過去が視える女と未来が視える男



「じぃーーん聞いて、ねぇ聞いて」
「はいはいはいはい」
「ねぇってば!!」
「聞いてる聞いてる」

ぼんち揚げを片手にリビングのソファでだらだらしていた迅に話しかければ、怠そうな返事が帰ってきた。久しぶりの休みだからってちょっと私への扱いが雑過ぎじゃない?
横に座って持ってるぼんち揚げの袋から一つ摘んで彼の方を見れば、それは面倒くさそうな顔をしていた。

「今回は誰?」
「この前話したじゃん、ぴちぴちの新米警官!アイツ嘘ついてた……しかもバツ2……」
「二十歳そこらって言ってなかった?」
「そう!一年単位で結婚して離婚してんの!流石顔が良いだけあるよね……」
「バツ2でも今恋人居ないんでしょ?」
「私は運命の人とお互い一度だけの結婚がいいの!既婚者はお断り!」

はぁ、とため息をついてぼんち揚げを口の中に入れると醤油の沁みた味が口の中いっぱいに広がる。毎日食べる迅のようには食べれないけれど、この味はとっても好きだ。
ぼりぼり、と食べる私の頭に優しく手を触れて、迅は慰めるように撫でる。

「そろそろ一旦、恋愛するのやめなよ」
「やだ、あんな仕事するとストレス発散出来ないの!」
「それなら恋愛じゃなくて、もっと違う事でさぁ」
「迅は乙女心分かってなさすぎ!」

毎日生きるのには、辛いだけでは生きていけない。楽しいこと、嬉しいこと、好きな事も、辛いだけ無いと、毎日やってらんないっての。
…そもそもこの男から離れれば一番良いんだろうけど。彼の存在が気になってしまうのは、私の諦めきれない恋心のせいでもある。

「でもこれからも警察と関わっていくんでしょ?それなら何あっても気まずくなんないように恋愛する場所を変えなよ」
「例えば?」
「ちなみにここにもイケメンもいるけど?」
「え、どこどこ?私の前には昨日熊ちゃんにセクハラした男しか居ないけど」
「……もしかして昨日熊ちゃんと会った?」
「今視えたの。てかボーダーも今後関わるし、迅言ってる事矛盾してるじゃん」
「ま……そうだね」

私には過去視というサイドエフェクトの能力がある。分かりやすくいえば、迅の能力の逆の能力。しかし少し違うのは、その人と親密になるにつれてより深く過去を視る事が出来ること。その中でその人の感情までが自分の中に入ってくる。
未来視は今後のボーダーの存続に関わる大切な役割をするが、比べて過去視は重宝されるものでは無いし、個人個人の隠したい辛い感情までも感じるからそんな良いものではない。

そこで私の能力が活用されるのが警察。
犯人逮捕までいったとして、自分は犯人ではないと言い張る人もいる。誤認逮捕であってはならないし、犯人が犯罪を犯した経緯についても知らなければならない為、犯人と交流し親しい関係になって証拠を見つけ、真実を解明する仕事もしている。
しかし犯罪を犯す人の心情は理解不能な事が多く、視るだけでも疲れてしまう。ノイローゼになりそうだけど、民間人を守る大切な仕事だし文句なんて言ってられない。
でもさぁ……好きな人から、恋人から、お疲れ様って、頑張ってる君が好きだよって言って欲しい…!それだけで毎日頑張れる……!!
そんな気持ちを知らないであろう迅は、弄ぶような発言をたまにしてくるのだ。

「てか迅もその女の子を誑かすような発言するのもやめなよ」
「大丈夫、可愛い子にしか言わないから」
「あらありがと」

……そんな事思ってないクセに。
彼と初めて会ったのは、ブラックトリガーの保持者になっておりS級になった後。サイドエフェクトが似ているという点と、年齢が同じ歳だということ、ゆりさんが私をスカウトしてくれて当時ばりばりの人見知りだった私に気を使ってくれたことで玉狛で活動している。
そんな中で単独で活動する者同士、迅とはよく接するようになり、ほぼ毎日ずっと一緒に居て、親切にしてくれた迅に淡い恋心を抱いた。
恋をすればその人の色んな事が気になり始め、人づてに迅には暗い過去があると聞いた事があった。それを聞いた私は、いけないと思いつつも過去を覗こうと深く接しようと試みた事ある。
…しかし、その未来を視ただろう迅は私に一線を引くようになった。

