03訓








「ねぇ、名前は好きな人はいるの?」
「え、なんで?お姉ちゃんはいないの?」
「私ね、晋助さんが好きなの」
「……そう、なんだ」


▽▼▽



「どうですか名字さん体調は」
「どーもこーも変わんないです。気ぃ抜いたら吐いちゃうからストレスフルですよ」

月に一度の通院。
元々江戸にやって来たのは、私の病気はやっかいすぎて田舎の病院では対処出来ず、紹介状を書いてもらってやってきたからだ。

「うーん…薬変えますか」
「変えて良くなるなら変えますけど…治るんですか?」
「仕方ないでしょう、貴方の病気は天人が持ち込んだ花吐き病。まだ解明されてないからこそ新薬を試していくしかないのです。…最もその患う恋が実れば万事解決なんですがねぇ」

実る事なんてない。そんな花をいつまで吐き続ければいいんだろう。
花によって重症度が分かるらしいが、私の吐く花はやっかいなレベルらしい。普通の人だと仕事も出来ず寝たきりが多いらしく、担当医からよく平気でいられるねぇと驚かれた。
私の場合、身体が鍛えてるもんでそこは丈夫なのだか、気を抜くと大変な事になる。







「オロロロロロロ…おえっ…」

病院の帰り道、突然の吐き気を催し道路脇の雑木林の茂みに入りしゃがみ込む。口から出て来たのは白い彼岸花。縁起の悪いこの花が、私の人生を苦しめる。…いや、私がこの花の原因となる恋をしてしまったのが最大の問題点。
またアイツの事、思い出しちゃった…。
私は吐いた白い彼岸花を軽く土の中を掘って埋めた。
花吐き病は、特に女性に多く、吐いた花に触れる事で発症する。
そう、私も触れてはいけない花だと知っていれば…。

「噂に聞いてはいたが、本当に花を吐くとはな」

声が聞こえて顔を上げると、サングラス姿の男がギターを背負い込んで立っていた。
…私はこの男を知っている。立ち上がり、彼と向き合い少し距離を取った。

「河上万斉…私に何のようですか?」
「拙者の名前を存じているとは嬉しい限りでござる。何、手紙の返事が中々こないので直接に伺ったまで」
「あの手紙を書いたのは貴方なの?しつこいんですけど。しつこすぎて返事する気失せるんですけど。っていうか場所しか書いてないから、普通行ったら殺されるって思うのが普通でしょ」
「元鬼兵隊で晋助の背中を守っていた奴を殺すわけなかろう」
「それならもう少し分かりやすく書いてくんない?まぁ、どちらにせよそちらに着く気はないですよ。じゃあね」

これ以上無駄話に付き合って真選組にでも見つかってしまえば、面倒な事になる。最近沖田さんからのちょっかいも酷いというのに。
敵に背を向けた時、もし、と声をかけられた。

「もし、仲間になる代わりに花吐き病を治す、といえば仲間になってくれるでござるか?」
「…どういうこと」

振り返ると、私の返答に待ってましたというように河上万斉がニヤリと口元を上げていた。
この病気はまだ研究段階。徐々に分かっているとしても、完全に治すという薬は聞いたことがない。天人が攘夷戦争の際に持ち込んでから、地球人にも移り、薬で治った者は居ないと医者から聞いた。

「宇宙のとある星で花吐き病が流行っていたその星で作った薬が、病を治すのに成功し、その薬をこの間入手したでござる。この薬と引き換えに協力を願いたい」
「それ、私が待てば認可が降りて手に入れられるんじゃないんですか?」
「認可が降りるまで何年かかると思っているでござるか。四年もお主が生きているとは限らない」
「でも認可が降りてない薬って事は人体実験されるってことでしょう?」
「薬で治ってる確率はほぼ100%、成功率は高いでござる。生命を維持できるのであれば早めが良かろう。もしくは…私なら正規の方法で治す事に手を貸す事も出来るが?」
「…何言ってんの」
「お主が惚れているのは晋助だろう?」
「ちが、うっ…!!!!」

彼の名前を聞いて、突然の吐き気にまたしゃがみこむ。また、花、花、花。土を被せて存在を隠す。

「この手紙を渡せと頼んでいるのは晋助だ。晋助も、お主をそばに置きたいという事だろう」
「それは無いです。あの人が惚れているのは、私の姉なんだから…。兎に角、貴方達の仲間になる気はないから」

今度こそ、立ち上がり振り向いて道に出る。
逃げるように早足で帰路を歩く。早足で歩いたため、少し胸あたりが居心地が悪いが、吐き気は治まった。


     
▽▲▽




これは5年前の記憶。

5年前よりずっと前からいつも見ていた大きな背中。風に靡く額に巻いた鉢巻と柔らかな髪。
いつもその背中を背にして、前を向いて戦った。背中から感じるぬくもりは、私に安心して背中を預けてくれたお守りのようなものだった。
…それが嬉しかった。刀を交え、一心不乱に闘ったあの感覚も、心が一つになったようで戦争の中で幸福感を味合うなんて馬鹿げてるが、私はあの人の隣が、背中が、好きだった。
お姉ちゃんの気持ちが分かっていようと、高杉の見る目線の先にいるのがお姉ちゃんの事だったとしても。





「知っているか?花吐き病を治すには二つの選択肢がある。一つは相思相愛になること。そしてもう一つは、諦める事だ」
「…高杉の兄ちゃんは、お姉ちゃんに諦めろっていうの?」

攘夷戦争がもう終わりを迎えようとしている。
勝敗でいうと、こちらが気圧されている状態だ。
激しい戦争の最中、私と高杉は拠点地としている屋敷の奥に居た。ここには、もう歩く事も起き上がる事もできない、布団の中で横たわる私の姉が養生している場所である。

攘夷戦争の途中、死体の山を掻き分けて生活していた最中、姉は花吐き病を患った天人の花に触ってしまい、花吐き病にかかってしまった。
戦争真っ只中の中、医者は戦争で運び込まれてくる人間の手当てで手がいっぱいで対応できず、姉の身体はどんどん病に蝕まれていったのは分かっていた。

「名前…いいの。分かるの、もう身体が持たないって…。治す事も出来ないくらい進行してしまったみたい。このまま晋助さんを好きなままで逝かせて」
「やだ…やだよ」
「ダメよ、私の分も…生きて。前だけ向いて歩きなさい。名前も、晋助さんも……愛してるわ」
「…あぁ」

その言葉を残して高杉は姉の前に現れる事は無かった。
姉が亡くなったのはそれから一週間後。攘夷戦争が終わる目の前だった。あと少しで戦争が終わる所だったのに、あの時あんな事になるなんて。もし、もう少し早く終わっていれば、もしかしたら生きて、薬が手に入って……。
しかし今までの毎日はそこで終わった。
いつも迷った時に私を暖かく包んでくれたのは姉だった。姉は、私より辛い道のりを歩いてきたというのに、私は、姉と同じ人に恋焦がれ、そして、背中を互いに預け、そして……いけない事をした。

私は生きている価値なんかないんだ。
ただ、最後の願いが小指を絡める。
前を向いて、歩く。罪を背負って人生を謳歌しよう、姉の分まで生きていこう。
そう誓って歩いた第二の人生なのだ。
高杉に対しての想いは姉が亡くなった時に一緒にサヨナラしたはずなのに、忘れてたはずなのに、胸が締め付けられる。



お姉ちゃんごめんなさい、私まだ忘れられないよ。