『昴さん。ポストの確認お願いしていいですか?』
「ええ、いいですよ」
夜子が朝食の準備をしながら昴にお願いすると、彼は快く引き受けて玄関へ向かい外へ出る。ポストまで行き中を確認すると其処には、新聞の他に見知らぬ封筒が入っていた。宛先や差出人も書かれていないその封筒の中身を新聞を小脇に抱えて室内に戻るがてら確認すると。中にはメッセージカードが一枚封入されていた。そのカードにはある言葉が刻まれていた。
――― 君だけを見ている ―――
「おやおや、これは少し厄介ですね」
リビングに戻るとお皿を並べ終え湯気がたつカップを両手に持った夜子が、昴の存在に気がつき笑みを浮かべる。
『出来ましたよ』
「では食べましょうか」
エプロンを外し、椅子にかけると彼女の格好は外出仕様だった。髪もハーフアップに纏めている。
「今日はどちらまで行くんでしたっけ」
『今日はコナンくんとデートですよ』
「ああ、そうでしたね。こんなに可愛らしい格好をした女性の隣を歩けるコナン君が羨ましいですね」
『うぐ…朝から心臓に悪いこと言わないでください』
「むくれた顔も可愛いですね」
『くぅ……夕方頃には帰るのでお夕飯は何がいいですか?』
「今日は私が作りますよ。なので、帰る頃連絡してください。迎えに行きます」
『?わかりました。じゃあ今日はシチューが食べたいです』
「仰せのままに。デート、楽しんで来てくださいね」
昴がそう云うと少女は嬉しそうに笑みを深めた。
「で。それからどうなんだよ」
『どうって?』
「だから、あの安室透と名乗る男のことだよ。連絡、頻繁にしてるみてぇじゃねえか」
『してる訳じゃないんだけどなぁ…』
スポーツ用品店で目当ての品を物色しながら手にしたり、どれがいいか悩んでいた。
『あの人毎日、朝はおはよう。昼はこんにちは。夜はこんばんは。寝る前におやすみって連絡がくるの。そしてそれを無視すると毎回電話が鳴るのよ。でも寝る前はいつも電話なんだけどね』
「……すげぇ熱烈じゃねえか。あんな顔のいい男に好かれるなんざ流石だな、お姉様」
『それ褒められてる気がしない。それにあれほどのイケメンなら本命は別にいるんじゃないかな。普通以下の私の見た目に恋するって眼精疲労もピークな白内障なんじゃない。毎回病院を紹介してるんだけど、連れて行った方がいいのかな』
「あんたの自己評価底辺なのも病院に行くレベルだと思うけどな」
軽いし、程良く握りやすい。これにしよう。
目当てのものを選び、色は赤に決めた私はそれをレジへ持っていき清算を済ませコナンくんと共に店を出た。
「てか、なんで金属バットなんて買ったんだ?」
『ああ。これは万が一に備えての準備かな』
「お、おぅ……」
金属バットをしまうケースまで購入し、それを肩にかけて歩き出す。
ヒールがコンクリートを蹴る度に雑踏に混ざって人ならざる者が見え隠れしている気がして、肩にかけた鞄の紐を握る。沸々とこの世界に訪れてから感じるようになってきた事柄案件。見えないフリをしていても、それは着実と私の喉まで差し迫ってきている。襲い掛かってこないだけましと思えばいいのか、どれだけの猶予を与えてくれるのかじんわりと滲む掌の汗に目を閉じた。
この時代でも時間遡行軍が現れる可能性が兆候して現れている。どう対処すればいいのか、適した殲滅部隊である刀剣男士はいない。私は自身の弱まった霊力と己の肉体のみで挑まなければならないだろう。誰かに相談してしまいたいと思っても、ここには誰もいない。たとえ相談したとしても一般人に何ができる。結局、私ひとりで解決しなくてはならないのなら、余計な事は言わないでおこう。まだ未来や歴史を脅かすための破壊活動を彼らがしている訳ではない。今のところはまだ……準備を進めるだけでいい。細々と息を細かく訳て吐きだしながらコナンくんを見つめた。私よりもずっと子供で外見はもっと幼い彼はどれほどの危険を掻い潜って来たのか…情けないな。今までの怠惰が巡り巡って徴収しに来てるのかな。やだな……、人々の嘲笑がスポットライトのように私を照らした。
