梅雨も明け、待ちに待った夏が顔を出した。

お兄ちゃん達は無事に期末テストを乗り切ったらしい。ある日家に帰ると、二人分のローファーが玄関に散らばっていた。きちんと揃えてリビングへ向かうと、私の姿を見つけた場地さんは「凄いだろ?!」と、赤点をギリギリ逃れた答案用紙を見せてきた。おお、テンションがマックスだ。
その日は祝賀会を開いて三人でコーラで乾杯し、一緒に打ち上げをした。お兄ちゃんは相変わらず「場地さん、かっけぇっす!!」って言ってたけれど、中学の勉強のレベルは赤点ギリギリになるほど難しいのか、はたまた場地さんが頭が悪いのか聞かなかったのは、不良でも勉強でこんなにもはしゃいで一生懸命になったところを見たからだと思う。
そんな姿を間近で見ていくうちに、どんどん私の中の不良というイメージはまた徐々に変わっていった。


そんな毎日の中で気になっていることがある。
最近場地さんが近い。近いってのはなんというか接する距離的な?
今までお兄ちゃんは場地さんのお家に行く事が多かったのに、松野家と半々くらいの頻度になった。松野家に遊びに来た場地さんはソファに座ってる私の隣に座ってきて、近所の猫の話や最近あったお兄ちゃんとの話をよくしてくれる。
その度に私にドキドキさせる魔法をかけて頬が熱くなるのだ。ぎゅ、ぎゅっとなる胸にどうしたらいいか分からない半面、この前の大胆に狙うしかないという発言に、いつ食べられるのか怖くてしょうがない。場地さんが悪い人じゃ無いってのは分かっているけど、人間は食べ物じゃないのを分かってほしい。

このままの状況では気まずいと感じた私は、エマちゃんが「場地の事で何かあったら連絡して」と言ってた事を思い出してメールを送った。
「ご相談があります」とメールすれば、すぐに「いいよ〜丁度今日集会あるし、名前も来なよ」と言われて待ち合わせ場所である多摩川の武蔵神社へ。
特に詳しい場所は指定していなかったので階段に突っ立って待っていると、どんどんお兄ちゃんと同じ特攻服を来た人達が階段を登っていく。この人達、もしかして東京卍會の人……?
いつの間にかまじまじと見てしまっていて、ふと男二人と目が合えばこちらに寄ってきた。

「なんだ?見ねえ顔だな?」
「うお、可愛いーじゃん」
「いえ、あの……人を待ってて」
「あ?男かよ」

ひぇ、怖いいい。もしかして集会って暴走族の集会?!
怖い人達から迫られて言葉に詰まった。

「ちょっと、ウチの友達にしゃしゃり出ないでよ」
「アァ?!」

声をかけられて振り向けば、エマちゃんが制服姿でこちらに手を振って歩いてきた。

「エマちゃん……!」
「やっほ名前、遅れた」

二人はエマちゃんの姿を見て、小さく舌打ちして階段を登っていく。「エマちゃんの姿見るだけで収まるなんて凄い!」と言えば、エマちゃんは「マイキーの妹って分かってるから言わないだけだよ」と答えた。なるほど……マイキーさんのおかげか……。


「ねぇエマちゃん、集会ってまさか……」
「東卍の集会。丁度場地も来てるし、行こ!」

私の手をとったエマちゃんは、特攻服を着た男の子の中階段を登っていく。以前のお兄ちゃんと同じような変な鶏みたいな髪型をした人も居れば、沢山ピアスを開けてる人やタトゥーを入れている人も居る。マイキーさんの妹とはいえ……エマちゃんよくこの中を平然と歩けるなあ。

階段を登れば広い境内に沢山の特攻服姿の人達が溢れていて、私達は人目につかない境内の隅っこに座った。
ざわざわしていた空気は突然さっと静けさが広がり、特攻服の人達は次々と頭を下げる。階段から誰か上がってきたので目線を移すと、ドラケンさんとマイキーさん、そして……場地さん達姿があった。


場地さんの特攻服姿…初めて見た。

その姿はずっと見ていたいくらいかっこよくて、ドキドキと胸が高鳴る。定位置についたらしい場地さんの近くには見慣れた金髪がチラチラと見えて、お兄ちゃんが居たことに気づいた。……本当にお兄ちゃん副隊長だったんだ。

「それで、何かあった?」

見入りすぎて声をかけてきたエマちゃんの言葉にハッと意識を戻す。そうだ、今日私は相談をしにきたんだ。なんともニヤニヤと緩んだ顔で問いかけてきたエマちゃんに、この前のことを打ち明けることにした。


