tomorrow


2023.12.7五誕夢


2016年軸



「やだ」
「……あの、」
「やだったらやだ!」
「しかし……」

駄々をこねる彼の心を写すかのように、窓の外は暗闇。光沢感のあるソファに深く腰掛けた呪術師最強の男――五条悟の目の前には、大量の紙の束がテーブルに積まれていた。

「朝から夜まで任務任務任務。僕、疲れて何もできなーい」
「ええ……えっと」
「五条さん、後輩をいじめないでください」

一ページ、紙を捲る音が静かな部屋によく聞こえる。主に職員やフリーの術師が休憩にする際に使われる談話室には、もう一人、後輩を庇う一学年下の後輩が本を読んでいた。

「伊地知君も朝から晩まで働いているんです。その鬱憤を吐き出す場所を弁えてください。それに帰れないのは貴方が書類を後回しにしたせいでしょう」
「んな事言わなくなっていーだろ七海ィ。明日が何の日か分かってる?」
「ハァ……誕生日だからといって手伝いませんよ」
「覚えててくれるのに、ケチだなぁ〜」
「毎度毎度、この時期自主的にアピールされては嫌でも記憶に留まります」

五条悟生誕祭の情報は、高専時代に在籍した頃から毎年十一月末より五条悟本人によって発信され、同じ術師や補助監督、受け持ちの生徒からお祝いの言葉を貰うのが毎年恒例となっている。
辛辣な七海の言葉、そして自身のツケで積まれた書類の数々。現状を受け止めたくはなく、大きな溜息をつき大量の書類の一番上のものだけつまんで軽く目を通す。

【今期の呪霊の発生及び討伐の件数】
【行方不明者と因果関係の比率】

――等、数字に直さなくても呪霊が消えることは無い。再度大きく溜息をついた。
任務を終えて現在夜八時。この書類を一つ一つ確認するには日付が変わるだろう。

「つーか前にも言ったよね。別に確認なんて印鑑一つで終わるんだから、お前がやっていいって」

積もれた書類の数々は五条悟宛や呪術高専関係者に通達されるものであり、五条悟の確認が無いと進めないものばかり。だとしても一々確認していてはキリがない為、任せていたはずの伊地知に問いかけると、おどおどしつつ口を開いた。

「しかし……その、私も一通り目を通しましたが今回は生徒達に関わる書類もあります。一度、五条さんも目を通して頂けると、と思い……すみません」
「上の連中は相変わらず馬鹿しかいないのかねぇ」

更に数枚書類に目を通せば、確かに【呪術高専における罰則の見直し】と書かれた書類があり、そこには禁を犯した者への処遇をより厳しい条件に変更を要する内容だった。
今年入学した生徒の中に昔ながらでは無い、時代に合った術式を持った者が存在し、その生徒が五条悟の青春時代まではいかずとも、少々問題児である事が関係しているのだろう。

――…全く、年寄りな上の人間はいつまでたっても重い腰をあげる事なく、未知なる恐怖に怯え、愚痴を溢してばかりだ。そうまでしてこの先短い人生を楽しみたいのかね。意味のない伝統や地位を守りたいなんて、しょーもない身勝手さを押し付けんな。

ただでさえ上からの命令で任務詰めになっている自身の置かれている状況に、さらに嫌気がさす。ますます自身のやっている事が馬鹿らしくなり、手に取った数枚の書類を戻した。
明日は誕生日だっつうのに、何でこんなイライラしなきゃなんないの。

「やーめた」
「えっ?!あ、あの、期限は明日までで……!」
「五条さん、伊地知君を困らせるのも程々に」
「やんないとは言ってないでしょ。明日やるから、机置いといて」
「しかし明日は――」
「アイツ、今どこ行ってんの?」
「っ、……名前さんは今日一日、千葉で一年生の任務に引率中です。怪我は無いそうですが、少し手こずっているようで……」
「そ。ま、大丈夫でしょ」

