角砂糖が弾けた
きっと、一目見たときから恋に落ちていた。青空を閉じ込めたキラキラと輝くふたつの瞳。太陽の光が透ける雪のように真っ白な髪。すらっと長い手足に半円を描く形のいい唇。
誰が見たってイケメンだと評されるであろう彼は、ニコニコとご機嫌に当店ご自慢のパフェをつついていた。
最初はテーブル席をご指名だったはずなのに、いつしかカウンターを希望するようになった彼の名前は知らない。知っているのはその整った見た目と、いつも真っ黒な先の見えないサングラスをかけていること。後はとてつもない甘党だということだけ。
それ以外は、何も知らない。名前はもちろん年齢も、何をしているのかも。
――カラン、とガラスの響く音がして、食べ終わったのを確認した。
「ごちそうさま」
「お粗末様です」
目の前でパフェスプーンを置いて手を合わせた彼は行儀よく挨拶をするからそれに短く返した。
「あの、どうされました?」
ニコニコ笑って私を見る彼はなんだかパフェを食べている時よりも楽しそうに見えて困惑した。できるだけ平常心を装って声をかけてみたけれど、もしかしたら声が震えていたかもしれない。
「ん〜、っふふ」
「あの……?」
「ああ、ごめんね〜? 君があんまりに僕のこと見てくるからさ〜」
……バレてる。
さっと血の気が引いていく。
「あは、別に気にしないでいいよ。見られるのは慣れてるからね」
「……ごめんなさい」
「気にしないでいいよって言ってんじゃん!」
何が面白いのか彼は大きな声を出して笑い始めた。笑っている彼には悪いが私は気まずくて仕方がない。空になった容器を回収して小さな声で「失礼します」と呟いた。
少し視線を逸らせば彼が立ち上がるのが見えて、慌ててレジへと移動する。
「……千五百八十円になります」
「はーい」
これで、と彼はコイントレーに二千円を置く。普段となにも変わらない様子に、さっきのやり取りは無かったのかと錯覚してしまいそうだ。
「四百二十円のお返しです」
この人はいつもレシートを必要としないので小銭をそのまま手渡しする。その時に少しだけ触れる手に毎回どきりと心臓を高鳴らせていることを、きっとこの人は知らない。
「また来るね」
「、はい、お待ちしてます」
それから暫く、彼が店にやってくることはなかった。今までは週に一度は来てくれていたというのに、彼が最後に来てからもう三ヵ月だ。
……また来るねって言ってくれたのに、飽きちゃったのかな。
彼が来なくなった店の中は、本当はこんなことを言ってはいけないんだろうけれど退屈だった。
美味しそうに食べてくれる姿が好きだった。パフェを持って行ったとき、キラキラと輝く空が好きだった。一口はすごく大きかったけれど、それでも味わってくれているその姿が、大好きだった。
カウンターを綺麗にしながらため息が零れた。
……もう、ずっとあの綺麗な空を見ていない。
最後に彼が来た時の会話を思い出して来なくなった理由を探してみた。探してみたけれど、やっぱり思い当たるのはずっと見ていたことがバレていたこと。
……慣れてると言っていたけど気持ち悪いに決まってるよね。
「はぁ」
何度目かわからないため息。もうとっくに綺麗になっているのに何度も何度も同じ場所を拭いている。
「ため息吐いて幸せ逃げるよ〜」
「もう逃げてるようなものなので……。え?」
「気づくの遅くない? ちゃあんと扉から入ってきたのに」
「い、いつのまに……?」
「ついさっきだよ」
「え、っと、いらっしゃいませ」
「うん、いらっしゃいました」
「……いつもの席で大丈夫ですか?」
「いいよ〜! むしろあそこって僕の場所でしょ?」
「そ、れは、」
そうしたのはあなたですけど。
でも一番近くで見れる席を最初に選んだのは紛れもない私だった。
言葉を続けられずに口を閉じた私を見て彼は小さく笑った。そして私が案内をする前に長い足はいつもの席へと向かうのを見て、慌ててカウンターの中に入り込んだ。
「いつものやつ、ちょーだい」
「かしこまりました」
材料を取り出していると視線を感じてそっと見る。サングラス越しの空と目があった。
「えっと、何か?」
「いや? 覚えててくれてるんだと思って」
「覚えてますよ」
ずっと見てたから。
んふふ。耐え切れずに零れたように聞こえる笑い声はひどく優しい。
「よかった。最近忙しくてさ〜、すぐに来るつもりだったんだけど全然来れなくて」
「それは、お疲れ様でした……?」
「うん。結構疲れてたんだけど吹っ飛んじゃった」
「よかったです?」
彼の言っている意味はよくわからなかったけど、多分、店が落ち着くとかそういう事だろう。勘違いしそうになった考えを振り払って、調理を開始していく。
不思議だよねぇ。彼が呟いた。
調理する手を止めないまま、彼に視線を向けた。
「結構疲れてたんだよ、僕」
「はい、お疲れ様です」
「それなのにさ、好きな子に"お疲れ様"って言われるだけで吹き飛んじゃうの、不思議だよねぇ」
……え?
彼はカウンターに頬杖をついたまま、やさしくわらった。
「そろそろ、一歩進みたいんだけど」
どうかな?
口元に笑みを湛えたままゆるりと首を傾げる彼に、私はただ無言で頷いた。