場所を変えてコロンボという喫茶店に入り、昼食を注文する。
「あの話憶えてるか」
『お酒のこと?』
「ああ、それだけどよ。一応警戒してくれ。くれぐれも秘密が露見されないように」
『わかった。まあ…でも、あの圧のおかげで口を滑らせるという行為が秘密を露見より……イケメンを罵倒するというフルボッコされかねない行為をしたくてしょうがなくてでも黙ってる』
「……一応もの申したい気持ちはあるんだな」
『聞いて…聞いて!イケメンに煽てられるのは大変嬉しいものですけどね、女の子に殺されるのは嫌なの。もし仮に好きな人だったら売られた喧嘩は買うけど、好きでも何でも無い人からの1ミクロもない好意での殺意は怖いものがあるんだよ。女の子はみんな生まれた時から誰かのお姫様だけど……私の王子はあの人ではない。ではないの!別に浮かれている訳でも勘違いしている訳でもないのに、恨まれてるんだよ。怖いよ。しかも怖いのは女の子達だけじゃなくて、安室さんもなの!人の話全然聞いてくれないし、喋るもの全ていい方に解釈するし、じゃあ一体私はどうすればいいのさ!ハピネス推奨派なのにアンハピネスしか配ってないよ……!挙句の果てに彼にスケジュールを決められてここ最近はポアロに強制連行……梓さんの淹れてくれる紅茶が私の至福の時』
「そ、それは充実した毎日を過ごせてよかったじゃねえか」
『よくない!恨めれて夜道で刺されたらどうするのさ』
「え?それって後ろから誰かにつけられて……着けられてるのか、今も」
『今も?』
「あ、いや!着けられてるの?」
『急に子どもに戻って……。何か気配がするんだよね。でも殺気とかの類じゃないから放置してるんだけど。たまに…ポアロに寄らない日はいつもかな』
「ポアロに寄った日は感じないのか?」
『ん―感じないっていうより…ストレスのが過多かな。隣の』
「安室さん……」
『家までは送って貰ってないから安心して』
「そうか……。一応気をつけろよ。言っても無駄だとは思うけどな」
『一言余計なのはこの可愛いお口から発信されてるものなのかしら』
コナンくんの頬をつねり引っ張る。言葉が難語のように発せられているが、とてもかわいい。本当の弟が出来たみたいで、何だか短刀ちゃん達を思い出す。コナンくんよりは見た目の年齢も上だと思うけど、いつも一緒に遊んだりしてたから……思い出すとセンチメンタルだな。もう。
「兎も角!何かあったら連絡しろ。まだ組織の連中にマークされてる危険性もあんだからな」
『了解です、名探偵さん』
机の上に肘をつき、掌に顎を乗せて笑むとコナンくんは目を逸らして少し赤くなった頬を隠した。
「あ、やっぱりその清楚な後姿は夜子さんですね」
「安室さん」
その声に私は固まり、急速に風化する勢いで笑みに亀裂が生じた。遅れて蘭ちゃんとおじさまの声が聴こえてくる。
「夜子ちゃんとコナンくん。どうしてここに?確か夜子ちゃんデートって言ってたよね」
『うん。だからコナンくんとデート』
「ガキとデートって」
コナンくんが「紛らわしい日本語使うんじゃねえよ」と小声で悪態つくので、コナンくんを後ろから抱きしめて膝の上に乗せた。別にデートって恋人と出掛けるだけに遣う日本語じゃないのよ。出掛けるってことはデートなの。ふふんと鼻歌を歌いながらコナンくんをぎゅっと抱きしめる。
「コナンくん照れてる。久しぶりにお姉ちゃんと出掛けて嬉しいみたいだね」
『そうだといいけど』
「ええ?そうだよね、コナンくん」
「う、うん……っでもないかもしれないけど。蘭姉ちゃんたちはどうしてここに?」
