すき、好き!


「じぃーんさん、お疲れ様です!今日もカッコイイですねっ、好きです!」

自販機のボタンをポチッと押していた大好きな背中を見つけ背後から声をかければ、相変わらず飄々とした掴めない顔で私を見てきた。

「お疲れさん。相変わらずだねえ名前ちゃんは」
「本気ですよ、私は!」
「はいはい、ありがとね」

そういつものようにはぐらかす返事をし、自販機から缶ジュースを私の頭に乗せてきた。落ちないように掴むと、彼はそのまま会議室がある方へ足を進めた。

私の大好きなオレンジジュース。
毎度、ごめんねの返事代わりのように奢ってくれる迅さんは、今日もこの未来が見えてたんだろうな。
迅さんを好きになったきっかけは、ネイバーに襲われそうになっていた私を助けてくれたことだ。
好きな人にはとことんアピールしたい性である私は、それからボーダーに入りどうにか一年かけてB級まで上がる事が出来た。
C級の時でも話しかけてはいたけど、同じC級の人達からちらほらと「C級なのに迅さんに話しかけるなんて」的な小言を言われる事もあって、見返したかったのもある。

でも、B級に上がったからといってまともに相手にしてくれるわけではなかった。
迅さんはいつもボーダーの影のような役をしているらしく、個人戦する時間もあまり無いようでロビーに来ることはあまりなかった。
けれど本部に来てるのは確かで、見つけては一言、二言だけでも話す為に声をかける。もっと話をしたいのは山々だけど、大抵途中で誰かから呼ばれたりで、途中からあえて自分から話を切り上げることにした。

いい女というのは、時に空気を読むべし!私の心の中にある手帳にそう書いてあるのだ。

そんな迅さんでも、たまに個人戦をしている時もある。ただ相手は太刀川さんとか、風間さんとか、緑川君とか。Aランクの相手ばかりで、同じ迅さん好きの緑川君には毎回いいでしょ〜って自慢されては、くそぅ!って唇を噛んだ。
別に迅さんはB級の人と仲良くないわけではなく、広く交友関係を気づいている。でも試合をするなら同等級が普通なのだから、今相手にしてもられないのは納得はいった。
だから現実を踏まえるとAランクまで上り詰めたら相手にしてくれる可能性は高くなるし、迅さんと共有する時間も増えるかもしれないと考えた私は、ランク戦を行う日々を送っている。
実力を上げてめいいっぱいアピールして、虜にさせるんだ。頑張れ私、自分のためにも!





「迅さーーんっ、今日もかっこいいですねっ!好きです!」
「はいはい、ありがとね」
「もう!本気で言ってるんです!」

ここまでが毎日のパターン。オレンジジュースを渡して帰る。缶ジュースを受け取り、いつも通りお礼を伝えて迅さんの背中を見送るのが日課なのに、今日は違った。

「そういえば駿から聞いたけど、最近頑張ってるんだってね」
「へ?」

まさかそのまま私に話かけてくれるなんて思わず、いつものパターンではない事に驚きのあまり気の抜けた声を出せば、迅さんはぷっと膨らんで笑う。
あ、そんな顔今まで見たことない、可愛い。
新しい表情に胸がきゅん、となりつつも、聞かれた事を理解しようと頭を回転させた。

「えっと、頑張ってます?」
「何で疑問系なの。凄いじゃん、最近Bランクまで来たと思ってたのに、個人ランクAも夢じゃないね」

それってもしかして視えてます?
なんて、自分本意な質問をしかけて口を閉じた。
迅さんの未来予知はそんなもののためにあるんじゃない。もっと街を、未来を守るためにある。

「えへへ、迅さんにそう言ってもらえるなんて嬉しいです!いつかランク戦させてください!」
「そんなに俺と闘いたいの?」
「勿論。ボーダーとして迅さんの近い存在になりたいって気持ちもありますから」

後輩、年下、なんてレッテルではなくて、背中を預けても大丈夫な仲間だって、力を認め合える存在になりたい。そして迅さんを癒せる存在になりたい…っていう、また別の大きな目標もある。
迅さんに熱い眼差しを向けると、一瞬和らいだ、これまた今まで見た事ない顔をみて更にキュンとするが、ほんの一瞬でいつものおちゃらけた顔に戻った。