――……視られたくない、知られたくない。

そう私も察し、迅とは一定の距離を置くようになった。悠一くんと呼んでた名前も、迅に変えた。
新しい恋をしようと叶わない恋心を諦めて約一年半、色んな人と付き合う前までは行くのに、結局付き合う事も出来ず未だに恋人は出来ていない。
なのに恋心を諦めて彼から離れ、一人で活動するようになった頃から、この人は気があるような事を度々言ってくる。気だけ持たせて、女を弄ぶなんてほんと悪い男……に引っかかる私もちょろい女。



△▼△



馴れないヒールを履いて歩くとカツカツと音が鳴る、それだけでも少し大人びた気がする。そんな気分なのに突然、ポニーテールにしていた髪を引っ張られて足を止めた。

「誰かと思ったら名前じゃん、久しぶり」
「太刀川先輩…」
「その先輩呼び、今の服装にまじクるな」
「キモ…」
「おいキモい言うなよ」

オヤジみたいな事を言う太刀川先輩を蔑んだ目で見れば、オヤジみたいな顔をして否定してきた。
今日は警察署で仕事を終えての本部の為、リクルートスーツで着ている。最近ずっと警察署での仕事ばかりで本部へ来たのは約一カ月ぶり。

「なんなら警官の服装着てくれば良かったのに。見てみたいわ」
「私はボーダー側から派遣されて行ってるんですから持ってるわけ無いでしょ」
「そうなのか?じゃあ今度コスプレでいいから着てよ」
「マジでキモい事言わないでください」

太刀川先輩は昔から私の事を揶揄ってくる。昔人見知りだった私にも容赦なく揶揄ってきて、しかも下ネタ大好きなオジサンみたいな揶揄い方だから尚更キモいんだけど、強いしたまに頼りになるし、そういう下ネタが無ければかっこいいのに。

「何、これからまた仕事?それとも任務?」
「警察から預かった資料を忍田本部長に渡さなくちゃいけなくて寄っただけです。太刀川先輩はランク戦ですか?」
「まあな。ただお前と同じで全然本部に顔出さねー迅が久々来てたから、さっきまで話してたんだよ」
「あの人はいつもの暗躍でしょ…。それに城戸司令官や忍田本部長の方に用事があるわけでロビーに来てないだけですよ。皆んなから色々誘われるだろうし」
「それな〜」

よくみんなは迅に会わない、と言っているがボーダー本部に来ていたりする。ただ暗躍らしく密かしているだけ。
そんな迅は、嵐山と頭上にあるスクリーンに映し出されている個人戦の試合を見ながら何か話し合っている。
私もボーダーに来た当初は迅と一緒に練習試合を玉狛のトレーニングルームでよくやっていたな…。迅がスコーピオンを使ってたから同じのを使って練習したけど上手くならなくて、結局ガンナーの方が合ってたけれど、それでもトリオンの使い方が下手くそでギリギリB級に上がれた所。今はオペレーターとして役職を置いているが、ほぼ警察の仕事をメインでやってるので実質ボーダーっぽくはない。

「そういえばこの前言ってた男とはどうなったわけ?」
「……どの男でしたっけ」
「おいおい何そのモテる女みたいな発言。お前モテねーだろ」
「そんな事言わなくてもいいでしょ!」

失礼な事を言う太刀川先輩は私の反論に耳を両手で押さえる。うるさいな……モテなくても告白されるくらいまではアプローチしてモテるんだから!

「この前会った時に交番勤務のイケメンがかっこいいって言ってたじゃん」
「あぁ……告白されましたけど彼女居ること隠してたのでやめました」
「っはー!だからイケメンはクズだって言っただろ!」
「イケメンでもクズじゃないイケメンもいるの!」
「例えば?」
「例えば……あ、ほら嵐山だって」

目線の先にある嵐山と迅の方を見て答える。嵐山は国民的アイドル並みにイケメンで人気だし、隣の迅も嵐山並みにイケメンだと思う。

「確かに。嵐山じゃダメなわけ?」
「嵐山は…アイドル!って感じじゃないですか。性格が良くて……でも良すぎるのも何だか申し訳なくなるんですよねー……なんなら性格は私太刀川先輩の方が好みですもん」
「え、今俺口説かれてる?」
「口説いてませんし、太刀川先輩って私の中でイケメンって感じじゃないです」
「辛辣だなお前」