コナンくんは流れに身を任せようとしたが、安室さんと眼が合うと突然顔を少し青くさせて話題の方向性を変えにかかった。リトマス試験紙みたいに色が変わったのでどうしたのかと疑問に思い、顔を上げて徐に安室さんと目が合うとにこりと微笑まれ、隣の椅子に座り自然と逃げ場を絶った。
あ、やべぇ。これ。
そう思うと同時にコナンくんは蘭ちゃんの隣へ。おじさまは私の右隣に。そして挟んで左隣に安室さんという配置にやだな、もうこれだからイケメンはって心の中で涙を流した。また周囲の女性達に脳内で殺されるんだと。
「夜子さんの私服姿初めて見ましたが、ワンピースもお似合いですね。今度は是非休みの日にもいらしてください」
『な、何故ですか』
「それは……午前シフトなら午後からあなたを車に乗せてエスコートすることが出来ますから」
あまりにも恐ろしい事を言われ、思わず口元に運び損ねたスパゲティーのフォークを再びスパゲティーの山に落としてしまった。そんな私の様子を余所に聞いていた蘭ちゃん辺りは「安室さんってやっぱり」と何だか盛り上がっている。ほらな、見ろよ、ねえって意味合いでコナンくんへ目線を送るとコナンくんが「くせぇ台詞をよく云えるな」と何処か関心していた。そうじゃなくて!お姉ちゃん(仮)のヘルプサインを汲み取っておくれよ!もう!こういう大衆の前で強く言ったら被害者が彼になってしまうじゃないか!くそっ、計算のうちかッ!!
『もう制服のとき誘って捕まればいいのに。詐欺罪で』
「え!平日の時に誘ってもよかったんですか?じゃあ今度の月曜日にディナーでも御馳走しますよ」
『ご、ごちそう』
「ええ。夜子さんと行きたいと思っているお店がいくつかあって。野菜の好きな夜子さんの事だから、サラダバーのあるお店とか」
『サラダバー!ええ、何処にあるんですか』
「夜子ちゃん……」
蘭ちゃんの声に我に返り、苦笑いをした。危うくサラダバーの店に連れて行かれるところだった。いや、せめて店の場所だけ教えて欲しい。サラダバー。
「ところで、何を注文したんです?」
『クリームパスタですよ。きのこの』
「美味しそうだね。私もそれにしようかな」
『うん。クリームがあっさり目だから美味しいよ』
「へぇ―そうなんですね。少し頂いてもいいですか?」
『はい?』
何を言ってんだこのイケメン野郎は。って振り返った時。口に運ぼうとしていたフォークを持つ右手を掴まれそのまま彼の口元まで誘導。そして、一思いにぱくりと食べられてしまった。その衝撃的事実に目が点となり、私は…私は……そう云えばこういうの乙女ゲームであるある展開だな。といつイベントフラグを回収したのか分岐点に振り返っていた。蘭ちゃんが「園子に報告しなきゃ」と気持ちの共有を求めて親友に連絡してるのを傍らにおじさまは「余所でやってくれ」と呆れ、コナンくんは「マジかこいつ」という眼差しを向けている。はい、そして攻略キャラ並みの行動とイケメン力があるお兄さんは優雅に咀嚼して、食道に流し込むと顎に指先を添えて「ふむ」と。
「本当にあっさりとしてますね。和風だしを使用しているのでしょう。なるほど…夜子さんはこういう味が好きなんですね。非常に参考になりました。火曜日辺りポアロにいらしてください。作りますので」
『いや、スケジュールをナチュラルに抑えんでください』
イケメンって怖い…圧もそうだけど行動力が予測できない。怖い……。周囲の視線がフォークに集中するのさえ、居たたまれずに冷や汗が零れる。私は……今乙女ゲームユーザーに「退けよブス」とか思われていることだろう。くっ……!あなたの要望に答えられず申し訳ない。私も出来る事ならこの席からとんずらしたい。脳内妄想で堪能してくれ……!震える利き手を何故か心配されるが、圧し切る!っという心意気で無心でその羨望フォークを使用して食べた。くっそ……使えば女子に殺され、遣わなければ彼に失礼な態度をとることになるなら、遣って何とも思っていない事をアピールしないといけないではないか!