「でもそんなボーダーにうつつ抜かしてたら、今度の期末テスト赤点になるから気をつけてね〜」
「えっうそ?!」
「俺のサイドエフェクトがそう言ってる。名前ちゃんって一つの事に熱中しちゃうタイプでしょ」
「そうですけど……」

だけど何でこんな事でサイドエフェクト使うの!?いや、言ってくれて助かったけど……!
毎回私の告白を断っているのに、拒絶するどころかいつも優しくて。それが迅さんらしい人柄でもあるんだけど、でもただの年下にプライベートな未来予知を教えてくれるなんて、勘違いしてしまいそうになる。
まあ確かに、一つの事しか考えられない人間で欠点があればとことんその箇所を克服していくけれど他の欠点は後回しにしてしまう癖があるのは本当で。
……ならば、後回しにせずボーダーとテスト勉強、同時にやれば問題なくない??

「あ、両立出来るように頑張ろうなんて考えない方がいいよ」
「えっ何でですか!丁度考えてたのに!」
「両立しようとすると、どちらも中途半端な結果しか出なくて結局自暴自棄になってる姿が見えるからだよ。ここは一息ついて勉強に励むといいよ」

迅さんらしくアドバイスをしてくれただけ。なのに、その言葉が私の沸点を超えた。
そんな器用な事出来ないんだから諦めなよと言われた気がした。
……そんな未来、覆してやる。
いつも飄々としている迅さんに一泡吹かせたくなった。ぎゃふんと見返してやる!


◆◇◆



あれから一週間。
迅さんの言った通り、両立は大変難しかった。
私の通ってる六頴館高等学校は偏差値が他より少し高めの進学校で、猛勉強し入学出来たけれどボーダーに入って少しずつ学力が落ちてきていた。
二年生の頃、今まで通っていた塾を辞めてボーダーへ通うことにしたが、親も現状を良く思っておらず、もしかしたらボーダーを辞めさせられる可能性もある。
進学校だから受験も控えているのは確かだけど、出来ればこのままボーダーに就職したい気持ちもあるし…。
進路も迷走中で今までどちらか一方を取っていたけど今回はどちらも諦めたく無い。しかし叩きつけられた現実に虚しい気持ちでいっぱいだ。

そんな状態で本部のブースの端っこで勉強をしていた私に突然声をかけられた事で、私の未来は変化した。




「おう、そんな遠い目してどうしたよ」
「え…た、太刀川さん、お疲れ様です」
「お疲れ」

ちょび髭の生えた、少しふらふらしていそうな印象を受ける太刀川さんは私の横に座る。
アタッカーランクNo1の男である彼が何故私の隣に座った……?しかも話すのは初めてだし、私の事知らないですよね……?

「あのぉ〜……どうかされました?」
「いやー最近ポイントどんどん稼いでる女の子が居るっていうから?話しかけてみたって感じ。結構可愛いからビックリしたわ」
「ええ、あ、ありがとうございます」


まさか一位から褒められるなんて思っても居なかった。まだまだ上には上がいるけど、ここ一ヵ月でBランクの最下位からBランクの上位くらいまでは上り詰めた。たまにこういう上がり方する人が居るけど、大抵は天才型。…私はそれが出来ないからコツコツ、積み重ね型だ。
横に座った太刀川さんは正面からまじまじと顔を見てきて少し驚いた表情をする。

「え、いやマジで可愛いじゃん。モデルやった方がいーよ。なんでボーダー来たわけ?広報狙い?」
「ええ?!狙ってないです!私、前に迅さんに助けてもらって、それで、迅さんみたいな素敵な隊員になりたくて…」
「あー!君、迅のストーカーの子か!」
「なっ、ストーカーはしてません!!」

なんだそれ、私そんな名前で広まってるの?!断じてストーカーはやってない!!