そう思うと私ってクズが好きなのかな……。
「俺のこと口説いてみろよ」なんて言いながら腕で私の肩を突く太刀川先輩はニヤニヤしているが、生憎それには乗らない。本気じゃ無い事も知ってるけど、太刀川先輩が話すことは戦闘以外の話に乗ってはダメだと私は知っている。
嵐山の話をしていたからか、呼ばれたと思ったらしく彼の目線がこちらへ向けられ、手を振ってきた。

「久しぶりだな名前!俺のこと呼んだか?」
「名前が性格が悪い嵐山が好きだってよ」
「ちょっと!嵐山は性格良くてアイドルな感じが味って言っただけで、そんな事言ってないです!」
「んだよ、てかそれって迅の事か?」
「……え?」
「性格が俺と同等で、顔が嵐山並みだろ」
「ちょっと、俺太刀川さんと性格一緒とかヤだよ」

参加していなかった迅も話題に入って声を上げる。そして中々感の良い太刀川先輩に多少のイラつく私。はたまた私が墓穴を掘っただけなのか。
……迅に片思いしていた事は誰にも言ってない。だからノンデリ性格なこの男はどんどんと空気の読めない話を広げていく。

「そーいえば名前がボーダー入った時ってずっと迅にべったりだったよな。名前も下で呼んでただろ?」
「確かに。名前は地方からスカウトでこっちに来たんだっけ?」
「でも気づいたら二人が一緒に居る事無くなってたよなー。なんかあった?」
「迅も名前も互いにやる事ありますもんね」

太刀川先輩の空気の読めない質問を、嵐山の空気の読まない発言であやふやになってる……ありがとう嵐山、君はやっぱりアイドルだ。
話の話題にあるもう一人の男に視線を向ければ、黙っていたのにタイミングがあったように目が合い、すぐさまに逸らした。

迅が一番、よく分からない。

「…迅は幼馴染って感じなんで違いますよ。それにボーダーで恋愛したら、それこそ私、太刀川先輩に泣きつき……はしないか」
「おおい、そこは泣きつけよ。可愛がってやっから」
「やっぱりキモ…はやく模擬戦してきてください」

手のひらであっちへ行けとぺいっとやれば、「可愛いくねぇやつ」と言って笑いながら模擬戦ルームに現れた風間先輩の方へと歩いていく。
迅には、私が迅の事を気になっていた――恋をしていた事は気づいているだろうが、その事実が無かったかのように、別に違いますけど?貴方に恋なんてしてませんけど?と意地を張って答えた。
……出来るだけ、今後もこの幼馴染みたいな関係を続けていきたい。恋をしたなんて、好きだなんて言わないから、だから無かった事にして欲しい。

「名前、明日仕事ある?」
「え……あるけど、何で?」

名前を呼ばれて顔を向ければ、迅は先程の恋云々の話なんて無かったかのように別の話題を始めた。

「…明日、いや今週は休んだ方がいいよ」

何か未来予知で見えたのだろうか。しかし今週って、また急な。それに明日は大事な凶悪犯との面会が待っている。そんな急に仕事の予定をキャンセルなんてできない。

「忠告ありがと。でも明日も仕事抱えててさ、とりあえず注意しとくね」
「そうだなあまり無理せず、たまには顔を出してくれ」
「うん、嵐山もありがと。じゃあ、またね」

元々二人で話をしている所に太刀川先輩と割って入ってしまったわけだし、足を引いて二人の輪から抜ける。

気の使う忠告なんてしないでよ。
……そういう優しいところも、嫌い。



▶︎▷◀︎◁





次の日、迅の予知はこれのことかと理解した。
月一でくる月のものがやってきたからだ。
昔はとっても重くて一日動けない日だってある程、重度の生理痛だったけれど薬で少しずつ改善されて最近では日常に支障を来すことはない。なのに今回はいつもより痛みが強かった…が、動けない程では無い。

それよりも精神的に追い詰められたのが、凶悪犯の面会。今まで暖かい環境で育ってきた私では理解できないくらい、寂しくて冷たい過去だった。
視えたのは家族から邪魔だと酷い暴言と暴力を受け、周りの人は知らんぷりしてどんどん孤独になっていった犯人。
愛されたい、愛されたい愛されたい――…でも、誰も近づいてはくれない。ただ一人、孤独な人生。
ついに抑えきれなくなった感情を振り翳した犯人は、家族を刃物で殺し家族の恋人を強姦した後、惨殺した。
今までで一番気持ち悪かった。犯人と話をしていると、その時の情景が浮かんでくる。悲しみながら死んでいく家族の表情を見ながら、感情はとても快楽的で心地よい。自分が自分じゃなくなるような狂気を感じた。

