「お母さーん、飲み物切れちゃったからコンビニ行ってくるー」
「気をつけて行きなさいよー」
「はーい」

夕方。学校から帰ってきて冷蔵庫を見ると、いつも飲んでる牛乳が切れてた。もー……絶対お兄ちゃんが朝飲んだでしょ。怒ゲージが溜まっていくが、飲んだであろうお兄ちゃんはまだ帰って来てない。……またバジサンとかトウキョーマンジカイの人と絡んでるんだろうなあ。

お財布を持って玄関の鍵をしめて階段を降りようとした時、上の階から降りてくる足音が聞こえて階段を見上げた。

「お、千冬の妹じゃん」
「……どうも」

出た……トウキョーマンジカイ、略してトーマンの壱番隊隊長であるバジサンだ。今日は制服姿ではなくラフなTシャツとジーンズのバジサンは、お兄ちゃんから5階の住人だって事を教えてもらった。同じ団地にこんな人が居たなんて知らなかった。

「お兄ちゃんと一緒なんじゃ……」
「今日はクラスの連中と遊ぶって言ってたぞ」

なんで家族よりも把握しているんだこの人は。
前みたいに眼鏡はかけてなくて、髪もまとめず風に黒く長い髪が靡く。
……これ以上距離を詰めると、多分また心臓が早くなっちゃいそうだから一定の距離を取って階段を降りた。

「どっか行くのかぁ?」
「コンビニです。飲み物買いに行こうと思って」
「おー俺も。後ろ乗ってく?」
「……はい?」

そう言って駐輪場に連れて来られた私が目にしたのはバイク。デッカイバイク。……え?

「運転出来るんですか……?」
「おーよ。ほら、メット」

被るだけのヘルメットを渡されて、下ヒモを締める。バイクに乗ったバジサンは「俺の肩掴んで、そこにタンデムステップあるから足かければ跨がれっから」と言われて、肩を掴みステップに足をかけて、えいっ、と勢いをつけて跨った。

「怖ぇーなら腰ちゃんと掴んどけよ」
「え?」

ブゥゥン!とアクセルを蒸す音がして走り出すと発進した勢いで身体が後ろのシートによりかかり、思わずバジサンのお腹にぎゅっとしがみついた。
待って待って待って……驚きすぎて言われた通りにしちゃったけど……色々問題ありありなんですけど?!?!
バジサンと近すぎると私の心臓は早くなってしまって、こんなに密着だと聞こえてしまいそうで。目をぎゅっと瞑り早くこの時間が過ぎてしまえと願った。

「そんな緊張すんなよ〜ほら、横見てみろって」

背中で私の様子は見れてないんだろうけど、心臓の音が聞こえたのか、はたまた回した腕の強さから分かったのだろうか。呑気に笑って話しかけた声は風とももに耳に入る。言われた通りに目をゆっくり開けると、川辺に映る夕焼けが広がっていた。

「綺麗……」
「だろー?」

小さく呟いたはずの声は聞こえていたようで、返事が返って来た。
目の前に広がる風に靡く自然と、夕焼けの光、人の温かさ。いつも何かが心配で固まっていた身体の緊張がやんわり溶けていく感じがした。
……楽しい。
バジサンって本当に魔法使いなのかもしれない。


△▼△



「何でわざわざ遠いコンビニなんですか」
「人と待ち合わせしてんだ」

途中で気づいたが、コンビニなんて歩いてすぐの所にあるわけで、わざわざバイクに乗らなくてもよかったのに私はホイホイとバジサンに着いてった。また何かの魔法をかけられたのかもしれない……何の魔法だ??
……とゆーか、人と待ち合わせてるなんて聞いてないんだけど。待ち合わせしてるのなら邪魔になるだろうし、何もわざわざ私に乗ってく?とか誘わなきゃいいのに。