アピールはしているけれど追いかけたり、しつこくはしていないつもり。……つもりなだけで、本当はしつこかったのかもしれない。両立させてぎゃふんと言わせてやろうと思ってたけど、今のところ一週間迅さんを避けて、改めて自分の行動を振り返って反省した。
シュン…と急に萎れた私を見て「もしかして迅と何かあった?」と何故か察しの良い言葉をかけてくれる。

「いえ……もしストーカーって思われてたのなら、もしかしたら嫌だったのかなあって思って…」
「え、お前嫌がってたのにしつこく告白してたの?」
「私が気づいてなかっただけなんでしょうか……。毎回、ありがとねって言われるだけで、特段拒否される事も無かったから………ああ、最悪だ」
「いや、それはちゃんと断られねー迅が悪くね?別にそこまで気落とさなくてもいいだろ」

フォローしてくれる太刀川さん。初対面でしかも知り合いに恋をしたまだまだB級駆け出しの女の言い分を聞いてくれるなんて、流石アタッカーランク一位の男はフォロー出来る力もある。

「でも迅さんに最近会ってないし……清清してるんじゃ…」
「迅にそう言われたんじゃねんだろ?…そういや俺も最近会わねーなあ。単に忙しいだけだろ」

そうなんだ…。避けている間もボーダーに来てはたまに視界の端に入ってはいたけど、全員が全員、毎日迅さんと会ってるわけではないしなあ。

「ま、モヤモヤ考えててもしょーがねーしランク戦でもしようや、俺と」
「へ、いいんですか?」
「おー。モニターでたまに見てたけど、どんなものか知りたいしな。貯めたポイントもぎ取ってやっからよ」

今までのランクが下がってもいいから、一位の強さは知りたかった。もう私はここまでこれる力はある。だから、もっと先へ行かなきゃならない。

「是非ご教授お願いします!!…ぁ、でも今日は勉強に集中したくて…今日も対戦見つつ勉強してたんです」
「勉強ォ?ここ来てまで宿題やってんの?家帰ってからやればいいじゃん」
「いえ、宿題ではなくて、テスト勉強で…」
「テスト勉強なんかやってんの?!やば!?いいじゃん、テスト勉強なんかより試合しよーぜ」
「う、うええ…でも迅さんに未来予知で両立出来ないって言われたから言い返したくて…」
「何、そんな賭けしてんの?」

賭けっていうか…まあ自分で決めた賭けだけど…。毎度ブースで見かける太刀川さんのペースに持って行かれたら、それこそ勉強が疎かになりそう。
…でもでもせっかく声かけてくれたのに、ノーって言えば今後断られるかもしれないし…。

「何をしてるんだ」
「お〜風間さん!」

うがが。またまた凄い人が来た。A級の風間さんは、アタッカーNo2であり、私の高校の卒業生でもある文武両道の凄い人だ。

「コイツ知ってる?迅のストーカーしてるやつ」
「だからストーカーはしてないですっ!ただ好きなだけなので!」
「迅のファンか、緑川以外にも居たんだな。それで?困ってるように見えたが」
「そ〜なんだよ。コイツ迅の未来予知を覆すためにボーダーと勉強両立するとか言っててさ。俺はコイツと試合したいのに、中々乗ってくんないんだよ」
「…俺が言った困ってる、は太刀川じゃなくてその子の方なんだが。…勉強してるんなら邪魔するな」
「え〜風間さあん、そんな事言わないでよ!」
「お前だって前期の提出物大丈夫なのか」

風間さんの問いかけに太刀川さんはペラペラと喋っていた口を閉じた。
……提出物、終わって無いんだ。
答えは言わずも理解した風間さんは、私達とは対面側の席に座って視線をこちらに向けた。

「すまなかったな、迷惑かけて」
「あ、いえ。私には勿体ないくらいのお誘いなので…でも両立出来ないって言われた事見返したくて、我儘言ってすみません」
「ならば俺が教えてやろう。その制服、六頴館だろう?俺の母校でもあるからな」
「ええ?!先輩だとは存じてますが、申し訳ないです」
「構わん、丁度この馬鹿も見張っておかなければならんしな。両立するために試合相手にもなろう」
「えええ?!?!ほ、本当ですかっ?!」
「えっ風間さん手伝ってくれんの?!」
「太刀川は自分でやれ」
「えー?!」

驚きの言葉しか出てこなくて語彙力が低下していきそうなくらいの衝撃展開。まさかこんな事になるなんて誰が思っていただろうか。こんな思ってもみなかったチャンス、掴んで先に進むしかない。

