am8:00
(卒業して同棲中設定)
意識がふと現実に戻ったとき、スマホのバイブが鳴っている。と、遠くなっていた意識の中で思った。
「……はい。……あ?…分かった、すぐ行く」
愛しい彼の眠たげな声が聞こえ重い瞼を開けると、隣で眠っていた彼がベッドから起き上がり布団から出たのが分かった。
「…かっちゃん…?」
瞼を擦って上半身を起こせば、豆電球の中の明かりで服を着替えている姿が見えた。ふと、ベッドサイドに置いてある時計を見れば時間は2時30分を指している。
「こんな夜中に、どしたの?」
「緊急招集入った。予想以上にヴィランの数が多くて被害がやべェんだと。お前明日も仕事だろ、起こして悪かったな」
「別にいいけど…かっちゃんこそ起きてすぐだけど大丈夫なの?」
「あァ?俺が負けるとでも思ってンのか。ヨユーで終わらせて朝飯作ってやるわ、寝てろ」
「んふふ、流石かっちゃん。……いってらっしゃい、気をつけてね」
着替え終わった彼は、寝癖のついた私の髪をぐしゃぐしゃと撫でてさらにぐしゃぐしゃにすると、フッとあまり見せない笑った顔をして「ブサイク」と小言を漏らし、触れるだけの軽いキスをして部屋から出た。
ブサイクって言われると気持ち半分凹んじゃうけど、そのブサイクと付き合ってるのはかっちゃんなんだよ。しかも不意打ちにキスするの、反則。
再び枕に頭を下ろすと、鍵が閉まる音が聞こえうとうと睡魔が再び私を誘ってきた。
…かっちゃんがヨシヨシと頭を撫でてくれると、安心する。安眠剤みたいだ。
彼は強い。昔は大怪我する時もあって、心臓がいくつあっても分からないくらい不安になった事もあったけど、今の彼はどんどん成長しているのを知ってる。
冬が近くなって身体が温まらず調子が出ないと、この時期になるとよくぼやいていた。それは私も一緒で、彼の体温が無いと寒く感じて彼の存在を実感する。
…早く、帰ってこないかな。
帰ってきたら彼と温もりを感じ合いたい。その時を待って、再び夢の中へと入っていった。
ぱちくり。
目を覚ませば太陽の明かりはまだ見えなかった。肌寒さを覚えながら、のそりのそりベッドを出てリビングへと向かう。かっちゃんは、まだ帰ってきてないみたい。
いつもかっちゃんが用意してくれるコーヒーを飲むために、ケトルでお湯を沸かしつつ毎朝チェックするアサテレを見るべくテレビをつける。スティックコーヒーをお湯で混ぜ、ソファに腰を下ろす。
温かいコーヒーをテーブルに置いてテレビを見れば、CMを終えたテレビ番組に画面が切り替わり、そこには目を疑う光景が広がっていた。
映し出された街は建物の跡形もなく崩れ去っていた。所々で火の気は上がっていて、泣き叫ぶ声が聞こえる。上空から映し出される映像は、ヒーロー達が懸命に救助している光景で、見知った顔が見てとれた。
…かっちゃんが夜中に収集が入ったって、この事だったんだろうか。
隣町の様子なのに、それは映画じゃ何かじゃないかと思うくらい非現実的な光景。冷や汗のような嫌な予感が背筋を撫でて、どんどんと脈が早くなるのが分かる。
【こちら一時間前のーー市の様子です。現在確認出来ている段階では住民に負傷者の情報は入ってきておりません。…っはい、ただいま入りました情報、トップヒーローである大爆殺神ダイナマイトが心肺停止との情報が入ってきま_】
………え?
耳を疑ったが真実は消えず、テレビの見出しの部分にダイナマイト心肺停止と書かれていた。
心臓がばくん、ばくんと酷く耳から聞こえる。ぽろり、ソファからスマホが落ちて掴めば、LINEが一件入っている通知が目に入った。
『朝飯、金平牛蒡食いたくなったから和食な。時間あったら飯炊いとけ』
ニ時間前に来てたメッセージはいつもの平凡な毎日を物語っていて、非現実的な今を受け入れられずただ体の力が抜けて何も出来ない。
力を振り絞ってかっちゃんと共通の知り合いのヒーローに電話をしても繋がらず、身体が思うように動かなくてソファにもたれかかった。
…ねえ、かっちゃん、私頑張って朝ごはん作るから一緒に食べようよ…死んじゃやだよ。
サイレンのような音が耳元でなり響く。受け入れなきゃいけない現実なのに、動かなきゃいけないのに、体は動かない。目の前に現れるかっちゃんの動かなくなった体を目の当たりして、呼吸が乱れて耳鳴りが酷く聞こえた。
…うるさい、うるさいうるさい…!