待ち合わせしてる人はまだ来てないらしく、コンビニの入り口近くで座って待つ事に。これって不良の屯してるのと変わんないじゃん……私も不良かぁ。


「名前ってやっぱ千冬に似てんなぁ」

突然、隣に座ったバジサンの言葉に身体が固まる。名前って……名前って、私の名前、呼んだ。ただそれだけなのに胸がぎゅっと締め付けられた。

「どしたー?」
「あの……バジサンって魔法使いか何かですか?」
「俺の事猫っつたり魔法使いっつたり、おもしれーなぁ」
「あの私、バジサンと居ると何故か魔法にかかってしまって……ずっと気になってたんです」
「それより俺はお前のイントネーションの方が気になるんだけど」
「どういうことですか?」
「俺の名前。外国人みてーな言い方すんじゃん、俺の名前は場〜地〜んで、圭介ってこー書くんだよ」

そういって空中に指で名前を書く。なるほど、場地さん、場地……圭介さんって書くんだ。

「で?魔法にかかるってどんな魔法だよ」
「えっと……人をドキドキさせたり、顔を熱くさせたりとか……?」
「マジかよ、俺魔法使いじゃん」

そうやって笑う顔も、私をドキドキさせる。今も魔法使ってると思うんですけど、無意識で魔法使えるあたり凄い。呑気に場地さんは「んな魔法より喧嘩が強くなる魔法使えねぇかなぁ」なんて呟いてるけど。この人の頭には喧嘩の事しか頭に無いのかもしれない。

八重歯を出して笑う場地さんに夢中になっていると、コンビニから出てきた人が「場地ー」と声をこちらにかけた。
無意識に声のする方を見上げれば、ゴリゴリの不良がこちらに向かって歩いてきて、その瞬間ハッと気づいた。
場地さんの身近に居る人間――待ち合わせている人が不良である可能性を、何で今まで気づかなかった私。もしかしたら……私何かの生贄だったりする?!

「おードラケン、中に居たのかよ。マイキーは?」
「まだ中」

金髪のデカい不良のお兄さんは頭に刺青があるし声も低くて余計に威圧感がある。場地さんも怖い顔してるって思ったけど、この人は更に怖い。
二人が話していると、コンビニから更に金髪の男女が出てきて「おっ場地」「場地じゃん久々」と次々に場地さんに声をかける。この人達も場地さんのお友達なのか。お兄ちゃんもそうだけど中学生で金髪って……近寄り難い人達全員集合!って感じだ。

「おっせーよマイキー」
「なんだよ遅れて来たのは場地じゃん。俺はどら焼き買ってただけ」
「場地〜その隣のコ誰?場地の彼女?」

場地さんと金髪の男の子が話してる間に金髪の女の子がひょっこり顔をだして、私と目線が合った。
え?私の事言ってる?

「違ぇーよ、コイツ千冬の妹」
「千冬に妹居たのか、意外だな」

デカい方の金髪の人がへぇ。とちょっと驚いた表情をして言う。
え、この人達、お兄ちゃんの事も知ってるの……?って事は、お兄ちゃんもこんな人達と連んでるの?!

「ええと、お兄ちゃんのお友達でしょうか……?」
「あー言ってなかったな。こっちが東卍の総長のマイキー。こっちが副総長のドラケンで、コイツがマイキーの妹のエマ」
「トウキョーマンジカイの総長と副総長……?!」
「お、またイントネーションおかしいぞ」

この人達が、トウキョーマンジカイのトップ…?!というか絶対このデカい方の金髪……ドラケンさんの方が総長っぽいのに、ちっちゃい方……マイキーさんの方が総長なんだ。
マイキーさんを見るとばっちり目が合い、にっこりと微笑みを返してきた。

「お前俺の方が総長なんだって思ったっしょ?」
「イエ……まァ……」
「はは、素直な所とか千冬にそっくりだな」
「マイキーは強ぇーぞ。そーだ、名前が俺に声かけてくれた日もマイキーと喧嘩したんだよな。コイツ雨の中俺捨てていきやがってよぉ」
「えっそうなんですか?!」
「あー場地が雨の日に可愛い子に会ったって言ってたやつか」
「ばっ、おいやめろ!」