「是非お願いします!あの、この事は迅さんには内緒にしてください。今度会った時にぎゃふん!って言いたいんで」
「別に構わんが…けれど、迅はそれも視えていたんじゃないか?」
「それは……」

たまに頭をよぎる。迅さんの中で完全に両立できない道を進むとは決まってなかったはず。こうなる未来もあったはずなのに、あんな事を言った理由が分からない。
心の中のもやもやは消える事はなかった。


◇◆◇



それから毎日一時間程風間さんか太刀川さんにランク戦で練習を頼んで、門限である九時までの残りの時間は風間さんに勉強を教えて貰った。
個人ポイントはどんどん減ったけれど、前よりも動けるようになったし、闘いのパターンが増え良い収穫になっている。

門限ギリギリまで両立に力を入れた私は、一人で帰ると言ったけれど「ボーダー隊員だとしても外に出れば一人の女の子なんだから」と途中まで帰り道が同じ方向の太刀川さんと一緒に帰る事が多かった。


「名前ってさ、マジで迅には勿体ないくらい可愛いよな」

突然、突拍子もなく太刀川さんに褒められた。……課題のしすぎで頭疲れちゃってるのかな。

「またまた。でもお世辞でも嬉しいです」
「マジマジ、お世辞じゃないって。前に見た時、迅にはめっちゃグイグイ話しかけてんのに、迅じゃなければ結構お淑やかな感じしてるよな。ギャップあってそこも良い」
「ええっそうですか?…でも、それだけ振り向いて欲しいなって思うんです」
「へえ。…ちなみに俺も強いしかっこよくない?」
「あはは、それ太刀川さんが言うんですか?でも確かにかっこいいし強いと思います。…私も頑張んなきゃ」

上には上がいる。尊敬するくらい強い人達と関わって、現実を肌で実感する事が出来た。今度からは、一人でも両立出来るくらいの力つけなきゃな。

「そういや明日からテストだっけ?」
「はい。明日と明後日。…流石に明日は親にも本部に行くの止められると思うんで、次会えるとしたらテストの結果が出る明明後日ですね」
「おっ、じゃあ結果聞けるな。楽しみしてるぞ」
「はいっ。太刀川さんは提出物終わりそうですか?」
「おー。余裕余裕。明後日までに終わらせっから、終わったら一緒飲みに行こうぜ」
「いや…私未成年なんで」
「大丈夫大丈夫、飲まさせやしねぇって」

本当かなあ。
不安に思いつつも、太刀川さんにもお世話になっているので断るわけには行かず、了承した。






期末テストが終わってテストの返却日、授業が終われば私はテスト用紙を鞄の中に大事に閉まってボーダー本部へと走り……そしていつの間にか居酒屋のお座敷に座っていた。
隣には太刀川さん、向かい側には風間さん。
今考えても、私がこの場に居る場違い感がやばい。

「んじゃ〜テスト高得点、ポイント奪還、そして俺の課題提出を祝って〜かんぱ〜い!」
「かんぱーい」

太刀川さんのノリに合わせてグラスを鳴らせば、風間さんは不機嫌そうな顔をした。

「未成年が居るのに飲酒はどうなんだ」
「ええ、いいでしょ少しくらい。俺がこんなに課題早く終わったの初めてなんだし褒めてよ」
「あの、風間さんも私に構わず飲んで大丈夫ですよ」
「太刀川が潰れたら運ぶヤツが居ないだろう」
「確かに…」
「そんなに飲まないってば。これだけ、これだけ」

ふわふわとした能天気な考えの太刀川さんの意見は真意かもしれないけど、もしこの一杯で酔い潰れてしまったら、私の力では運びきれない。…ていうか風間さんも運べるのか?ってのは聞かないでおく。

「それで、迅には報告出来たのか?」
「いえ、会えてません」
「そうか…昼間はいたんだがな。太刀川知らないか?」
「ん?俺最近迅に会ってないですよ。出来るだけアイツに視られないようにしてるから」
「?なんでですか?」
「名前に協力してあげようと思って。サプライズあった方がアイツも驚くだろ?」
「…でも、終わって思ったんですけど、やっぱり迅さん的には今清清してるんじゃないかなって思うんです」
「?何でよ」

