気にしているのは僕の方
「これあげる〜」ぽい、と渡されたのは無地の紙袋。けれど私は知っている。この中身がとてつもない高級品だと言うことを。今度はなんだろう。もう慣れて麻痺してしまった感覚のまま、紙袋を覗く。しかし中身はこれまた無地の箱が入っているだけ。いつもなら中身を見ればだいたい何かわかったのに……。
なんなのか検討もつかないまま五条さんを見ると、それはもうとてもとても嬉しそうに笑っていた。
「じゃ、僕これから任務だから」
さすがに困惑した私があの、と声を出す前に遮られて返事も聞かずに立ち去られてしまってはどうすることも出来ない。
その場には困惑したままの私だけが取り残された。
五条さんは定期的に私へ贈り物をする。
出張先のお土産を大量に持ってくる日もあれば、今日のようにわざわざ百均で売っているような無地の紙袋に移し替えて、私じゃ到底買おうとも思わないブランド品を贈ってくれることもある。
一度なぜこんなにもくれるのかと問うた事があったが、結局有耶無耶にされて終わってしまった。それからは聞くのも馬鹿らしくなってきて、折角なので受け取ることにしている。ただ後から請求されても困るのでブランド品には一切手をつけていない。もし請求されたら新品のまま返してやるんだ。
家のクローゼットは既に五条さんから貰ったもので溢れ返っている。これ以上入れようとすれば雪崩が起きてしまいそう。
これももう止めてもらわないといけないなぁ。
ぼんやり考えながらクローゼットの中をじっと見つめる。これ、合計金額いくらになるんだろ、一つ一つが結構高いよね。傷がつかないように積み上げるのもしんどいんだよね。いつも以上に集中しちゃうから。
ピンポン、とインターホンが鳴って、誰だろう? 首を傾げながらドアノブを捻る。荷物は頼んでないから宅急便ではない。誰かが訪ねてくる予定もない。
果てさて。自分の体重を乗せて扉を開けると、目の前には真っ黒な服。視線をあげると見慣れた五条さんがいた。珍しく――もないがいつもの目隠しではなくサングラスだ。
「やっほー! 任務終わってそのまま来ちゃった!」
「いらっしゃい……?」
「ね、オススメのケーキ買ってきたから食べよ」
「ほんとですか? ありがとうございます」
細身に見えて案外カッチリとしている体を滑り込ませて慣れたように上がっていく五条さんの背中を追いかける。ケーキ、ケーキかぁ。お供は何にしよう。甘党の五条さんだから珈琲よりも紅茶の方がいいかもしれない。
お茶淹れますね、ゆっくりしててください。そう言って台所に立つ。諸々準備をして、五条さんの分にはミルクと砂糖をたっぷりと入れたお気に入りのお茶を差し出すと、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。
子どものような表情に笑いつつ二人していただきますと声を揃えた。
「ん〜! 美味しいですね!」
「でっしょー? たまーに食べたくなるんだよね」
「流石五条さんです」
五条さんの持ってきたケーキはそれはもう頬が溶けて落ちてしまいそうなぐらい美味しかった。当然のように見た目も煌びやかで、ケーキ単体だけでも写真映えしそうだ。高いんだろうな、とは思いつつフォークを運ぶ手は止まらない。
綺麗に完食をして、最後に少しだけ冷めた紅茶を飲む。ほっと一息ついて、改めて「ありがとうございます」と礼を言えば先に食べ終わっていた五条さんがにこりと笑った。
「喜んでもらえてなにより」
「本当に美味しかったです」
「本当はさー、いつも通りなんか買ってこようと思ったんだよね」
「ケーキ買ってきてくれたじゃないですか」
「そうなんだけど、そうじゃなくて」
「うん?」
「ホラ。いつもあげてるでしょ、いろいろ」
人差し指をピンと立ててゆらゆらと揺らしているのを見て、ハッとした。そうだ、言わなきゃ。美味しいケーキを食べて忘れていたけれど。
「そうです! 五条さん、めちゃくちゃ高価なものばっかりくれるから全部しまってるんですよ! そろそろクローゼットがいっぱいで!」
「あれ全部クローゼットに入れてんの? ウケんね」
「何もウケませんが? わけも分からず渡される身にもなってくださいよ……」
あれら全部を箱から取り出せた試しがないので中身が何なのか、ちゃんとは知らない。知らないけれど高価なものという事だけはわかる。私は五条さんと違って名家出身でもないのでいくら一般人より稼ぎがよかったってそこら辺の感覚は変わらない。
出来れば持って帰って欲しいところだけど、それも難しそうだなぁ。ウケる、と言いながらちょっぴり拗ねた顔をする五条さんを見て思う。
「全然使ってくれてもいいんだよ? 寧ろ僕は使ってるところが見たいんだけど」
「無茶言わないで……」
「その為に買ったのになー? 全部お前のことを考えて選んだのになー?」
「それは嬉しいんですけど限度ってものがあるでしょ!」
「んー、マ、いっか! 似合うものより好みのもの、今度選びに行こうよ」
「えっ、遠慮します」
「いいからいいから! でさ、それをここに着けて欲しいんだよね」
トン、と指さしたのは己の薬指。私から見ては左だけれど、五条さんからすれば右手だった。いや、どちらの手でもこの際どうでもいい。おかしい。おかしすぎる。
だって、だってわたしたち、
「付き合ってすらいませんが……?」
「これから付き合えば良くない?」
「何も良くないですね!?」
一体何を言い出すの。
本当に何も良くない。この人はその場のノリで喋りすぎだ。もうちょっと考えてから発言をして欲しい。
「ならどこならいいわけ?」
「どこでも良くないですね?」
「もー! じゃあさ、あえて! あえてつけるならどこなの!」
ぷりぷりと可愛らしく怒ったフリをして見せても無駄だと言うのに、答えなければ解放されない気がして真面目に考える。が、そもそもつける場所なんて限られている。薬指は論外。他の指の意味なんて知らない。
知らないけど、そうだなぁ。
「控えめで可愛らしいものなら、ピンキーリングにしたいですね」
ぱちりと長いまつ毛を揺らした五条さんは、そっかァ、なんて心底楽しそうにしている。なんで……?
「ならそれは左手にしてね? 右手は絶対ダメだから!」
「はぁ、」
楽しそうに、嬉しそうに足取り軽く自分勝手にもそれだけを言い残して帰ってしまった五条さんの言葉の意味が分からずに、やっぱり私は首を傾げる。
そして左手のピンキーリングの意味を調べて、更に謎は深まるばかりだった。