……うん?……カワイイ……??場地さんが私をカワイイと言ってた……?
ドラケンさんの言葉に慌てた場地さんを見れば、一瞬目があったので何か言わなきゃと思い「どうも……?」と反射的に出た言葉で言うと、場地さんは顔を逸らし「見るな」と私の目の前に手を差し出す。それをニヤニヤした顔でドラケンさんとマイキーさんが見ていた。

「良かったな場地、また会えて」
「しかし千冬の妹って複雑だな」

マイキーさんの言葉にドラケンも加わる。お兄ちゃんの妹だから複雑……?話がよく見えてこないぞ。よく分からない話をする男三人の中に、エマさんがひょいっと加わった。

「え、何なに〜?教えてよ」
「実はよー場地が……」
「あ"ー!!うっせ帰れ!俺に用があんのはマイキーなんだからよ!」

ドラケンさんがエマさんに耳元で何かを伝えようとすると、場地さんは焦ったように大声をだす。
その話、私も気になるから聞きかせてほしい。よく分からないけど―…場地さんは私に会いたかった?何で?あ、傘返したかったから?確かにあの傘はお気に入りだったから返してくれて嬉しかった。
しかし、それよりも私が気になるのは……。

「凄く気になってたんですけど、友達なのに喧嘩するんですか?」
「昔から場地が喧嘩しかけてきてしょっちゅうやってたよ。まああの日俺もキレてたから、あのまま置き去りにして悪かったな」
「そんな二人とも怒って……何が理由で喧嘩してたんですか……」
「「…忘れた」」

ええー……なんなのこの人達。あんなに大怪我してたのに理由を忘れちゃうなんて、不良ってのはなんとも理解が難しい存在だ。

「なぁマイキー、もぅ時間ねーし俺が忘れてったやつくれ」
「ん、あぁ」

そういってマイキーさんはエマさんが持っていたカバンを漁って国語辞典を取り出して渡した。あ、この国語辞典私も持ってるやつだ。

「おー!見当たらなくて探してたんだよ、サンキューな」
「場地……それがね、」
「裏、味噌汁ぶっかけちまった」

マイキーさんは相変わらずの表情で国語辞典の裏側を見せると、しわしわになって色が変色していた。エマさんは気まずそうな顔をして「乾燥させたんだけど、戻んなくて……」と言う。
国語辞典の表面は凄く綺麗だったのに、裏面がこうも変わるのか。

「おいマイキー!!なんで味噌汁ぶっかけんだよ!?」
「置いて帰った場地が悪いんじゃんか。テーブルに置いてたらぶっかけるに決まってるだろ」
「決まってねーよ!!わざとかけたのかあぁ?!」

うわあああ、あああ……なんか言い争いが始まっちゃった。場地さんは立ち上がり、二人は顔を見合わせて睨み合い続ける。さっき何で喧嘩したのか忘れたっていってたのに、同じ道を辿る未来が見えてきた……。マイキーさんはさっき「場地は昔から喧嘩をよくしかけてきた」って言ってたし、もういつ喧嘩する手が出るか、秒単位な状況に見えた。
しかしここはコンビニの前。こんな所で喧嘩が始まれば、コンビニの店員さんにもお客さんにも迷惑かけちゃう。……それに、怪我する所は出来るだけ見たくない。


怒ってる場地さんはいつもよりも怖いけど……立ち上がって彼の拳が振れないよう、思い切って右手を握った。

「っ……場地さんっやめましょ、この国語辞典私も持ってるのであげますからっ。味噌汁ぶっかけたマイキーさんも忘れた場地さんも、悪いし悪くないんですから喧嘩しないでくださいっ……」
「そーだぞ。マイキー、場地、こんな事で喧嘩すんな」

勇気を振り絞って震えながらお願いすれば、ドラケンさんがマイキーさんの頭をコツン、と軽く叩いた。

「だってケンチン〜」
「だってもねーよ。場地もなー?」
「……おー」
「ハッ、今日は聞き分け良いんだな」

ドラケンさんが小さく笑いながら場地さんに問いかけたのが聞こえると、私の髪をわしわしと撫でられ「……まぁな」と私の名前を先程の怖さなんてないくらい優しい声で、場地さんは話しかけた。

