最高気温35度。馬鹿みたいな初夏この頃。
帽子を被ってリュック背負って、私は予約したCDを回収しに青いコンビニへ向かっている最中だった。雑踏をするりと抜け、日頃からバイトで貯めた愛の投資を惜しみなくお財布に詰め、私は少し上がる足先でルンタッタターと歩きながら、人波を避けていた。

ある日 
雑踏の中
安室さんに出会った
人波が流れる道で
安室さんに出会った

(森のくまさんの曲に歌詞を添えて)

『げッ』

露骨に眉を寄せた私だが安室さんは笑みを浮かべて巨神兵の如く此方へ向かってくる。逃げるか、と構えた所で目の前に見知らぬ男が現れた。

「いま暇かな?オレひとりなんだけど、もしよかったらカフェでお茶でもして話さない?」
『話さない』

お前と話している場合ではないんだ。今にも私の日常を破壊せしとする巨神兵が向かって…、と男の後ろを覗くと安室さんもまた別の女性に捕まっていた。凄い美人だ。あと胸が大きい。凄いあれは何カップだろうか…D?いや、Fか!

「そんな連れないこと言わないでさ。どこかに向かってる最中なんでしょ?オレ付き合うよ」
『生言ってんじゃないよお坊ちゃん。君とは到底分かり合えない場所へ行くんだ。理解するなんてそんなことを軽々しく口にしたことを後悔するよ』
「言ってないよ」
『あとこんな女に声を掛けたことを後悔するよ』
「そんな脅しても君が可愛い事は変わらないよ」
『メンタル鋼かよ。こわっ』

よく見れば普通のイケメンだわ。刀剣男士と安室さん、沖矢さんとの生活の所為で目が肥えてしまっているから気が付かなかったけど。この人割とフツメン。でも凄いパリピ感拭えないからやだ。ここまで言って食い下がらないとなると猛者か珍獣ハンターかな。暑いから早く建物内に入りたい。そして迎えに行きたい。仮令予約しているからと言ってCDのチェックはしたいから早く切り上げたいのに、逃がさない包囲網。

どうするべきか…どうやり過ごすべきか……

悩んでいるとふと、彼の肩口から安室さんと目が合う。どうやらあちらも苦戦しているようだ。まあ、あの人の事だから強くは言えないのだろう。あのFカップ姉さんも簡単に引き下がるような殊勝な女性ではなさそうだし。と、油断していたら男に腕を掴まれてしまう。

「もう終わりなら行こうか」
『ちょっとそれは辞めた方が』

私の言葉が途中で切れる。それは男の手を叩き落とし私の肩に腕を回した安室さんが、瞬間移動かと思うくらいの速さで駆け付けて来たのだから。Fカップ姉さんも目の前から忽然と消えた所為で驚き慌てて追いかけてきている。追いかけるんかい。

「待たせてごめん、なまえ」
『いえ、私も来た所だよ透くん』
「(透くん)大丈夫かい?真夏の蜃気楼に憑りつかれていたみたいだけど」
『ええ、道を聞かれていただけだから。透くんこそ蛇に絡まれていたようだけど、いいの?』
「ああ。森へお帰り願えたから」

引きつる両者に声をかけた男女ふたり。私たちは社交的な笑みを浮かべて彼らに再度問いかける。

「まだ何か」
『ご用件でも』

「「 ないです 」」

肩を落として男女が視界から消え去り私は胸を撫でおろす。腕を掴まれた時はどしようかと思ったけれど、大事にならずに済んでよかった。まあ一難去ってまた一難残っているが。ちらっと視線を斜め上へ向けると柔らかな笑みを浮かべながら尋問しようと待機している安室さんを目撃する。ああ、これは一難なんて可愛いものではなかった。

「他に何もされていませんでしたよね。見ていた限りだと腕を掴んだだけで他はあなたの否定を涼やかに交わしていた程度でしたし」
『いや、聞こえていたんですか。というか見ていたんですか』
「聴力と視力はいいので。事きみが関わっているのならこれくらい聞こえて当然ですかね。まあ、きみの言葉なら一字一句聞き逃しませんね」
『うわぁーストーカーお疲れ様です』

肩に乗せられた手を払い腕を組み、数歩離れる。

『助けて頂いてありがとうございました』
「いえ、それはお互い様です。こちらこそありがとうございます。所で何処かへお出かけですか?おひとりで?それとも和泉守くんや薬研くんと待ち合わせとか」

安室さんが周囲へ視線を巡らせるが、首を左右に振って不服に答える。

『期待に応えられず申し訳ないですが、ひとりです。二人とも部活に研究に忙しいので。それに私の趣味に付き合わせるのもあれですし』
「趣味…?ああ、そういえば発売日。今日でしたね」
『何で知ってるの』

今日は私の推しメンのドラマCDが三本発売したのである。

「きみの事なら何でも知ってますよ。だって意中の人の情報は何でも欲しいですから」
『あなたが言うと犯罪臭いのは何でですかね』

全くときめかない。顔がイケメンなのに。

「そのお店に行ったらその後の予定はありますか?」
『特には。本屋よって新刊チェックするくらいですかね。後は適当にブラブラしようかなって。あ、夏服みたいくらいですね』
「では、僕がお供することを許してくれませんか」

手を取られると甲にくちづけが贈られる。ちょっ、西洋の騎士みたいな時代錯誤的な事をするな。好きな光景なんですけど!カッと赤くなる私の様子に安室さんはにこりと微笑む。

確信犯や……!