◆
ピピピピピ......
「ゆ、め……」
瞼をあければ、先程と一緒で太陽の光はまだ見えなかった。枕元で鳴り響くスマホのアラームを止めて隣を見た。姿はなくて、いつもくっついて寝るから一人分無くなった体温は布団の中でも冷たく感じた。
夢なのか現実なのか分からなくて、頬をつねってみれば痛い…夢じゃ、ない。
咄嗟にベッドサイドに置いていたスマートフォンをタップすれば、夢の中で見たかっちゃんからのLINEはきておらず、昨日帰り際に「卵なかったから買って帰るわ」と送られてきたメッセージで止まっていた。
先程と別の光景で少し気持ちが落ち着くが、まだ心臓がばくばくしている。
そうだ、テレビ。もしかしたらあの夢と同じで、中継されているかもしれない。
低血圧で寝起きの悪い体を無理矢理起こして、短い廊下を走ってリビングへ向かう。
A型のかっちゃんの几帳面さが出ているリビングルームは綺麗に整理整頓されていて、テーブルの右端にいつも置いてあるリモコンをとってテレビをつける。電源を入れれば丁度CMが終わり、朝のニュースが放送された。
映し出された映像は、先程見た映像と似ているが、被害は夢より少し減っていて、所々で住民の救助にあたっているヒーローの姿が目に入った。
【只今、__市にてヴィランによる襲撃が沈静したようです。中継を繋いでみましょう、__さん?】
【はい、こちら__市上空です。現在確認出来ている段階では住民に負傷者の情報は入ってきておりません。襲撃したヴィランはすでに警察に逮捕されており、崩壊した建物の近くには現場にあたったヒーローの姿が確認されます。】
縋りつくようにテレビを見ると、上空から映し出された映像には建物の近くで他のヒーローと話をしているかっちゃんの姿があった。
【今回の襲撃、ヴィラン側が相当な人数がいたようですが、住民、ヒーロー共に重傷者は居ないとの事です。流石ヒーローですね】
【ええ。かのトップヒーローであったオールマイトがいなくなった時は、どうなるかと思いましたが…オールマイトがいた時代を超える力を、今のヒーローは持ち合わせていると思います】
テレビから流れる賞賛の声が聞こえる中、いつも少しキレてるかっちゃんの映像を見て、私は崩れるように床にへたり込み、気づけば涙を流して泣いていた。
カギが開く音が聞こえ、ドアが閉まる音がした。ドスドス、と存在感のある足音が聞こえてリビングへ繋がる扉が開いて振り返ると、愛しいあの人が帰ってきた。
「おかえりかっちゃん」
「おー……」
いつもおかえりもただいまも言わないけど、返事をしてくれる彼は、返事をするとぽかんとした顔をしていた。
「どうかした?」
「どうって……お前、何目ェ赤くしとンだ」
「え、?」
「目、充血してる。何かあったんか」
こういう小さな所、彼はよく気づく。言葉は悪いけど、優しくて気遣いのできる素敵な人だ。しかし目が赤くなるまで泣いてたなんて自分で気づいてなかった。
「ううん、大丈夫。ちょっと痛かっただけ」
「……わりィんなら病院行けよ」
「うん、ありがと。あ、かっちゃん朝ごはん作ったんだけど食べる?」
丁度出来上がったお味噌汁を注いでテーブルに置けば、出来上がった朝食を見てかっちゃんは大きく目を開いて私の顔を鷲掴みしてきた。
ひひゃい。
「…どーひひゃの、かっひゃん」
「どーもこーも、いつも寝坊助なのに朝食作るわ、和食だわ、しかも丁度食べたかった金平牛蒡。何隠してやがる、吐けオラ」
いつもの朝食はパンにスクランブルエッグとウインナーとコーンスープ。洋食が好きで、かっちゃんも洋食でも和食でもこだわりは無かったらしく、なんとなく洋食で定着がついていた。
たまにかっちゃんが和食が食べたくなったら前日からご飯を仕込んで、出来立ての白ごはんを食べるけど、昨日の夜は米を仕込んで無いから土鍋で炊いた。
なんとなく、あの夢が気になって作ってみてみれば、本当に食べたかったらしい。
…という事は、もしかしたらあの未来に繋がる可能性もあったのかもしれない。