「名前が言った事も納得出来るなって思っただけだ。忘れて悪かったなマイキー」
「いや……俺こそ悪かった」
「へぇ?名前のおかげ、ね」
「……おい、その顔やめろドラケン」
「場地さんっ、頭っ、前見えないですっ」
「おー、わりぃ」

わしゃわしゃと私の髪を撫でるその手の動きがとても心地良いけど、どんどん髪がくしゃくしゃになるので離して欲しかった。
それに勢いで握ってしまったけれど、私の手とは全然違う大きくてゴツゴツした手は、温もりが伝わってきて私の心臓の心拍を早めていく。でたな、魔法使い場地さん。

「ねー、名前だっけ?私と連絡先交換しなーい?」
「へ……あっ、いいですよ」

エマさんがこちらに来て携帯を片手に話しかけてきたので離せなかった手をパッと離して、ポケットに入れていたケータイを取り出す。
赤外線で連絡先を交換し、お礼を伝えるとエマさんは耳打ちで小声でこっそり話しかけてきた。

「場地の事で何かあったら連絡してね♡」
「何かって……?」
「ふふ。ね、友達なろーよ」
「私なんかでいいんですか」
「うんっ。てか敬語いらないし、エマって呼んでよ」
「えっと…じゃあエマちゃん、よろしく」

出会ってずっと思ってたけどエマちゃんもの凄い可愛いし綺麗。スタイルも良いし、金髪のせいなのかもしれないけど大人っぽいしオシャレだなあ……。私もあんな風にお洒落な女の子になりたい。

「終わったかァ?」
「うん!場地頑張んなよー!」
「はぁ?……おい名前帰るぞ〜」
「あ、はい!」

ヘルメットを被って来た時と同じように場地さんの後ろに座ってエマちゃんに手を振れば、マイキーさんとドラケンさんも手を振ってくれて「またなー」と声をかけてくれた。

△▼


少しうす暗くなった来た道を戻る。マイキーさん、ドラケンさんに、エマちゃん……不良って理不尽で怖い、異世界のような人ばかりって思ってたけど、本当は私達とそんなに変わらないのかもしれない。

……そういえば場地さん私の事可愛いっていってくれてたんだ。そりゃあ私本人に直接言うのは恥ずかしいよね……でもそういってくれるの嬉しいし、ドラケンさんやマイキーさんの言葉に焦ってる場地さんが、なんだか可愛かった。怖いのに可愛いって、なんだか不思議だ。



団地についてバイクから降りヘルメットを脱いで場地さんに渡した時、何か忘れてる気がした。なんだっけ……

「うーーーん……」
「ん?どした?」
「……あ、牛乳!!飲み物買ってない!」
「あ」

衝撃的な事が多すぎて、すっかり忘れてた。しかも場地さんも忘れていたらしく、二人して驚いた顔で見つめ合い、不思議と笑いが込み上げてきた。

「あははっ、俺ら何しに行ってたんだよ」
「場地さんがバイクで行こうって行ったんじゃないですかっ、あはは」
「んじゃあまた行くかぁコンビニ」
「もー行くなら歩いて行きましょうよ」
「だな」

結局、歩いてコンビニに向かうことに。
横並びになって歩くのはなんだか変な感じがしつつも、場地さんの事がまた少し分かった気がする。



「俺さ、考えるより先に手が出ちまうんだよ……最近は千冬も止めてくれるんだけどよぉ、アイツも喧嘩好きじゃん?」
「まあ、そうですね」
「だからノッて一緒に喧嘩したりすんだけど、名前なら絶対止めそーだなって思った」
「?そりゃあ……怪我して欲しくないですから」

突然何を言い出すんだ。止めるけど……でも、怖い人の前に止めに入るのはとても勇気がいる。場地さんにとっては、止めに入るのはもしかして嫌だったのかな?怒ってないと思ってたけど、もしかして怒ってたりする……?
チラッと横目で場地さんを見れば、何を考えてるのか分からないけど、微かに笑った気がした。




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