ソファから立ち上がり、うんと背伸びをして「んじゃ、おつかれサマンサ〜」と手を振り、軽薄かつマイペースな彼は、性格を現すようにその場から立ち去ったのであった。




*




恋人である名前は伊地知と同学年で、僕らは学生の頃からの仲だ。周りからおバカだけど明るくて可愛い、と硝子とは正反対の性格で、硝子派か名前派、どちらがタイプか傑と論議を交わしたこともあったっけ。
ちなみにあの頃の僕は何方ともそういった感情を持ち合わせてなくて、とりあえず硝子の方が胸が大きいかったから硝子派に手を上げた。

だけど、あれは僕が高専に入学して三年生の頃のはなし。


とある日の夜中、喉が渇いて自販機へ飲み物を買いに行こうと玄関口の扉を開ければ、名前が突っ立っていた。いつもの能天気なアホ面をしていない事に気づかず「邪魔なんだけど」と声をかければ、突然彼女の瞳から大粒の涙が溢れ、嗚咽を漏らし始めた。
あ?!そんな酷いこと言ったか?!いつもなら「えへへ」って褒めてねーのに笑ってるのに。
慌てた俺は、泣いてる彼女の手を引っ張って自販機スペースまで行き、ベンチに座らせて適当に買った缶コーヒーを渡すと、嗚咽まじりにごめんなさいと口を開いた。

「がれじ、ぶられで、ぎょ、わだし、だんじょびで、」

嗚咽混じりで上手く聞き取れなかったが、どうやら彼氏に振られたらしい。彼氏とは誕生日だけではなく、クリスマスのようなイベント事があっても全部無視された付き合い方だったと溢す。
同じ男として別に恋人とそういうイベント事を楽しみたいという興味は薄かったし、顔も知らない名前の元彼に対して共感出来る。
と思っていたが、面倒に思っていたわけではなく、元彼は浮気して他の女と楽しんでいたようだ。
浮気の証拠が出てきた事で別れを告げ、涙を堪えて帰ってきた所に俺と遭遇して堪えたものが溢れ出た彼女は、涙の痕が残った顔で「これが誕生日プレゼントです。えへへ、ありがと先輩」といつもの間抜けな顔をして缶コーヒーを大事そうに両手で包み、笑った。

名前の惚気話はたまに聞いていたし、彼氏の存在は知っていた。けれど彼女が誰かをこんなにも愛して、ここまで悲しむなんて。
その時、どうしようもうもなく彼女の事を愛しく思ってしまった。
だが失恋する心に付け入ろうなんてのは、俺のプライドが許さない。最大限彼女にとって良い先輩であり続けようと、誕生日やクリスマス、正月は硝子や七海も加えて名前が寂しく無いように計画を立て、彼女も笑って楽しんでくれた。
僕が卒業すると同時に彼女に告白し、前々から好意があるのは見え見えだったからか、すんなりとオーケーを貰えてやっと恋人同士になれた。なのに。

「……私、やっぱり恋人らしいイベントは怖くて出来ないです。それでも、良いですか?」

彼女の心の傷は未だに癒えて無かった。

「いやっ…あの、先輩の気持ち、信用していない訳では無いんです!ただ……自分勝手に期待して満足出来なきゃ相手に不満を持ってしまう、そんな自分が嫌なんです」

自分がどんな表情をしていたか覚えていないけれど、焦って言葉を続ける名前の様子だと、多分衝撃を受けたような顔をしていたんだろう。
更には自分自身のせいだと言い出す始末だ。彼女の要望に了承し、付け加えてそんな事ないと言っても、苦笑いを浮かべるだけ。元々浮気されたせいなのだから、ンな事思うなよ。


笑顔が素敵な彼女が今後、僕以外の愛しい誰かの為に泣いて傷つくのは見たくない。彼女がそれで涙を流さないのならば、これ以上の幸せは無いだろう。

ただ僕の隣で毎日笑っててよ。




*



「だけどさぁ〜こういう時くらい甘えても良くな〜い?」

誕生日だからとか、そういう事じゃ無いんだけど。たまにある、こんなクソみたいな事が続く日に彼女に会えれば、嫌な気持ちにも少しは晴れるんだけど。つーかいつから会ってない?もう三週間は会えてな気がする。
自分の生まれ持ったもの、生まれた時から決められた人生に、今更どうこう文句を言う気持ちはさらさら無い。
だがこうも鬱憤が溜まると、全部全部考える事が面倒で、呪術なんて、自分の生まれ持ったものに縛られず全部全部放り投げてしまいたくなる。