深夜過ぎまでかかった事情聴取をなんとか終えて玉狛へ帰り着き、そのまま倒れるように眠った……のだが、次に目が覚めた時には状況が悪化。
接近している台風のせいか、はたまたそれに伴う雨のせいなのか身体が重い。そして生理2日目の身体は腰と頭が痛くて何も意欲も湧かず、昨日の過去視のせいで精神的に滅入って変な感じだ。
シーツには大量の血がついていて、生理痛のせいで腰が痛くて立ち上がるのがしんどい……けど、血の海をこのままにしておくわけにはいかない。

恥を覚悟で部屋から出てリビングへ向かうと、とても静かだった。そういえば今日は全員朝から外出するから遅番で出勤する私に鍵の締め忘れ注意だぞ!って陽太郎から言われたんだっけ。
汚れたシーツと服を洗濯機に入れてシャワー浴び、ナプキンにタンポンの二重構えで新しい部屋着に一先ず着替え、洗濯が終わるのを待つ。
…今日も警察署なんだれど、行けそうにないくらい体調が悪い。「ボーダーにはトリガーっていうのがあるんでしょ?それで問題ないじゃないか!」と太ったあの刑事さんなら言いそうだ……確かにそうなんだけど、生憎私のトリガーは故障中で使う事もほぼないし本部に置いてきてる。

ああやだ、雨はどんどん激しくなっていくし身体はどんどん重たくなっていく。
……でも行かなきゃ。私も自分の役目を果たさないと色んな人から見捨てられてしまうかもしれない。
ボーダーだって、自分のサイドエフェクトに頼りっぱなしで、オペレーターも、アタッカーも、ガンナーも、中途半端にやってやめて。周りにはアタッカーで頑張ってる太刀川先輩や広報活動で頑張ってる嵐山が居るのに、私は身勝手で諦めてばかり。
私だって、一つは良いところないといけないのにこんなんじゃボーダーから追い出されちゃう……やだ、動け身体。


動かない身体のまま洗濯機の横の棚にもたれかかってると、玄関の方から鍵を開ける音が聞こえてた。
誰か忘れ物したのかな…?でもこんな弱ってる所、見られたくない。
静かに誰かが出ていくのを待つが、その足音は徐々にこちらへと向かってくる。

「名前、大丈夫?」
「……じ、ん、」
「すっごい真っ青じゃん、貧血?」

ひょっこり現れた迅は私の目線に合わせるようにしゃがんで話しかけてきた。
……最悪、迅に見られるなんて。

「大丈夫、それより帰ってきてどうしたの」
「名前の様子が気になって。言っただろ、休めって。担当の刑事さんに連絡した?」
「してない……」
「携帯貸して、休むって連絡するから」
「やだ、休まない!迷惑かけちゃう!」
「このまま行った方が迷惑かけるよ。貧血で面会中に倒れ込む名前が視える。とりあえず部屋まで行くよ」
「えっ、……ちょっ!」

体育座りでしゃがんでた私の身体を簡単にお姫様抱っこして持ち上げる迅に驚くと、おっとっと、とふらつく彼の胸元の服を掴む。いつも換装体のはずなのに…もしかして今って生身……?

「…ふらつくなら抱えないで」
「文句言えるくらいの元気があって良かったよ」

私の部屋まで向かうと、シーツのかかってないベッドの状態を見て迅は自分の部屋へと向かい、彼のベッドへと降ろされた。そういえばシーツを洗うのが最優先で代えのシーツのことすっかり忘れてたな…。
けれど迅のベッド、というのもなんだか恥ずかしい。私を下ろして一旦部屋から出ていった迅は戻ってくると私のスマホを手にしていた。

「ごめんシーツ変えて自室戻るから」
「いいから。…で、携帯のパスコードは?」
「……何で教えなきゃなんないの」
「だから電話するって」
「個人情報!見られたく無いのだってあるし、これくらい自分で出来るからスマホ貸して!」
「今でも調子悪いんだから無理しないで、電話するだけだし嫌ならパスコードまた変えればいいでしょ」

意地張んないの、と私の肩を押して起き上がるのを止める。確かに、少し気を抜けば気持ち悪いくらい頭がぐわんぐわんしてて目を閉じるだけで精一杯。
目元に腕を置いて目を閉じて、口を開く。

