一生に一度の、
嫌な予感がした。平仮名の多いメッセージ。僕からの返事を待つ前に行う告白。既読のつかない返事。……そもそも、あいつは真面目な人間だった。いつもへらへらと気の抜けた顔で笑っていることが多い印象があるが、どちらかと言えば七海に近しい人間だった。そんな彼女が、恐らく任務中にメッセージなんて送ってくるはずがない。
ざわり。嫌な予感は大きくなって僕を焦らせる。伊地知に彼女の任務先を無理やり聞き出して、理由を問うのも無視して動き出す。
心の中ではまさか彼女が、なんて思う気持ちすらあった。予感は所詮予感でしかないと。どうせいつもの様にへらりと笑って、先輩、と元気よく呼んで来ると。だから、たぶん。走り出すことをしなかった。
まだ太陽は昇っていて、一日の中で一番暑い時間帯だ、なんて意味もなく考える。聞いた任務場所は廃墟だった。こういう場所での任務は珍しくない。むしろ多い方だとすら思う。中に呪霊の気配はない。
中に入った瞬間感じる埃臭さ。思わずけほ、と何度か咳を零してしまった。この感じじゃ数年どころか何十年と使われていない建物なんだろう。太陽はまだ昇っているはずなのに、どこか薄暗い。肌寒くも感じる。
コツ、コツ、とあえて靴音を響かせるとどこまで音が反響しているのだろうか。一つ一つの音が長く返ってくる。この足音で彼女もひょっこり顔を出すかもしれない。声は出さない。出す気にもなれなかった。だって彼女は僕が歩いているだけで見つけてきて、へらへら笑って駆け寄ってくるんだから。わざわざ僕から声をかける必要なんてない。
今にも崩れていきそうな階段を、特に慎重になることなく登っていく。二階に辿り着いた瞬間、鉄臭いものが鼻腔を擽った。嗅いだことがない訳でもない。けれど、嗅ぎ慣れている訳でもない。時々、臭う事があるぐらい。
……それだけで、全てを察した。察してしまった。
足を止めることなく二階をくまなく歩き回って、おそらく最後の部屋の、扉の前。寂しそうに床に転がっているのは、いつしか僕がふざけて渡したよく分からないストラップだった。紐はちぎれている。確か彼女はわざわざストラップのつけることが出来るスマホケースを買い替えていたから、近くに落ちているんだろう。
ほとんど意味のなしていない扉を押して、中を見渡す。臭いが濃くなった。濃くなったのに、目的のものは見つけることが出来ない。代わりに見つけたのは、光を発して存在を主張してくる、ストラップの取れたスマホ。画面を覗き込むと僕とのやり取りが開かれたままで、メッセージの入力欄には短く"すき"だと残されたまま。
「……ばかばかしい」
そっと送信ボタンを押せば、今度は自分のスマホが震えた。ポケットの中から取り出して、今しがた送られてきたメッセージを開けば、床に落ちているスマホに既読の文字が追加された。
慣れた動作で文字を入力して、最後に送る。
良かったね。これが聞きたかったんでしょ。