雨上がりの湿度が高い空気の世界に漂う重苦しく濁った雲の隙間から、輝く星が顔を見せる。対して自身の心は未だどんよりとしていて、重苦しい鬱憤を抱えたまま彼女とのマンションへ帰り、凍えた身体を温めるために湯船にお湯を沸かし、服をランドリーボックスに投げてアツアツなお湯に飛び込んだ。
今まで考えていたモヤモヤが融けていくような熱さが身体を巡る。あ〜……きもち。

今日は、たまたま誕生日の前日で、たまたま上の連中への鬱憤がピークに達して、たまたま任務の疲れもピークだっただけ。
今までも誕生日は、いつもと変わらない何気ない一日だった。おめでとうも、プレゼントも無い。
受け持ちの生徒や伊地知、硝子が挨拶程度祝ってくれるくらいで、名前が僕を祝う事は無かったし、僕も名前の誕生日を恋人として祝う事は無かった。
だから今日も明日も、何気ない一日。
伊地知が気を利かせて明日は休みになってたけれど生徒の事もある、時間をかけてゆっくり書類に目を通すか。
お風呂から上がり、就寝の準備を済ませてキングサイズのベッドにダイブすると、ふかふかのベッドにお風呂後の疲れが身体を沈ませる。しかし、自身の大きい身体でも余るほどのベッドの隙間せいで寂しさは拭えなかった。

「あ〜〜……もう、なんで居ないんだよ」

ベッドの上でゴロゴロの転がり、彼女のピンク色の枕に視線を向け、その小さな枕に頭をのっけた。
もういいっ、名前の枕で寝てやる!
彼女のシャンプーの匂いだろうか。枕に染みついた久しぶりに嗅いだ香りに、疲れた身体がゆっくりと沈んでいく感覚に陥る。

……本当は、祝って欲しいんだけどね。
自身の中にこれほど女々しい気持ちがあったのかと驚きつつも、全てが面倒くさくなって瞼を閉じる。
せめて夢の中くらい、幸せな時間過ごさせてよ。




*





物音が聞こえて目を薄ら開けると、目線の先に壁かけてある時計が一時を指していた。
やば、暖房つけっぱなしで布団に潜らず気づいたら寝落ちしちゃってた……絶対名前の枕のせいだ。
喉が渇いて横たえていた身体を起こすと、隣から色気のない驚いた声が聞こえて、目があう。

「さ、悟くん、」

隣にいたのは久しぶりに見た名前の姿。何年経っても変わらないアホ面で可愛い顔をした彼女は、少し驚いた表情を見せた。会えたことが嬉しくて顔が綻びそうになりつつも、平常心を保って掠れた声で問いかける。

「……何、お前帰ってたの」
「さっき帰って来たんです……あ、あのね悟くん!お、お誕生日おめでとう」

衝撃的発言と共に、彼女はチョコレートのお菓子の袋を前へ差し出した。
……え、いつもは言わないお前が、なんで。夢か?
お祝いの言葉を貰ったのに返事が返ってこない事に不安になったのか、彼女は目を泳がせながら口を開く。

「えっと、あのね、今日一年生の任務の引率してたんです。そしたら綺羅羅ちゃんが明日悟くんの誕生日だよねって言ってきて……」

僕の誕生日アピールを聞いた綺羅羅は、彼女であるナマエは何をプレゼントするのかと問いかけたそうだ。だがこの通り、誕生日なんてあってないような関係の恋人であると伝えると、再度問いかけたらしい。

――「でもさー、あれだけアピールしてるって事は、悟ちゃん、名前ちゃんには一番に祝って欲しいんじゃない?」――

「そう言われたら…確かになあって思って。ほら、悟くん学生の頃から歓迎会だ、パーティだ、ってイベント事好きだったじゃないですか。なのに恋人らしいイベント事って、全然やってないなと……まあ私のせいなんですけど」

