どんな姿とて君を愛す
「あ。やべ」少し乱暴な言葉遣いがキッチンから聞こえて視線を雑誌から上げる。どうしたの、と口を開きかけた瞬間、ガシャン! と鈍い大きな音が家中に響いた。
食器が割れた音でもない、なにか液体を落としたわけでもなさそうなその音にのんびりとソファから腰を持ち上げて、吹き抜けになっているカウンターまで行くと、呆然と立ち尽くした悟の姿があった。
悟、と声を掛けるとゆっくり振り返って、何にも邪魔されない綺麗な硝子のような瞳が私をとらえる。
「ごめん、やっちゃった」
悟の足元にはフライパンと焼きかけの魚が二人分散らかっている。眉を八の字にして気まずそうにしている悟はもう一度ごめんね、と口にした。
「やっちゃったね〜」
カウンターに肘をついて悟を見上げる顔は多分笑ってる。その証拠に彼は「笑わないでよ」と言ってきた。
悟は、いつもこうだった。
私がいなければなんでも完璧に熟すのに、私と二人っきりになると何も出来なくなる。やろうとしても失敗してしまう。
例えば洗濯物。洗剤と柔軟剤を間違えたり、入れる場所が違ったり。例えば掃除。体が大きいことも関係してるのか何かしらにぶつかって物を壊してしまう。
以前、どうして? と聞いたことがあったけど。さあ、なんて本人もわかっていない様子だった。ただ私だけが見れる彼の姿に悪い気はしない。……食材は勿体ないけど。
「あとは私がやるよ」
ほらほら交代! その場から悟を移動させて、代わりに私がキッチンへと入る。まずはひっくり返してしまったであろうフライパンと、床に落ちた魚たちの片付けからだ。
これまた片付けようと悟がやると何故かどこかで失敗してしまうのだから、ここからは私の仕事になる。
片付けのためにキッチンペーパーを手にしゃがみこんだ私の後ろから被さるように抱き締めて、大きな体を縮こませ背中に顔を埋める悟に「大丈夫だよ」と声をかける。
「なーんで失敗するのかなあ。一人で暮らしてたら時はこんなこと無かったんだよ?」
「それはわかってるよ。他に誰かがいたら失敗してないじゃん」
「でもオマエといると失敗する。……後片付けもさせてる」
「楽しいからいいよ」
「……変わってるね」
「そんな変わってる私を好きなのだぁれ?」
「ぼくだよ」
「そーでーす! ほら、動きにくいから座って待っててよ」
大きい体をもそもそと動かしてキッチンから出ていく悟の後ろ姿はしょんぼりとしていた。
うん、と素直に従う悟が可愛くて仕方がない。普段なら離れたくないと駄々をこねるのに、やっぱり失敗してしまった罪悪感とかがあるのだろうか。
そんな姿を見れるのも私だけで、ちょっとした優越感。
ソファでは待たずに私の作業を見ているつもりなのだろうか、さっきまで私のいた場所に今度は悟が顔を覗かせていた。
「何を不安がってるのか知らないけど、悟のこういうところも好きなんだから安心してよ」
頬を緩ませてそう伝えると、悟は白い肌をちょっぴり赤く染めて笑った。