テストの返答を鞄の中に詰めて迅さんを探し回ってた時に、ふと思った。
もしかして迅さん、こうなる事も視えてて言ったのかもしれない。未来視なんてどこからどこまで視えているのか分からないけど、あの時の言葉に切なくなって、両立の代わりに迅さんから離れたのは本当だ。
…それさえ視えていたのであれば、迅さんはオブラートに何重にも包んででも私を離したかったのかもしれない。
そんなに嫌な気持ちにさせていたのであれば、もう…しない方がいいよなあ。
両立だって結局は自己満足であって、それを聞いてどう思うのか。いつも通り、はいはいよかったね、で終わるんじゃないだろうか。
…元々はぐらかされてるし、諦めるにも丁度いい。まあいつか、良い女を逃してしまったと思ってくれたらいいな、、、

「…なんて思ってます。すみません色々助けてもらったのにこんな事言って」
「別に迅は嫌ってはいないと思うけどな」

いつもプラス思考で生きてきたが、マイナス思考になってる私に対して風間さんはフォローを入れてくれる。
本当に?何でそう言えるの?

「勉強を教える事になって少しした時、迅と会ったんだ。名字の存在を伝えたら、視えてるように『流石名前ちゃんだ』って笑って言ってたぞ。もし嫌がってたなら愚痴でも溢すだろ。言わないって事はそういう事だ」
「そういう…?」
「…嫌ってはないだろって事だろ。でもさー迅もはっきり言えばよくね?無理なら無理って、無駄に期待させとく方が残酷だと思うけど」

太刀川さんの言い分は理解出来る。やんわり断られてるのを良い事に諦めない私もどうなんだろって思うけど…。
ふつふつと自分勝手なワガママが湧き出てくる。ほんと、迅さんは何も悪くないのになんでこんなにワガママな気持ちばっか。
可愛くなくて、こんな私見せれない。

「…っおい、名前、それ俺の!」
「…?、?!!にが〜〜っ!?」

喉が渇いてとっさに手に取ったグラスは、私が頼んだお茶ではなく…太刀川さんのビールだったらしく、苦味が喉を通っていく。
うあ、間違えた、やば。

「だから言ったんだ、飲むなと」
「勝手に飲まれたらしょうがないでしょ。ほら、お水飲んで」
「ごめんなひゃ…う、」
「おいおい、まさかド下戸か?!」

一口だけなのに、頭がくらくらしてきた。親にも飲まされた事ないのに、未成年で飲んでしまってごめんなさい。
結局考えはまとまらず、意識が少し遠のいていった。







ふわり優しい風が吹いて、ゆらゆらと揺れる身体が心地よい。ゆっくり瞼を開けると、いつもより視界が高い事に気づいた。
目の前には茶色の髪の毛が目に止まり、思わず指先で束にしてつまんだ。

「あ、目が覚めた?」
「ふ、ぇ、じんさん…?」

声をかけたのは大好きな声。
…あれ?私さっきまで風間さんと太刀川さんと一緒に居たはずなのに、目の前に居るのは久しぶりに見た大好きな人の背中。
てか私、迅さんにおんぶされてる?!?

「えっごめんなさい、重いのに!立ちます!」
「別にトリオン体だから大丈夫だよ。それに軽いでしょ、名前ちゃん」
「いえそんな…っていうか、迅さんが、なんでいるんですか…?」
「君ってば本当危なっかしいよ。軽い感じで未来を変えちゃうし、まさかの人達と仲良しになるし」
「…?どういうことです?」
「俺が来なかったら名前ちゃん太刀川さんにキスされてたよ。…そして次の日俺に会ったらぎこちない顔をして途端に泣き出してた」
「…太刀川さんは、そんな事しませんよ」
「太刀川さんには悪いけど……太刀川さんは名前ちゃんの事好きだよ。…抜け駆けする為に俺に会うのを避けてたってのはガチ感あるでしょ」

なにそれ、そんな事聞いてないんだけど。ペラペラと話しを進める迅さんだけど、それが、いつも通りすぎて、しかも仕方なさそうに言うのが、胸をぎゅっと締め付けてきて、服の背中部分をぎゅっと握った。

「…でも、もし私が太刀川さんとキスしたって、迅さんには関係ないじゃないですか」
「でも泣いてる顔が、悲しんでるとしか視えないかったからね」
「何でそんなに優しくしてくれんですか。私は、その優しさの方が、辛いです…」

