていいのか分からないけれど、小学生の頃から五条君とはお友達だった。なんと家は歩いて五分で着く距離で、しかも五条君のお家は大きいから実質隣のお家といってもいい。
五条君は昔からカッコよかった。その格好良さは未だに変わらず、ラフに着こなす白シャツに昔は掛けていなかったサングラス姿は大人としての五条君を一層輝かせている。
そんな彼は昔はちょっとヤンチャで、元気で。でも少し不器用で、そんな所が可愛くて。小学生の頃は五条君のお家で一緒に遊んで、よく私を笑わせてくれてたっけな。

そんな彼の事がいつしか好きになっていた。
生まれて初めての恋の相手は、五条君だった。

しかし、積極的で元気な彼とは違って消極的で恥ずかしがりやな私は、小学六年生のある日クラスメイトの「名前って悟の事好きなんでしょー?」なんて子供じみた会話の中で出てきた一言によって、人生は変わってしまった。
その言葉に反応して、真っ赤になった顔を見たクラスメイトは私の表情を見て笑ったり驚いた声をあげたり、それはそれは旬の話題のように盛り上がった。
ヒューヒューと冷やかされる私と、五条君。
どうしたらいいのか分からなくなり思わず彼の方を見ると、彼の顔は少し困ったような…いや、怒った様な顔を私に向ける。そんな顔、一度も見た事無かったのに。
彼の目を見つめると「誰がこんな茹でだこ女好きになるかよ!」と貶され、バカにされた。
それから仲良く絡み合っていた糸はいつしか解け、別々の方向へ進んでしまっていた。中学生に上がってからは、それに加えて揶揄われ弄られ…。
茹でだこと呼ばれる日々は続き、五条君のせいとは言いたくないが、いつしか男性の人が苦手になってしまった。

私の恋は実らずとも、彼の恋は実っていた様で、彼は中学に入ってから恋人が出来たみたいだった。よく図書館で一緒に居る所や、帰り道を一緒に帰っている所を、遠く、遠くの端の方から目で追ってしまいモヤモヤとした感情が心を渦巻く。

五条君の彼女さんは私の一個上の先輩で、友達から「あの先輩、名前に似てない?」とよく言われた。
ぱっと見れば、髪型や顔の骨格、スタイルが少し似ているかもしれないけど、じいっと見れば全然似てないし、性格も私とは真逆だった。しかし、友達の言葉は私の胸をギュッと締め付ける。

……なんで、私じゃダメなんだろう。

馬鹿にされても、何故だか五条君の事が諦められなかった。いつしか、昔みたいに笑い合える仲になれるんじゃないか。そして、それ以上の愛し合える関係に……なんて虚しい夢をどこかで思っていたけど、初恋なんてそんなもんだと自己完結させて、その虚しい夢に蓋を閉じた。
中学を卒業して別々の高校に行って、それから五条君とは一度も会ってない。顔を見れば嬉しい気持ちの反面、悲しい気持ちが大きいので初恋を早く終わらせたかった。
実家に帰れば彼に会うかもしれないと思って、殆ど帰省する事もやめた。

あれから十年。
十年も経てば、別の恋もしたし成人してから恋人もやっと出来た。その人のおかげで男性への苦手意識も克服し、大人の階段も登った。
…まあ、結局性格の違いで別れちゃったんだけど。
兎に角、私は大人になったんだ。

「そういえば…五条君は何の仕事してるの?」
「んー?宗教系の仕事だよ」
「そっか五条君のお家、宗教の凄い所だったもんね」
「まあね。ソッチは?何してんの?」
「広告店の事務だよ」
「ふうん」

…あ、会話終わっちゃった。というか、終わらされた?けれど、昔よりも少し話しやすくなった気がするのは、彼も大人になったからだろうか。
ちらり彼を横目で見れば、五条君はビールをゴクゴクと飲んでいる。
五条君顔真っ赤だ、もしかしてお酒弱いのかな…?
大丈夫か不安になって声をかけようとすると、あーー!と驚いた声であっちんが戻ってきた。

「ちょっと五条何やってんの!名前大丈夫?!」
「あ、うん、大丈夫だよ」
「…アンタまた名前苛めようとしてないでしょうね?もうこれ以上名前に嫌がらせしないでよね!」
「はぁー?嫌がらせとかしてないし。ていうか眠い、ねえ膝貸して」
「えっ、な、膝?」

