恋の魔法
一つ上の五条先輩は、やたらと人に触れる。元々人との距離が異様に近いのもあると思うが、それはそうとして触れる≠アとに関しては意図的にやっているような気もする。近いのはたぶん無意識だ。……というか人との距離感がバグってる。
自身の生徒に対しても、私と同期である七海に対しても、ふとした瞬間に触れてくる。
例えば頭を撫でたり。
例えば肩を組んだり。
例えば、後ろから抱き着いてきたり。
そしてそれは、異性同性関係ないようにも、思う。多分。この世界はどうしても男性の方が多いので、五条先輩が女性と絡んでいるところを見るなんて稀だから実際の所はよくわからないけれど。
「あ! いたいた」
だから、やっほー! なんてひょいとあげられた手がそのまま私の頭を撫でるのも、いつものことで。
それを払い除けるのもいつものことで。
無下限を切っているからかぱしん、と乾いた音がした。そんなに強く払ったつもりはないんだけど。
この人は、余程のことがない限り私の傍では無防備にも術式を切っているらしい。理由は知らない。知らなくてもいいと、おもう。
つれないなぁ、あざとくほほをふくらませる五条先輩を無視して何の用ですか? と問いかけた。
「え? 用? ないよ」
「またこの人は……」
「用がないと会いにきちゃダメなわけ?」
「そういう訳じゃないんですけど……」
できればこんなところで道草を食ってないで休んでほしいというか……。
階級は特に関係なく呪術師≠ニいうだけで忙しいのに、この人は最高ランクに属する特級≠ナある。ただでさえあっちこっち引っ張りだこなのに教師までしているもんだから、彼の忙しさは計り知れない。
それなのに。それなのに!
「ならヨシ! あ、そうだ。この後どうせ暇でしょ? ご飯行こ」
語尾にハートでもつきそうな調子で話すこの先輩は、するりと私の手を取った。そのまま引っ張られそうになって、慌ててあの! と声を張り上げる。
「私まだ報告書を提出しなきゃダメなんですけど!」
「ああそんなこと」
「そんなことって……。報告書は大事でしょ」
「後でいいじゃん」
「ダメです! 出してくるので待っててください!」
んー。先輩は数秒考える素振りを見せたあと、にっこりと笑う。口元しか見えていないから本当に笑っているのかどうかなんて知らない。
「僕も一緒に行く」
それならいいでしょ? あざとく首を傾げたかと思えば、私の返事も聞かずに歩き出す。手は解けない、けれど痛くはない力加減で握られてしまっている。
仕方ないなぁ。心の中で呟いて、転ばない様にと必死に足を動かした。