自分勝手に恋をして、自分勝手にアピールして、迅さんにこんな事言ったら絶対ウザがられるのは目に視えて分かるのに、吐き出してしまった。

「名前ちゃんはさ、俺には勿体ないよ」
「謙遜しないでください、その優しさが嫌なんです。嫌いって言ってくれた方がキッパリ諦められるのに……」
「嫌いじゃないよ。明るくて可愛くて、ぶっちゃけれ超タイプだし、本当何で俺の事好きになってくれたんだろって思うよ。名前ちゃんを通して未来を見ると、俺と付き合ってる未来も見える。笑顔の名前ちゃんも……泣きそうな名前ちゃんも」
「え、ええ、えっ、私が迅さんと付き合う未来っ……?!」

突然のぶっちゃけ発言に、大声を出してしまって閑散とした暗闇の路地に響き渡る。恥ずかしくなって「すみません…」と迅さんの首筋に顔を埋めると「こそばゆいよ、」と身体を少し震わせた。


「でもさー名前ちゃん、ここ最近俺に会いに来てくれなかったでしょ。嫌いになったんじゃないの?」
「嫌いになんてなりませんっ!……ただ迅さんが勉強とボーダー両立出来ないっていうから、ぎゃんふんって言い返したくて」
「ぎゃふんって、ははっ。……それでも俺の事好きなの?」
「……すきですよ、大好き」

いつもより噛み締めた気持ちは、久しぶりに伝えたからか凄くどきどきして、背中越しにこの鼓動が伝わってたらどうしようって、考えるとさらにどきどきしてきた。

「そういうはっきりしてる所も、御転婆な所も、一生懸命努力してる所も、元気な所も俺の中での癒しみたいな感じなんだよ名前ちゃんって。だから、大切だから、俺のせいで悲しませたくないんだ。もっと他にも良い人は居るし……って一歩引いてたけど、まさかの太刀川さんに取られそうになった時は焦った。やっぱり欲しいものは我慢しちゃダメだね」
「迅さんと一緒に居れるなら悲しくなんてないです。そんな辛い未来、私が変えちゃいますからっ」
「名前ちゃんならやってのけそうだね」

くすくす、笑う声を聞けば、ああやっぱり好きなんだなあって思った。
もう片想いでもいい。そんなに想ってくれるのなら、ずっと好きでいられる気がする。

「どうする?付き合ってみる?」
「えっ?!……迅さん私の事す、すす好きなんですか?!」
「さっきの話聞いてた?……ここからは未来予知的にも五分五分だったから結構俺どきどきしてるんだよ」
「迅さんが、どきどき?!」
「そりゃ俺だってするよ。ほら、聞いてるか分かんないけど色んな人にセクハラとかしてるし、名前ちゃんが熊ちゃんに会って幻滅する未来もあったしね」
「うそぉ……」


まさか私が迅さんを振る未来があるのか。
……確かに、セクハラの件は噂程度に聞いた事はあるけど……。
今は私に背中を見せ、未来予知出来る状況ではないのに迅さんは暴露していく。最後に未来予知をしたとすればおんぶした時、その時は五分五分だったのかもしれない。

……けど、私の未来は一択だけだ。


「どんな事があっても、嫌いになんてならないですよ。私、迅さんの横に入れるならテッペン目指すので、よろしくお願いします!」
「……ね、顔見たいからおろしてもいい?」

突撃するように告白したのに、いつものように飄々とした声で問いかけたので、聞いてた?と思いつつ地面に足をつける。
振り向いた彼の姿は少し背が高くて、この見上げる感じも好きだ。いつもより至近距離で、節目がちにじっと見つめてくる。

「迅さん、」

どうしたんですか?と声をかける言葉を放つ前に、時が止まるように、唇が触れた。

「……ズルいです」
「ズルくても好き?」
「好きです…………」
「俺も好きだよ」

ふふっ、と笑った顔は、また新しい顔で。ああもう、どんどん好きになっちゃうじゃんか。

「あと、別にセクハラしててもいいですけど……するなら私だけにしてください」
「そんな事言われると我慢出来なくなるから」
「我慢?」
「キスよりもっと先のことだよ」
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