学生の頃は、お前を悲しませない為でもあった。でも、それを今更伝える気は無い。

「……確かにイベント事は好きだけどさ。別に祝われなくても僕は今まで不満に思った事は無かったよ」

申し訳なさそうにする彼女の手をとり、向かい合うと、申し訳なさそうな顔をする彼女にクスッと笑ってしまった。

「まぁ〜〜確かに、朝から晩まで任務詰めで?腐ったミカンは余計な事しかしねーし?おまけに彼女は僕に構わず任務エンジョイしてるし?」
「お、怒ってます……?」
「んんー別に。まあ、このまま誕生日に名前に会えなかったら何もかも面倒で地球消しちゃうとこだったよ」
「私、地球救った……?」
「ブフッ……そうだね」

その手を引いて抱きしめると、柔らかい感触が肌に触れる。
誕生日だって、クリスマスや正月だって、鬱々とした毎日の中でも、少しでも楽しい事がやりたくて、お前が笑ってる顔が好きだから、見たかった、それだけで十分なんだよ。

「……悟くん、」
「何?」
「よしよーし」

抱きしめた身体を緩めると、彼女が僕の頭を優しく撫で、驚きつつも嬉しくて、時が止まったようだった。

「私もたま〜に、もーやだ!って全部放り投げちゃいたい事あるんです。でもそういう日は、悟くんにコッソリ甘えちゃってるし……悟くんだって、そういう鬱鬱した日は私に甘えられてください」
「……そうだったの?」
「たまに私から夜のお誘いする時は……そういう時です」

……知らなかった。任務に対して嫌な顔せず、僕に寄り添って呪術界を変えていこうと一緒に歩んでくれている彼女。確かに、時々恥ずかしがりながら誘ってくるもんだから、嬉しくてそのまま答えていたけれど、まさかそういう意図があったなんて。

「だから悟くんも、誕生日くらい、ゆっくりしていいんです。存分に甘えてください」
「誕生日、祝ってくれんの?」
「悟くんが今後も、ずっと一緒に居てくれるなら……」
「何それ、逆プロポーズ?」
「えっ、あっ!?ほ、ほんとだ……」
「あはは。何、無意識?」
「婚姻届もらって来てないのに言っちゃった……」
「婚姻届無くてもプロポーズはしていいんだよ」
「えっ……あっ?あっ!」

婚約指輪は買ってた方がいいかもだけど……なーんて、まさか彼女から先に言われるなんて思っていなかったから、まだ先なもんだと思っていたし準備的には間に合っていない。
焦っている彼女は顔を赤ながら、自身の爆弾発言に混乱して声にならない声を漏らす。

「えっと、た、誕生日!誕生日、何処か行きます……?」
「明日も名前は任務行くだろうと思ってたから、今日終わらせる書類明日に回しちゃったよ」
「ええ、そうだったんですか?!あぅ、遅かったか……」
「それじゃあさ、明日一緒に書類整理手伝ってくれる?」
「もちろん、悟くんのお望み叶えますよ!」
「そして早く終わらせて役所に行こうか」
「役所……?」
「結婚、してくれるんでしょ?」

そう言うと、嬉しそうな顔をした彼女の瞳から涙がほろりと流れる。泣いて欲しく無いとは思っていたけれど、まさか嬉しそうに涙出されちゃったら、止めるわけにもいかないじゃないか。
窓から見える夜空は闇雲が消えて満天の空が広がっている。まるで僕らを祝ってくれているような、拍手の輝きだった。

全部全部嫌になっても、今日がどんなに嫌な日でも、君がいれば、明日からまた頑張れる。何気ない日々も、毎日が誕生日のように。





「ちなみにこのお菓子は?」
「金次くん、悟くん誕生日だって知らなかったらしくて。なんか渡したいって、慌てて……丁度任務前に行った景品あげるって、託されました」
「もー。まだ高校生なんだからダメってちゃんと指摘した?」
「私も隣で打ってたから良いかなって」
「いや打つなよ」
「えへへ」

君のその笑顔が見れれば。


imagesong/2moro/kinggnu
BACK/HOME