ホークスと幼馴染


いい加減にしてくれったらありゃしない。
ほんと、何考えてんだか。

「あれ、名前ちゃんまだ残ってんの?」

パソコンと向き合って終わらない書類を完成させる為キーボードを永遠と叩いていると、入り口からイライラの元凶である彼の、のほほんとした声が聞こえてきた。

「…悪いですか」
「別に、そんなに仕事多かったっけと思って」
「ホークスさん知らないんですかー。××ちゃん、一昨日で辞めちゃって彼女がやらなきゃいけない仕事終わってないんですよ」
「え、××ちゃんも辞めちゃったの?残念だなあ」

嫌味ったらしく言ったが、伝わってないようだ。てか本当に残念だと思ってんのか。そして私を労るフォローくらいしろ。と言いたい言葉をぐっと抑えた。
言いたくても、言いづらくて言えない。…だって彼女が辞めた原因はこの男にある。
マイペースながら誰にでも優しくかつ早すぎる男は、女を落とすスピードも早い。彼女も最初は仕事熱心に業務をこなしていたが、速攻この男の優しさの虜になり、先週職務中に突然泣き出したから何ごとかと問い詰めれば、ホークスに告白して断られ、失恋してしまったと言っていた。それから彼が出張とか言って東京の方へふらりしている間、彼女は職場にくるなり退職届を出すだけ出してそのまま辞めた。
退職理由は実家の母の介護の為なんて書いてるけど、彼女の母親が元気バリバリ健在だというエピソードを辞める直前まで語っていたので、疑いたくはないが嘘の可能性大である。振られた人間と仕事するのは気まずいのは何となく分かるけど、任された仕事終わらせてから居なくなってほしい……。

という事が、彼には言ってはいないが今までホークス相手に似たような事が3回起きた。いい加減にして欲しい。

「あとどれくらいで終わりそ?」

私の椅子の背もたれに手を添えて仕事の進捗具合を確認するホークスは問いかけた。

「分かんないんで先帰ってていいですよ。戸締まりしとくんで」
「え〜?…久しぶりに飲み行こうよって誘おうとしたんだけど。明日休みやろ?もちろん俺のおごり。ばり美味しい店見つけたっちゃけど、ど?」

急に仕事モードオフにしやがって。大概この男が誘ってくる店といえば焼鳥屋だ。いいだろう、もういい加減この際今までの鬱憤をコイツにぶつけてやる。



・:*+*:・




一区切り終えて向かった先は、個室居酒屋。大衆居酒屋の方が好みなんだけど、この男が来れば大勢の人で溢れかえり食事なんて出来ないだろう。

「名前は?何すると?」
「とりあえず豚バラ10本」
「10本も食べると?」
「ホークスも食べるやろ?食べんの?」
「今日の俺は豚バラの気分じゃないけん、名前の分だけ頼みーよ」
「んじゃあ5本。あと鶏皮、塩で」
「塩?普通タレやろ」
「しゃーしいっての、ホークスは食べんっちゃけん文句言わんで。ほら、お腹すいとーし早く頼も」
「はは。そういうマイペースな所、変わらんよね〜」

……アンタに言われたくないっちゃけど。

この男は私の神経を逆撫でしてくる。
しかしかれこれ、この男との付き合いは長い。
子供の頃、近所に住んでたのが今や人気ヒーローであるこの男、ホークスだ。
同い年ということもあり、昔は街でたまに見かけては一緒に遊んだりしてたんだけど、ある日を境にピタリと見かけなくなった。
再び出会ったのは高校を卒業間近な時で、一瞬誰だか分からなかった。彼がどんな人生を送ってきたのか、関わらなくなってしまった空白期間は分からない。けれど子供の頃に見たあの寂しそうな顔の面影はなく、立派なヒーローらしく魅力的になったのは感じた。
それからそのまま彼の事務所の職員として働く事になり、かれこれ四年程経つ。

「んで?何で怒っとーと?」

注文の品が届き早速本題に入ったホークスは私が注文したビール渡し、ビールと麦茶で乾杯すると注文した焼鳥を早速口に入れる。そのマイペースさに呆れつつも、私も届いた豚バラに手をつけた。