「へぇ〜場地が狙ってるって?でも何で食べられるって発想になるの、ウケるね」
「それは色々あって……でも狙ってるって、絶対に何か企んでますよね」
「うう〜ん……ね、名前は場地の事どう思ってるの?」
「どうって……」

場地さんはお兄ちゃんを変えてくれた凄い人で……怖いけど、でも優しくて。お兄ちゃんやマイキーさん、ドラケンさんにエマちゃんって友達が沢山居て懐っこい猫みたいな人で。笑顔を見ると……近くにいると胸がギュッと締め付けてくる魔法を使ってくる不思議な人だ。
場地さんに対して思ってる事をエマちゃんに打ち明けると、なるほど〜と声を出した。

「じゃあさ、一回食べられてみたらいーんじゃない?」
「えええっ、何でっ、意味わかんないんですけど?!」

真剣に答えたのに結局?!エマちゃんはニコニコしながらこちらを見てくるが、何故そういう結論に至ったのか分からない。
焦る私にエマちゃんは手を握って落ち着かせるように優しく添えた。

「名前のその気持ちって、本当に場地が魔法にかけたからかもしれないけど……でも、それって名前があると思うんだよねー」
「この気持ちに名前……?」
「うん。だから一回食べられたら分かるんじゃないかな?」

……えええ。自ら食べてくださいと言うのは何とも言いづらいし、食べられるってことは殴られそうだし、殺されちゃうのかもしれないし……でも場地さんそんな事しないと思う。でもなあ……ああ、考えがまとまらない。


「あれ、名前じゃん」

噂をすればなんとやら。気づけば集会は終わっていたらしく、私に気づいた場地さんは、右側に座ってるエマちゃんとは反対の左側に座ってきた。

「どーしたんだよ、お前がいるなんて」
「場地ぃ、エマもいるよ〜」
「お前はいつものこったろ。なんだ、エマが名前の事呼び出したのかー?」
「いや、あの、私がエマちゃんに相談にのってほしくて……」
「相談?ンだよ、悩みあんなら俺も聞くけど」

いや、貴方の事で相談に乗ってもらってるんですけど。とは言えず、あははと苦笑いすれば、エマちゃんが私を抱きしめた。

「女子の悩みなのぉー。場地には秘密」
「あ〜?そぉーかよ。……あ!そーだ。名前、これ一緒に行かねー?」

そういって場地さんは特攻服のポケットから二枚の長方形の紙切れを出してきた。なんだろう?紙に書いてある文字を読むと動物園特別入場券と書いてある。

「どうしたんですかこれ?」
「昼間にスーパーの福引き引いたら当たった!」

ニコニコして話しかけてくる場地さんは、さっきのカッコ良さの面影が嘘のように柔らかい表情をしていて……なんか可愛い。男の人に可愛いなんて思うなんて、変な感じだ。
……だけど、何で私と動物園?

「お兄ちゃんと行かないんですか?」
「……俺は千冬とじゃなくて、名前と行きてぇんだけど」
「へ……」

驚いて場地さんの顔を見れば、薄暗い中でも少し頬が赤いのが見える。何でそんな恥ずかしそうな顔をしてるのか分からないんですけど、そんな顔されたら私まで恥ずかしくなってしまうじゃないですか。

「いいじゃん行って来なよ」
「え、エマちゃんも一緒じゃだめですか」
「あ?なんでエマも?」
「だって……あの……」
「何?」
「あのっ……先に言っときますけど、私食べても美味しくないですよ??」
「何急に言ってんだ?食おーなんて思ってねぇよ。名前たまにおかしーこと言うなぁ」


そう言った場地さんはははっと笑って私の頭を撫でて立ち上がり「今週の土曜日空けとけよ」と言い残してまた暴走族の群れの中へと戻っていった。
狙ってる気はない……?ってか一方的に行くことになっちゃったんだけど?!

「よかったね、デート楽しんできなよ」
「……デート?!?!」

でででデートなのこれ?!




そうして迎えたで……デート初日。
デートと言っていいのか、自意識過剰なのではないかと悶々と考えて居たら約束の時間になっていて、急いで待ち合わせ場所駐輪場に行けば、場地さんはバイクに背を預けて待っていた。

「おー来たな、行くぞ」
「……ハイ」

何だか無性にドキドキする。場地さんと出かけた事は前もあったのに、デートと意識するだけでいつもとは少し違って見える。
これも絶対魔法のせいだ。そういえば……エマちゃんはこの魔法に名前があるって言ってだけど、言語化出来るものなのだろうか。
私服なんて遊びに来るたびに見てるし、普段と変わらないのにいつもよりカッコよく見える。前にもバイクの後ろに乗せてもらったのに、あの時よりもドキドキするし、意識し過ぎてるのかもしれない。