倒れるかのように横になる五条君は、私の膝のタイトスカートに頭を置いてきた。
こ…これは所謂膝枕じゃない…?
眠る様に力を抜いた手を丸め、膝頭に軽く触れる指先にドキッと胸が高鳴る。…落ち着け落ち着け。これはまた、あの時と同じような意地悪な揶揄いだ。何の意味もなく、遊ばれてるだけ。昔みたいに赤くなりそうな感覚を必死で抑える。
深呼吸をして落ち着こうとすると、大丈夫?とあっちんが気にかけてくれた。私が五条君に対して想ってた事や意地悪されていた事を、あっちんはよく知っているし親身になってくれた親友だ。
深く息を吐いて平常心を戻し「大丈夫だよ」と返事をすれば、あっちんは「そのまま膝から落としてやれば?」なんて冷たい事を言う。しかし、もしかすると五条君もお仕事帰りで疲れてるのかもしれない。
「そっとしておこう?」
あっちんに気にしない様に声をかけて、また彼女と最近の話題について話し合った。



あれから話し合っていると、いつの間にかお開きの時間らしい。二時間コースってあっという間だなあ。二次会行く人〜!なんて挙手を取る声も聞こえる。
「あっちんはどうするの?」と聞くと「私明日仕事なんだよねー…最悪」と仕事に対して項垂れる。あっちんがこのまま帰るなら、私も帰ろう。どうせ深掘りする話相手なんか居ないし。今後のスケジュールは決まったが、問題が一つ。
五条君がずっと私の膝の上でぐっすりと寝ている。
相変わらず綺麗な色白い顔してるなあ、お酒で火照った頬が可愛い。思わず頬に触れると、指先の冷たさが伝わったのか、顔を顰めたので肩を叩いて起こす様に仕向けた。

「五条君、お開きだって。二次会あるらしいよ、行かないの?」

声をかけると、ゆっくりと起き上がって沈黙が続き、頭を軽く掻いてあー…と寝起きの声を出す。

「……お前どーすんの」
「私は帰るよ」
「じゃあ僕も帰る」
「え"っ?!」
「…何。一緒の方向じゃん、タクシー呼ぼっか」

な、ななあのクラスの陽キャだった五条君が一次会で帰るの??それに一緒のタクシーに乗って帰ろうか的な事を言い出した。
何?また私意地悪されてる?タクシー途中で下されたりする感じ?それとも目的地の先は陽キャ人間が待っていて、また笑い者にされる?
今度こそはあっちんに助けを求めようと彼女を探すが、クラスメイトと最後の挨拶を交わしており、その間に五条君に手を引かれる。私は居酒屋の外へと引っ張り出され、止まっていたタクシーに詰め込まれて私の後に彼も乗ってきた。

「っねえ、五条君!私今住んでるの実家じゃないから一緒帰れないよ」
「んじゃーどこなの。住所タクシーの運転手に言って」

五条君の言う通りにタクシーの運転手さんに住所を伝えると、カーナビに設定し、大体20分程度で着くと表示された。
20分、五条君と二人きりか………ん?というか五条君は?どうするの?
ねえ、と声をかけようとすると肩にコテン。と頭がのしかかり、すうすうとまた寝息が聞こえてきた。
寝てる…。んーまあ、着いて起こして、五条君のお家の住所聞けばいいか。彼ももう大人だし、どこか立派なマンションに住んでるんだろう。

▽△▽


タクシーは定刻通りにつき、住んでるマンションの前で止まった。五条君は相変わらず、すうすうと気持ちよさそうに眠っているが、起こして次は彼を返さなきゃいけない。
どうしよう。とりあえず太ももを叩いて起こそうとすると、ううんと唸り声をあげるので「五条君、私お家着いたから帰るけど、五条君の住所教えて?」と聞くと「やばいくらくらする、吐きそう…」と顔を顰める。
その言葉に、私も、タクシーの運転手も戸惑い、一瞬沈黙が走る。
ダメだ、タクシーを汚すわけには行かない。
とりあえず外に出して…外は寒いし、部屋にお水あるから、とりあえず休ませてあげよう。
タクシーの運転手さんにここで大丈夫です。と運賃を払って「五条君、出れる?」と聞くと、彼は重たい身体ズルズルとタクシーから降ろした。
身体の重心はしっかりしているらしく、手を握って進めばそのままついてきた。
オートロックを開けてエレベーターに乗り、部屋の鍵を開けて中に入る。そこまでの間ずっと沈黙だ。
小さな1DKのダイニングにあるソファに彼を座らせて、冷蔵庫から冷たい水をコップに入れ、彼の隣に座ってコップを握らせた。