「てか、気づかんと?」
「ん〜…そーやねえ。名前には色々迷惑かけとーなってのは思とーよ。ごめんね、いつも面倒事任せちゃって」
「ほんと、女の管理くらい自分でしろっての。女たらしめ」
「女の管理?何それ、俺女遊びしちょらんけど」

やべ、さっそく本音そのまま出ちゃった。
鬱憤をぶつけると言っても仕事上では目上にあたってしまうわけで、昔からの知り合いだったとしてもオブラートに少しは包もうと思ったのに。
いや、ナンデモナイデス。とビールを飲んで口元を隠せば、少し真剣な顔をして私を見てきた。

「……もしかして俺のファンになんかされた?」

その瞬間、温度が一度下がった気がした。いつもお茶らけているから真面目には聞いて欲しかったけど、そんな深刻そうに言わなくても。

「いや〜……違うっちゃ違うんやけど」
「なん?言って」
「んー……ぶっちゃけ、××ちゃんが辞めたのはホークスが告白断ったからなんよね」
「そうなん?」
「90%くらいはそうやと思う……。やけん、女の子に対してもうちょっとさ、こう……接し方改めてほしいな〜って思ちょっただけ」
「ふうん……分かった」

本当に分かったのか?と思うくらい、ニヤニヤしているけど。従業員が一人居なくなってしかも理由が貴方の身勝手な女への優しさのせいなのに、なんなんだその腑抜けた返事は。さっきの深刻さはどこにいった。まったく……反省しているのか、していないのかやら。せめて彼に恋人でも出来てしまえば、こんなこと無いだろうに……ってヒーロー活動に大忙しだし、そんな暇ないか。
それから「で、他にないと?」と言われたので、酒の勢いもあり積もり積もったストレスの原因をぐちぐちと吐いた……気がする。








……気がするのだ。

いつの間にか寝てしまったようで、目覚めた時には暖かい羽毛布団に包まれていた。
……羽毛っていうか、これは本物の羽では??
羽根を触りつつ疑問に思ったけれど、心地良すぎて思考回路が回らず目をふたたび閉じる。
ゆっくり眠れる休日を焦りたくない、もう少し寝かせてよ。一休したらまた仕事なんだ、やんなっちゃう。

「え、また寝ると?」
「………ん?」

聞き慣れた声が聞こえ、眠たい目を薄く開ける。羽の隙間から見えたのは、朝だと教えてくれた太陽の光とホークスの姿。

「おはよ」
「……は、はあ?!」
「えらい大きな声出すやん、朝から元気やね」
「そんな呑気な事言ってる場合じゃないでしょ!ちょっと待って何この状況……なんで一緒に寝てんの?!」
「昨日お酒のんで潰れたの名前でしょ、おうちまで送ってって言うけん送ったんやけど」
「送ってくれてありがとう。けど一緒に寝てる意味が分かんないんだけど?何で帰ってないの?」

寝転びながら肘をついてこちらを見るホークスを片目に、一夜の間違いを起こしたのではないかと焦るが、ちゃんと服は着ている。よ、良かった……。

「ん?送り狼」
「……何馬鹿な事言ってんの」
「女の扱い、改めて欲しいって言ったのは名前でしょ」
「言ってる事とやってる事、矛盾してない?」
「何で?好きな人に対して好意を見せるのはいいでしょ」
「……は?どういう事って、ちょっ」

ホークスの言ってることが理解できずにいると、彼は身体を起こし私を仰向けに押し倒して服の間から肌を触る。優しく触る彼のゴツゴツした手に身体が反応して「ひゃっ」とどこから出たのか分からない甘い声が出て、背中が浮いた。

「……ずっと側に置いとくつもりやったし、少しずつ名前が意識してくれたらって思いよったけど、本気になれって好きな人に言われたら心配かけれんけんね」
「……好きな人、って、…………は?!」
「名前の事やけど。気づいとらんかった?」
「し、知らんし!」
「じゃあ意識して。名前だけしか優しくせんけん」
「ちょ、ちょっと待って、手、ばか、」
「でも意識してくれんかったら、意識させる」