「にゃんでもにゃひぃよ」
「嘘こけ。正直に言わねェとこのままぶっ放す」
「ぶっひょーだひょ、かっひゃん!いひゃ、いひゃいからやめひぇ。ひうかひゃっ」
ぎしぎしと言いそうな指の圧力が緩んで手が離れれば、思わずそのままかっちゃんの身体に飛び込んだ。
今まで戦ってきたっていうのに、全然汗臭くなくて、いい匂いがする。この匂いが、とっても落ち着く。大きくて私を包み込んでくれるような胸板に耳を当てると、どくんどくんと鼓動が聞こえる。
生きてる、ちゃんと。生きてる。
「…おい、言わねーと分からんだろーが」
「…っゔん、、言ゔがら…」
安心して収まったはずの涙が再び溢れ、思わずかっちゃんの胸板に擦り付けた。
まさか泣くとはかっちゃんも思って無かったらしく、びくりと身体を反応させて「…あ?」と声を漏らす。
本当はこんな所、見て欲しくない。どっしり構えて、おかえりって笑顔で言ってあげたいのに、それよりも心配だった気持ちが溢れかえっていた。
呼吸が出来ず鼻をすすると、ズルズルと鼻水の音がしてきた。いつものかっちゃんなら「おい鼻水つけんなよ」なんて言うはずなのに、優しく私の頭を撫でて背中をぽん、ぽん、と触る。
嘘のように深呼吸できるようになって少しずつ落ち着いて、これはかっちゃんの魔法だ。
「………言えるか?」
「っ、ゆめ、みだの、」
「…夢?」
「かっちゃんが、死んじゃう、ゆめ。リアルで、とっても怖くて、っぐっ、」
「何勝手に殺しとんだ。死ぬわけねーだろ」
「……っん、わがっでる。わがっでるんだげどぉっ、朝おぎだら、でれびの映像がゆめどにででっ…でもいぎででよがっだ…」
「おら、鼻水伸びてる。ティッシュで拭けや」
「ぅあ、ごめん…」
喋るために胸板から少し離れると、ぴったり服に鼻水がついていた。怒る事もなく、抱きしめたまま、テーブルに置いてたティッシュを一枚とって私の鼻を拭いては、彼の服についていた鼻水も軽く拭きとった。
「んで、金平牛蒡食べたいって言っとったんか俺は」
「ゔん…らいん、みだらがいでて…っすっ、もしかしたら、本当に食べたいんじゃないかっ、て、作ったら、ちゃんと帰ってきてくれる気がして…作った」
「なんちゅー夢だよ」
「……これ、夢じゃない?」
「夢だと思うか?」
私の頬を横にぎゅーーーーぅっとかっちゃんは引っ張る。いだい、いたい。
でも胸の痛みよりは痛くない。これは夢ではないはず。
「痛覚も夢で再現されるとかある?」
「ねーーだろ、バカ」
「…だね」
ハッ、と鼻で笑うかっちゃんだか、私にとっては笑い事ではない。もしかすると、作ったら夢と同じで死んじゃうんじゃないかとも考えた。…だけど、現実のかっちゃんなら帰って来てくれると信じた。現実のかっちゃんは、強い。
彼は泣き腫らして綻んだ心を、優しく包み込んで止めてくれた。
「少しは泣き止んだか」
「…うん。ごめんね、取り乱して」
「…ったく。よーーく覚えとけ。俺はテメーより先に死ぬ事ァねェ。なんたってトップヒーローになる男だからな」
「うん…それこそかっちゃんだ」
「分かってんなら泣くんじゃねーよ。…それにお前の最後は俺が看取ってやったから安心しな」
「…………それって、結婚してくれるってこと?」
ぽろ。思った事を思わず口にすれば、自身の言った言葉を理解したのか、かっちゃんはくわっと険しい顔をしてこめかみあたりの血管が見える。これは人荒れする予感が、
「うっせぇ!!!調子乗んな!!結婚でも何でもしたるわ!!」
「えっ、ほんとに…?」
「…だから、ちゃんと今度伝えるから、それまで待ってろ」
あ久しぶりに出た照れ隠し。怒っているのに頬が少し赤い。怒ってるのにそういう事言うの、感情が溢れてて見てて飽きないよ。
返事の答えはもう決まってる。
「うん、待ってる」
嫌な夢も、幸せな現実に変えてくれる彼の隣が好きだ。
「おら冷めんぞ飯」
「うん。……朝ごはん、食べよっか」
もう、彼なしでは生きていけない。
Image Song/asa no oyasumi