「大丈夫?お水飲める?」
「……うん。飲む」

少し意識がはっきりしたらしく、コップを握る力が強くなると、そのままお水を飲みゴクゴクと喉の鳴る音が聞こえる。
空になったコップにまた水を注ぎ足せば、半分だけ飲んでコップをテーブルに置いた。

「大丈夫?気持ち悪い?トイレで吐く?」
「ううん……大丈夫、ちょっとこのままさせて」

彼はまた隣の私に肩寄りかかると、息をする音が聞こえ、触れた肩から彼の温もりが伝わる。
…こんなシチュエーションされたら、ちょっとドキっとしちゃうじゃん。
男の人が私の部屋に入るのなんて元カレ以来だし……ってまさか、これって私連れ込んでる…?!いや、違うの、いくら酷いことされたからって元幼馴染の酔っ払いを放置するわけにもいかないし、彼と久しぶりに会えてちょっと嬉しかっただけで、決してそんなやましいことなんて……!
…ちょっと脳内にチラついてしまいそうになるのは本心。って何考えてるんだ私…!

灯をつけるのが面倒で、暗闇の中、月明かりだけを頼りにテーブルにあるリモコンを探す。気分を紛らわせる為にテレビの電源をつけ、音量を小さくして夜のニュース番組が流れるのをぼおっと見つめた。
この状況、夢なのかな。夢であってほしい。取り返しのつかない行動をしてしまった…ただ人を助けたかっただけなのに。

肩に寄り添う、初恋の人。ふと、彼の手が何かを探る様な動きをしてソファの底を触る音が聞こえ、ふと私の手をぎゅっと握ってくる。
どうしたんだろう?思わず彼の方を向いた瞬間、彼にぎゅっと抱きしめられた。

「ご、五条君…?」
「ねえ………名前で呼んでくんないの」
「さ……さとる君」
「名前、」

久しぶりに彼が私の名前を呼ぶ。そして、私も。昔は名前で呼んでいたけれど、彼への気持ちがバレてしまい茹でだこと呼ばれるようになってからは、五条君と彼の名前を呼ぶ事をやめた。

「名前は…もう僕のこと、好きじゃないの?」
「…悟君、私が好意寄せてるって事嫌ってたじゃん、忘れようと頑張ったんだから」
「違う、嫌ってたんじゃない。本当は、好きって知って嬉しかったんだ。僕さ、素直になれなくて試しに名前に似た人と付き合ってみたけど、全く名前に対して正直になれなくて…でも付き合ってから名前が僕に対して呪霊を生み出しているのが可愛いくて、やめられなくなっちゃったんだ」
「じゅ…じゅれい?何それ?」
「簡単に言うと、呪いが形になったもの」
「私、悟君を呪ってたの…?そんな、呪ってなんかないよ…?」
「うーん…名前の呪いって怨みを指すんだろうけど、呪いってのはね、嫉妬だったり後悔だったり、そういう想いも呪いの一つなんだよね」

抱きしめたまま、耳元で説明する彼の声は少し擽ったくて、少し耳が敏感になってしまい彼の服をぎゅっと握った。

「それでね、名前が作った呪霊がよく僕の元に来てたんだ。一年に数回、可愛かったり、たまに凄く重かったり、それを見るたびにああ僕って愛されてるんだなあって思ってたんだけどさ、大人になるにつれて少なくなっていって、二十歳を超えてから来なくなったんだよね」

悟君が言ってる事に頭が着いていかない。呪いが歩いて彼の元へ行ったの?その呪いって具現化出来るの?で、それを彼は見えてる?
理解出来ない…が、彼はそういえば宗教で有名な家だったっけ。そう言うのが見えてもおかしくないのかもしれない。

「ごめんね、私そんな事知らなくて。迷惑だったよね」
「迷惑なんかじゃない、迷惑をかけたのは僕の方さ。名前が僕のことを好きでいてくれた事、本当はとても嬉しかったんだ」
「…うん」
「でも、あの頃の僕は不器用で、それは今も変わってないんだけど。だから、今だってこうやってお酒の力を借りても、好きな子一人に素直になる事で精一杯なんだよね」
「うん、………ん?」

…………??好きな子?
あれ、何の話してたんだっけ。本当は私が彼を想ってたことは嫌じゃなかった事、そしてお酒の力を借りないと素直になれない事…?