彼の手はするすると背中を上り、ブラジャーのホックを意図も簡単にぽちっ、ぽちっと外すしては胸が解放感に放たれた。

「待ってホークス、ね、」
「待てない」

このままでは気持ち云々の前に過ちを犯してしまう。そんな混乱している中、私の胸に顔を埋めながら寂しそうに「だめ?」と、問いかけたホークスの言葉に、胸がぎゅっとなった。

「啓悟……お願い、やめて」
「……名前呼んでやめてはズルいでしょ」
「大切だから、啓悟の気持ち、ちゃんと考えたいの」

いつも飄々としていて、ヒーローとしても人気で、かつ女の扱いが上手くて。あの頃の彼の姿は想像出来ないけれど、彼にとっても私にとっても大切な存在なのだ。
好きかと言われたら、そりゃあ好きだけれど、それが恋愛的なものかと言われると素直に頷けない。
今、こんな状況になって、彼を受け入れようと思えば受け入れて一線を越えれるかもしれない。けれど、大切な存在だからこそ、ちゃんと考えたいのだ。

「……それに無理矢理始めるヒーローがどこに居んの」
「ここ?」
「ヒーローが逮捕されるわけにはいかないでしょ!しかも強姦未遂!」
「強姦とは心外だなあ」
「とにかく!……その、ちゃんと考えるから待ってて欲しい」
「……ふぅん、分かった」
「随分と聞き分け良すぎじゃない……?」
「だって俺名前と付き合うし」
「何その自信」
「どんな手を使ってでも手に入れるから」

またあの腑抜けた返事。それに何処から来たのかやら分からない有り余る自信。……私がホークスを好きになると予言してる?ううん、そんなの誰にも分かるはずがない。
ニッコリと笑った彼の笑顔の奥に、何か企んでいるようなで少し怖かった。





・:*+*:・




私の感覚は的中したようで次の日職場へ行けば、ホークスのサイドキック達からスマホのページを見せつけられた。
それは週刊誌のサイトのようで、ページには路地裏で泥酔した私とホークスがキスをしている姿と「ホークス、恋人と熱烈な夜?!」と書かれていた。

な、なななんだこの記事は。
これは多分、一昨日ホークスと飲んだ時のやつだ。てか何でキスしてんだ、全く記憶がない。そりゃ酒を飲みし過ぎたせいで記憶ないから自業自得なんだけれど。
サイドキック達からは「いつの間に付き合ってたんですか?!」「あ、もしかしてずっと隠してました?」「他の週刊誌からも問い合わせの連絡きてます!」「あ!トレンド一位、ホークスの話題なってますよ!」「流石速すぎる男!!」と言葉が飛び交う。

……なんだこの四方八方塞がりのような状況。

「おはざまーーっす、あれどうしたの皆んな」

そんな中、入り口から現れた原因の男に注目の視線が集まる。振り返り、彼に向けてこの色々と言いたい気持ちを顔で表せれば「え、何?まだ二日酔い治ってない?」などと空気をさらに悪化するような発言をしてきた。

「ホークス……どういう事、」
「え?」

察しろよ、という言葉を含めて彼に聞けば、惚けたような顔をする。
私達の様子を側から見ていたサイドキック達は居ても立っても居られず「ホークスさん、名前さんと付き合ってるんですか?!」「いつからっすか!」「こりゃ祝わねーと!」と大盛り上がりしている。
その様子を見て理解したように「あぁ、」と口を開いて私の腰に手を回した。

「詳しいことは秘密、でも皆んな祝ってくれてありがとうね」
「ちょ……!?」

何言ってんだ!同意するような言葉をつらつらと語ってもらっては困る。しかし彼を見上げれば、ニヤリとこの前と同じような笑顔を向け、耳元で囁く。

「どんな手を使ってでも手に入れるからって言ったでしょ?」

外堀を埋められた私は、彼の沼へと足を踏み込んでしまったようだ。
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