『ア―オイシイナ』
「…っ…」
「(こいつもしや今可愛いとか思ってるんじゃねえだろうな)」
コナンくんの視線が急に俯き表情を視えなくさせた安室さんを訝しげに見つめたが、彼は数分後。あの柔和な笑みを浮かべて私に再度ディナーデートを誘ってきていた。もう流したい。
「じゃあ月曜日の夜は空けといてくださいね。学校まで迎えに行きますので」
『来るな!あ、い、いや…家の人に聴かないと……』
「昴さんに?もしかして断りを入れないいけない様な関係だったりして」
『それは昴さんに失礼だよ蘭ちゃん。私となんてそんな妄想誰も飯は美味くない』
「めし?」
「スバルさん?ってその様子だと男性、ですよね。どういったご関係なんです?明らかに他人行儀ということは身内や親戚といった類ではないようですし。夜子さん……教えて下さい」
「あ、安室さんの目が……」
「(尋問だなコレ)」
突然迫りくるイケメンお兄さん。私が座っている椅子の背もたれに腕を回して躯を横にし、此方に迫ってくる時点で尋問だよこれ。逃げられないように右手を掴まれた。あ……控えめにいって吐きそう。てか近い近いっ!そうやって己の持つカッコよさで殺しにかかるんじゃないよ。
『えっと……た、ただの同居人です』
「同棲、と」
『同居だって!保護者なんです!両親の代わりに保護者をしてくれてる保護者なんです!』
左手で安室さんの胸を押して必死に『保護者!保護者!』と連呼すると、くすりと笑い声が聴こえた。確認するように顔を上げると、彼はからかうように笑っていた。
「すみません。あまりにも必死に説明してくださるので、可愛いなと思って」
『突然迫ってきたら誰でも自白するレベルでしたよ』
「ああ、怖がらせてすみません。でもやっぱり少し妬けてしまったから……僕と住みます?」
『住みません』
いい雰囲気で流れに身を任せて「うん」なんて言うと思うなよ。イケメン。何が狙いだこのイケメン。そんな台詞に騙されないぞイケメン。だが……大変効果的でした。もうHPとゼロっす。
安室さんは私と蘭ちゃんが話している最中、手を放し体勢を整えながら流れるその瞳で店内を見つめていた。彼に声をかけたコナンくんに対し「夜子さん食後は紅茶でいいですか?」と言って店員を呼んだ。そのついでにと蘭ちゃん達もお昼の注文をしてから何故此処へ訪れたのかの話が始まった。
意識を逸らすことに成功させつつも、まだ何処かで浅ましくも逃れようとしていた。
「気がつかれずにそのまま続けて下さい。何が起きても」
携帯を耳にあてた男への指示を出す彼もまた、その場にいた事を気が付いているものは誰もいなかった。
片手で別のスマホを操作し送信すると、すぐさま返信が届き。相手は相当怒っているのか。普段ならスタンプを遣うメッセンジャーなのに。一言。
「 駆除 」
駆除してやるという想いからの現れなのか、その言葉に思わず苦笑してしまった。
「だったら最初からあなたが傍にいてください」
水色の髪が帽子の隙間から覗き、鈍く光琥珀の瞳が白銀を視界に納めた。