「えっと、好きな子とは、誰の事を言ってるの」
「…それ、ギャグで言ってんの?」
「え?ギャグ?」
「…名前に決まってるでしょ」
「…え、ギャグ?」
「はあ?」
「だ、だって悟君が私の事好きなんて…また何かの冗談なんじゃ…」
「冗談で言うわけないでしょ。…って名前にこんな印象を与えてしまったのも、僕のせいか」

五条君は抱きしめる力を弱めて身体を少し離し、私の瞳を見つめてきた。同じように私も彼の瞳を見つめ返すと、昔から変わらない綺麗な瞳が哀しそうに揺らいでいる。
今まで散々嘘を言ったり揶揄って意地悪されてきたけれど、いつもの彼ならこんな嘘はつかなかった。
こんな嘘をつかれた日には、私は確実に彼を拒絶していただろう。

「本当はすぐに謝ろうと思ってたんだ。けど、なんだか恥ずかしくて。それに、僕が名前に対して強く当たっても僕のことを好きでいてくれる事に堪らなく優越感に浸ってたんだ。…だから、居なくなって気づいた、ごめん」
「別に、気にしないで。……悟君が、不器用なのは変わんないんだね。それにしても不器用すぎるでしょ」
「…うるせーよ名前のくせに」
「あ、昔の悟君だ」

ちょっと恥ずかしそうに拗ねる彼の顔を見れば、昔のちょっと捻くれた顔の面影が現れる。ああ、彼もこんな風に気持ちを素直に打ち明けられる程に成長していたけれど、成長しても変わらない所があるんだ。

「名前はもう僕の事好きじゃない?」
「…私だってあれから別の好きな人も出来たし、恋人も出来たんだよ。今の悟君に会うのも十年ぶりだし…素直にうんっては答えられないよ」
「恋人出来たってマジ…?」
「まじだよ。…もう別れちゃったけど」
「…っはー…やばい後悔はんぱない。名前の一番は俺が貰うはずだったのに…最悪」

自暴自棄に悲しむ彼を見て、昔の恋心が思い出したかのように溢れかえる。
…ううん、本当はずっとどこかで忘れられなかったんだ。
恋人が居ないなんて言っちゃって、私も何処かで彼に期待している。この恋心、もう一度チャンスしてもいいのかな。

「でも、今一番気になってるのは…悟君だけど、ダメかな」
「…ダメじゃない。ねえ名前、もう一度僕と初恋してくれない?」
「…ズルい」
「ズルくたっていいじゃん。今度は手放したくない、素直に君と接したいんだ…名前が欲しい」

私を見つめる彼の瞳は真剣な眼差しで、虎視眈々と私の答えを待っていた。
これは私の願望が生み出した空想?
明日の朝になれば、またいつもと変わらない五条悟の居ない毎日が来るのじゃないのか。不安が募る中、どくんどくんと心臓の音が現実味を帯びる。

「…これがもし酔った勢いの嘘じゃないのかって考えてたら、怖いんだけど」
「酔いならさっきの恋人いた発言でとっくに醒めてるよ。名前の事だからてっきりまだ恋人作ってないと思ってたのに…」

彼は甘えるように私の肩に頭を乗せてぐりぐり擦り付けてくる。愛くるしい彼の髪を撫で、輪郭を確かめるように指を添えて、改めて彼の顔をまじまじとみる。
カーテンの隙間から光る月明かりに照らされた彼と私。輪郭を撫でた指先で彼の頬に触れると火照る温もりが伝わる。ああ、夢じゃない。

「ふふ、悟君顔赤いよ」
「名前だって、赤い。茹でだこみたいに赤くなる君が可愛くて仕方ないんだ」

だから、これからもその頬を赤らめさせるから、僕の事をもっと好きになってよ。

「ねえ、名前好きだよ」

触れた指を絡めて、唇を合わせて触れるだけのキスをする。
今までの辛かった事や、悲しい事が無かったかのように、この空間に酔い込む。


ねえ、今度はこの恋に寄り添って、確かめて、深く愛し合ってみようよ。
BACK/HOME