「0409」
「え?」
「……パスコード、迅の誕生日」
「……へぇ、覚えててくれてありがと」

忘れているフリしてたのに。実際に今年、迅の誕生日には玉狛で皆んなでパーティをする予定だったが、彼に距離をとられてから、そういうイベント事が気まずくなって仕事が終わらないとウソをついて祝う事もなく、プレゼントも渡していない。
だからそんな彼の誕生日に設定してるのをバラすのはとても気まずいんだけど、身体がそれどころではない。

「誰に連絡したらいい?」
「アヒル愚痴田中ってやつ……」
「どんな名前つけてるんだよ」
「あと…救急箱に頭痛薬入ってるから持ってきてもらってもいい?電話もごめん…お願い」
「了解、実力派エリートに任せなさい」

限界に達し、迅に全て伝えて目を閉じたまま力を抜く。スマホを操作するタップ音がした後に遠のく足音と迅の声が聞こえる。
…なんでこんなに優しくしてくれるんだろう。もし私が迅の恋人だったとして、自分以外の人にこんな事してたら嫉妬してしまうくらい優しい。
再び足音はこちらへと戻ってきて目を開けると私の額に手を置く迅がいた。

「電話してきたよ、休んで大丈夫だって」
「……ありがと」
「熱は無いね」
「当たり前でしょ……ただの生理だから。だからそんな心配しないで」
「はいはい、ロキソニンで良い?」
「ありがと」

身体を起こして貰った薬を持ってきてくれた水で飲みこんだ。
戻ってきた彼は上着を脱いでいて換装体ではなくラフな格好をして、ベッドの縁に腰掛けながら私をじぃっと見てくる。

「……何?」
「この前……名前がさ、血塗れになってるのが視えたんだ。でもその後は結構ピンピンしてたから何だろうって思ってたけど、そういう事だったんだと思って。いつも痛みは酷いの?」
「昔は痛かったけど最近はピル飲んで緩和されてたから…でももう大丈夫。ありがと、部屋戻るね」
「いいよ、ここで寝て。とりあえず今日は一日寝てな」
「でも……」

ぼんち揚げの箱が積まれているだけの殺風景な部屋にポツンとあるベッド。迅の部屋だというだけで少し居づらいのに、寝てていいなんて。しかもこのシーツ、同じ洗濯機で、同じ洗剤で洗ってるはずなのに迅の優しい匂いがする……って変態か。
渋る私を見て「はいはい横になって」と強制的に寝かせるので、また反論すれば埒があかないと思い彼のいう通りにすることに。仰向けのままだと腰の痛みと下腹部に痛みがズキズキとくるので、壁側を向いて寝た。

「じゃあ痛みが和らいだら戻るから……ってな、何してんの?!」

早く迅から逃れようと声をかけるのに、布団が盛り上るので後ろを見ると、彼は何故か同じベッドにモゾモゾと入ってきた。

「こういう時ってお腹温めた方がいいんでしょ?」
「そうだけど……ちょっ!」
「冷た。……じっとしてて」

彼は後ろから腕を回して私の服の中に手を入れてくる。幸いにもキャミソールを着ていたので、肌越しではないけれど彼の手の温かみがじんわりと身体を癒やす。
嬉しい、有難い、助かる。
けど……なんでそんなに優しくするの。

雨の音がしとしとと降り続くように、私の気持ちも溢れていく。

「……そんな事、しないで」
「嫌?」

嫌なのかだって?…諦めた恋心を揺るがして、なんでそんな質問をするの。
距離をとって私からの好意に拒絶的だったのに。
それとも皆んなにもこんな事するの?弱ってたら優しく介抱して、その上身体に触れる。迅が他の子のお尻をセクハラオヤジみたいに撫でるのでさえ、目を瞑っているのに。
……でも、私には今まで触ってこなかった。そういう存在にさえなれていなかったと、相手にされてる女の子達を羨ましく思った事もある。

「私に視られたくないなら、これ以上優しくしないで」
「……視なくていいよ。目を瞑って、そしたら視なくていい。心身疲れてるんだよ、そんなの放っておけるわけないじゃん」
「そういう優しいとこ、ほんと嫌い……自分だけ犠牲になろうとするとこも」
「それは名前も一緒でしょ」

そして、心の奥底を見せてくれないのも。
結局この男の大切な過去を視る事は、私は出来ないのだ。

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