私の背後に落雷が落ちる。そして周囲の女性に飛び火大炎上となっている。大丈夫かな。熱中症に追い打ちかけるようなことして。

「また声をかけられるのも迷惑でしょ?きみは圧しに弱いから」
『うっ、圧しに弱くはない、ですよ』
「僕がこうやって迫るといつも快諾してくれるのに?そんなところで強がられると逆効果ですよ。僕が引き下がるとでも?きみのそんな可愛い顔を見て」

からかっている。穏やかな顔をして、邪気のない笑みを浮かべて。いたいけな少女をからかっているのだわ。免疫ない私を殺す気か!くそっ顔が好い奴なんて嫌いだ。

『可愛くないから、可愛いとか言うな』
「可愛いのに可愛いと言ってはいけないなんて手厳しいですね」
『うっさい!もう、パンピが入れる店じゃないから』
「別に僕は何とも思いませんけど?だって好きなものでしょ、きみの」
『……だぁーもうー!あなたみたいな無知なイケメンが入ったら大注目なんです!私がゆっくり買い物出来ないじゃないですか!もういいです。解りました。後日取りに行きますから、今日は服屋で我慢します』
「ありがとうございます。では行きましょうかなまえさん」

指が絡まり、自然と繋がってしまうと周囲の嫉視がより増すと同時に羨望が詰め寄ってくる。その視線の所為で穴でも空きそうなのに、それを知っていても彼は私の手を離さない。ある意味良い性格をしている。己のスペックを熟知し、尚且つ相手の情報も把握済み。周囲が自身にどんな視線を向けているか、そして自身がどう動いたら相手がどのような目に合うかまで多分解っている。それでも彼は、この手を離さない。何故だろうか、嫌がらせなのだろうか。見上げる視線の先に色素の薄い白金が揺らめき、そして目線が合うと微笑まれる。その微笑みで何人の女が倒れることか。熱中症に追い打ちをかけるようなことをしくさる。

「このお店、好きですよね」
『何で知ってるのかさえ聞きたくない』

ワンピースの専門店。ここはネットで通販する店なのだが、ここに店舗出来たんだ。メルヘンチックなデザインで、珍しいから割と好き。何着か持っているけど新作が出たようだ。ちょっと気になる。うずうずと背伸びをしながら四方に軽く動く私に彼は「ふふ」と喉を震わせ、はた、と気がつき唇を尖らせる。迂闊に喜び過ぎた。

「青のワンピースとか似合うと思いますよ」
『ミディアム丈があるなら、みるぅ』
「はい。探してみましょうか」

褐色肌の腕に引かれて一歩、踏み出す。
今日の予定は丸つぶれだ。でも、まあ……たまにはいいか。

「あの、つかぬ事をお聞きしてもいいですか」
『十文字以内ならいいですよ』
「透くん呼び欲しい」
『……制限を取り外すので詳しく説明を』
「恋人の真似事をした際に下の名前と軟らかい口調でしたので、理由が聴きたくなりまして」
『恋人同士なら歳の差があっても口調和らげてもいいかなって思ったのと。名前呼びは……恋人なら呼ぶかな、っていう……』

恥ずかしい……何プレイなのこれは。手にした服を再び戻しカチャカチャとハンガーを鳴らす。

「恋人になったら下の名前でくん付けしてもらえるんですね」
『脈絡のない言語を使わないでもらえますか』
「でもその、きみに下の名前で呼ばれるのはいいですね。もう一度呼んでくれませんか?」
『いやですよ』
「今日だけでいいので」
『要望が増えた!いやです』
「だめ、ですか?」

子犬みたいな顔しやがってこいつ……!
自分の使い方知り尽くしている顔のいい男なんぞきらいだ!

『る……ぉ、と、とおるくん』
「……いま、この場で抱きしめてもいいですか?なんならフィッテングルームに行きましょうか」
『辞めろ。その手も下げろ。あとそこへ行って何する気だ』

嬉しそうな顔をされて調子が狂う。なんなの。なんでそんな柔らかな顔してるの。やめて、アイスが溶けそうなくらい暑いから。ぷくりと頬を膨らませてぷりぷりしながら青いワンピースをレジへと持って行った。
買った服はショッパーに入れられ、流れるように彼が持ってしまう。両手が空いている私の手を彼は再び繋ぐ。まるで私への荷物は自分の手でも言いたげな態度をするものだから、ふいっと顔を背けるがきっと彼は次に振り向いても笑っているんだろうな。

「男女が出掛ける事を世間ではデートと言うんですよ」
『これは森のくまさんとの散歩です』
「あそこになまえさんの好きな抹茶アイスの美味しい店が」
『行きましょう』






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