バイクに乗り動物園に着いて入場券を渡して入場すると、動物園の雰囲気に身体がワクワクしてきた。

「動物園久しぶりだな……」
「俺も。小学生の遠足で行ったっきりだなー。お、あっちにゾウ居るらしいから行ってみよーぜ」

動物園のスタッフからパンフレットを貰った場地さんは、行き先を指差す。そうだ場地さんと私の共通点は動物が好きな事なんだから、デートがどうのこうのとか意識せずに楽しまなきゃ。

ゾウにキリン、ウマなどを順々に見て行き動きをじっと観察しながら、二人で感想を言い合いながら待っていく。久しぶりに生で見た動物はテレビで見るよりも可愛らしく感じて、心がとても癒されていくのを感じた。
夢中になり時間を忘れて楽しむ中で、一つ物凄く驚いたことがある。
場地さんが現れると、動物達は場地さんの方へと寄っていくのだ。最初にゾウの所まで行くと、ゾウがこちらに寄ってきて、予想以上の大きさに彼自身「おー!でけぇーな!」と笑顔で私に問いかけたので「そうですね!」と答え、私自身間近で動物を見れた事に嬉しくて何も考えて居なかったけれど、その後に回ったキリン、ウマ……全ての動物に対して同様である。

そしてここでも。

「お、ここウサギに餌あげれるらしーぞ、行くかぁ」

そう言ってふれあいスペースに入る場地さんに続き、飼育員さんから餌のキャベツを受け取り餌を与えようとすると、場地さんの周りにはウサギがわらわらと集まってきた。
キャベツを向けても見向きもしない。え、場地さんってもしかして動物からしたらアイドルだったりする……?

「おめーらちょっと落ち着け、ちゃんとやっから」

場地さんが持つ餌のキャベツに群がるウサギ、場地さんの胡座をかいた足の間にすやすやと眠るウサギ、場地さんの背中によじ登ろうとするウサギ。ウサギってこんなに人に懐く動物だったっけ……?
こんな光景見た事がない。飼育員さんも「お兄さんウサギさんに大人気ですねえ」なんて言ってるけど、ウサギだけじゃないんですよって言ってやりたい。
そんな事を考えていると、餌の入ったコップをこちらに渡してきた。

「ほら、名前もあげてみろよ」
「ええ……でも、場地さんから欲しいみたいだし」
「んな事ねーって、ホラ来てみ」

そう言って股の間に座ってたウサギを移動させた場地さんは、私の手を引っ張ってそこに座らせた。後ろから伸びる彼の手が私の手を掴む。

「この餌とってよー、コイツにあげてみっか」

耳元で聞こえる場地さんの声に、胸の奥がぎゅっぎゅっと締まりドキドキしてしまう。
ただウサギに餌をあげてるだけなのに、いつもの魔法のせいでドキドキしちゃう。顔だけじゃなくて身体中が熱くなっていくから勘弁ほしい……!

「めっちゃ可愛いーな」
「……あの、場地さん」
「んあ?どした?」
「えっと、ちょっと、近い、です」
「お……おお、わりぃ」
「いえ……こちらこそ、ごめんなさい」

申し訳ないし恥ずかしいけれど、場地さんを見つめて正直に伝えれば、一瞬固まった表情をして言葉を理解したのか距離をとる。
固まった顔に驚いた私はそのままじっと見つめれば、その顔はちょっぴり頬が赤くなっていて口元を手で抑えていた。……ええ、場地さんまで赤くなんないでよ。




その後もぎこちない雰囲気が少し残ったけれど、動物園を回るうちに忘れ、夢中になって動物を見れて楽しかった。相変わらず動物に懐かれているようで、他の動物達も場地さんのところへやってきた。
……思えば、お兄ちゃんやマイキーさん、場地さんの周りには沢山人が寄ってきてる。人を魅了する魔法使いなんだろうなあ。そして私も、ドキドキしながらも素直に一緒に動物園に来ちゃったし、多分魔法にかかっているんだろう。

「名前」

お土産屋の中を見つつそんな事を考えていると、後ろから場地さんに声をかけられて振り向けば、可愛いトラのぬいぐるみをずいっと見せてきた。

「どーよ、可愛いくねー?」
「あはは、可愛い。本物の虎はちょっぴ怖いですけど、ぬいぐるみは可愛いなあ。ちなみに……私はウサギ派です」

近くにあったウサギのぬいぐるみを持って場地さんに向かって耳をぴょんぴょんと動かすと「いいじゃん!」と言って笑った。
さっきはウサギに好かれなくて悲しかったけど、動物の中ではウサギが一番可愛いと思っている。

