角砂糖が溶けた
自分から言ったことに間違いはないけれど、一歩は確かに一歩だった。ただの店員と客から、友人のような曖昧に関係になることは予想していなかったけど。……あれだけハッキリ好き≠セと伝えておいてこうなるとは、流石の僕だって考えてなかった。そりゃそうでしょ、あれは明らかに僕のことを好きな態度だったし、僕だって好きなんだから、ここはほら、ね?
行儀の悪いことだとわかっていながら頬杖をついて、目の前のパフェを美味しそうに食べているのを眺める。
もう何度目になるかわからない食事。彼女から誘われる時はだいたい昼時だったから、きっと夜に会うのを良しとしていない。他の男相手ならば安心するけれど、僕に対しては少し寂しい。
ただ彼女も甘いものが好きなのか、オススメの店へ連れていくと必ず目をキラキラと輝かせて幸せそうに頬張る姿を見ることが出来た。今までは僕の方が食べる立場にいたから、普段とは丸っきり逆だ。僕ももしかしたら彼女と同じような顔をしていたのかもしれない。……いや、ないな、流石に。
「五条さん?」
ごくり、と大きく飲み込んだ彼女は僕を見て首を緩く傾げた。ちゃんと噛まなきゃ喉詰まらせるのに。
「なぁに?」
自分でも驚くぐらい甘ったるい声が出た。こんな超え出せたのか、とちょっぴり驚くけれど表には出さない。砂糖とミルクが半分以上を占めているカップが置かれた僕の手元をちらりと見た彼女は、すぐに支線を僕へと戻す。
「食べないんですか? すごく美味しいのに」
「僕、君の作るパフェが一番好きなんだよね」
「……えっと、ありがとうございます」
「だからもう君の以外食べないって決めてるの」
褒められれば素直に受け取るけど、そこに恥ずかしさも混ざっている。それが可愛らしくて仕方がないから、僕の口からは良く彼女を褒める言葉が出る。彼女本人よりも彼女の作るものを褒めた方が照れると知ったのはつい最近。
「それは、ちょっと勿体ないですね」
「そう?」
「五条さんはそう言ってくれますけど、私のなんてまだまだ改良の余地があるので……。もっと美味しいものを作るには、美味しいものを食べて研究しなきゃ」
ほら、と差し出されたスプーンの上には生クリームとイチゴが乗っている。
これ、食べていいってこと? この子自分が何をしてるのかわかってるのかな。わかってなさそうなところがまた可愛いんだけど。
遠慮する義理もないので口を大きく開いて、差し出されたままのスプーンを入れる。瞬間、イチゴの酸っぱさと生クリームの甘さが口の中に広がった。
「美味しいでしょ?」
「んー、まあね。ただやっぱり君の作るやつが一番かな」
「ううん……もったいない……」
「それよりさぁ」
君、本気で気付いてないの?
うん? 首を傾げる彼女の口の中には、さっき僕が食べたスプーンが咥えられている。行儀はよろしくないけれど、あざと可愛いので良し。
「それ、さっき僕も使ったんだよ」
「そうですね……?」
気付く気付いてないの問題じゃなくて意識されてないだけだったりする? 嘘だろ、それだったら結構へこむけど。いや、でも店で見せていた態度は明らかに僕へ好意を持っていたし、意識してない訳では無いと信じたい。…………待ってくれ。
僕から好きだとは伝えたけれど、彼女から聞いたことは? 残念ながら無い。
えっちょっと待って。マジ……?
頭を抱えたくなる衝動をなんとか抑えながら「間接キスって知ってる……?」と問い掛けると一気に顔を赤くする彼女。あ、え、と口をはくはくさせている様子に気を良くしそうになるけど、もしかしたら単純に男慣れしていない可能性もある訳で。
無防備に置かれたままの手に自分の手を重ねて、ゆっくりと意識させるように指を絡める。彼女の視線は僕から僕たちの手へと動いて、そして相も変わらず言葉にならない言葉を紡ぐだけだった。
「好きだよ」
「あ、」
「てっきり君も同じ気持ちでいてくれたと思ってたんだけど」
「えっと」
「……僕の勘違い?」
「あ、あの、えっと、……その、」
ちがうくて……。小さな小さな声は店の騒音に掻き消されそうだった。勘違いじゃなかったようで安心する。
「じゃあなに? おしえて」
全然赤みの引かない顔に、だんだんと潤んでくる大きな瞳を縁取る睫毛は小動物みたいにふるふると震えていた。
「……す、き、です、」
ああ、ああ! やっと彼女の口から聞くことが出来た。愛おしさで胸がいっぱいになって今すぐにでも抱き締めたいのに、二人の間にあるテーブルが邪魔をする。衝動で動いた足がテーブルの脚にぶつかって、何とか冷静さを取り戻した。僕ってこんなにかっこ悪かったっけ?
足がぶつかった事に気付かれてはいないだろうけれど、これ以上かっこ悪い姿を晒してしまう前に取り繕うように目を細める。
「ね、僕の彼女になってよ」
真っ赤な顔のまま頷く彼女を見て、気付かれないようホッと息を吐き出した。
また一歩、先へ。