「……そーいえばこの前よ、名前のこと食べても美味しくねーって言ってたじゃん。もしかして俺を動物として見てたりしねーよな?」
「な、ちゃんと人間として見てますよ!」
「本当か?俺虎とかライオンじゃねーぞ?」
「それくらい分かってます!」

それに場地さんは虎とかライオンっていうより……やっぱり猫っぽいんだよなあ、ボスネコ感がある。そりゃあ前は食べられちゃうんじゃないかって思ってたけど、今はあんまり思わない。元はといえば、あの時変な話をしてる場地さんとお兄ちゃんのせいだ。

「私、前に場地さんが家に遊びに来た時に聞いちゃったんです」
「あ?何を?」
「場地さんが私のこと狙うから、お兄ちゃんが協力するって言ってた事。あの時は狙われるって何かた、食べられちゃうのかなあって思ったんです。すみません変なこと言って」

えへへ、と笑って謝ったら場地さんも笑ってくれるんだろうなって思って顔を見ると、また驚いた顔をして先程よりも真っ赤になってこちらを見ていた。

「おま、あの時起きてたのかよ」
「えっ……?…あ……すみません……」
「いや……こっちこそ悪ぃ」
「いえ……あ、あの、お手洗い行ってきますね」

小さく「おう」と言った声が聞こえ、持ってたウサギを元に戻し、お土産屋を出てトイレに駆け込む。

……あれ、もしかしてやばかった?
しかし怒っているというよりは……なんだか恥ずかしそうだった。今日の場地さんはなんだか少し変な気がする。
どうしよう、とりあえずもう一回謝るべきか……いやでもこういう時って何事も無かったようにした方がいいのかもしれない。
トイレの鏡と向き合い頬を叩いて気を引き締める。うん、大丈夫やれる、戻ったら場地さんもきっと元に戻ってるに違いない。


トイレから出ると、出口近くのところに場地さんは立っていた。近寄って「すみませんお待たせしました」と笑顔で声をかけると、依然として赤い顔をしていた。

あれ、思ったのと違うんだけど?!

どうしたらいいか分からず、頭を回す。えーっとえっと…。
そんな時、場地さんはウサギのぬいぐるみを目の前に差し出してきた。

「えっと、場地さん……?」
「……これやる。あと、あの話だけど本当。俺、名前のこと狙ってる」

えええ?!あの話本当だったの?!

「やだ、暴力だけはやめてください!」
「ちげーって!!」

違う?!じゃあ狙ってるってどういう事なんだ?!他に思いつかず「スナイパー的な事じゃないんですか?」と聞いてみれば「ちげー」と言って、ウサギのぬいぐるみを私の顔に近づかせてきた。

「……ウサギみてーに可愛いし」
「ウサギ?」
「名前に会った時、ウサギみてーにちっせーのに、怯えながらも助けてくれたのが嬉しくてよ……実はあン時から、好きだった」

ウサギのぬいぐるみで隠された視界の端から見える、困ったような顔をして赤くなって目を泳がせている場地さん。出会った時は不良で近寄り難く、怖い印象だったのに、優しそうな笑顔を見せたり恥ずかしそうしたり、どんどん私の中をかき乱していく。

「じゃあ……狙ってるっていうのは」
「どーこーなりてぇとか、俺には勿体なさすぎるし思ってねーけど、でも出来ればずっと好きでいてーし……狙うなんて言っちまったけど、名前も俺のこと思ってくんねーかなって思ったんだよ」

ふと過去の記憶が蘇えり、マイキーさんとドラケンさんが言ってた「会えて良かったな」という意味、お兄ちゃんが言ってた「応援する」という意味。そしてエマちゃんの「場地のことで何かあったら連絡して」と言っていた発言が、カチッとピースにハマる音がした。
みんな知ってたんだ……場地さんが私のこと、好きってこと。

しかし突然のことで自分の中で理解しようとしても、初めての告白にどう返せばいいのか分からない。
徐々にお兄ちゃんの言ってたとおりの馬鹿だった事に自分の状況を把握し、さらに好きという感情を伝えられた事に、どんどん身体が熱くなっていく。


場地さんが私のことを好き……?なら私は……?

「……別に答えてほしーわけじゃねーけど、そういう事だから。困らせて悪かったな」
「そんな……」
「うし、帰るか!」

困って無いと言ったら嘘だけど、でもそんな困った顔して笑わないでよ。自分のせいでそうなっていると分かっていても、投げかける言葉は浮かばなかった。
ちゃんと伝えてくれたんだから、自分が場地さんに対してちゃんと気持ちに答えて伝えなければ。
貰ったウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら、彼の後ろ姿を追いかけた。



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