結婚出来る人は勇者の剣を抜ける選ばれし人物である。
だからわたしのような特定の相手も作らず画面の向こうに満足している女にとっちゃリアルイベントフラグである魔の巣窟【お見合い】などというパワーワードは一生ご縁のない類のものだと識別していた。のに……うちの両親が余計な事を。
おかげでわたしは今日のライブイベントをキャンセルしなきゃならない始末。わたしの推し声優のライブだったのに一年に一回しかない貴重なこの日をおしゃかにしても絶対に会わなければならない相手ってなによ。

正直蹴りたかったわ。踏み倒したかったわ。

でもうちの父の部下で優秀な人材だと聞かされてはいる。確か名前は……えっと名前は……。あ、やべ生きてる人間の名前憶える容量なかったわこの脳みそ。まあ、どうせ相手も乗り気じゃないだろうし、こんなの昔の政略結婚かよって感じだ。親曰くには「娘の将来が心配だ。佳き婿を迎え幸せになって欲しい」とはよく言うが、こういう上司の娘を利用して上を目指す相手にとっちゃ嫁いだら不幸って話はよく聞く。結局、等価交換。箔をつけるためだけの名ばかりの結婚をするくらいなら一生独身で十分だわ。それで幸せになれるとは思えない。それに、わたしの幸せはわたし自身が決める事であって決して親が決めることでも他人が計るものでもない。

よってわたしはこのお見合いを破談にする。

振袖なんて二十歳の成人式以来だ。どうせなら袴でも着たかった。あれなら逃げやすいもの。コルセット絞めるレベルの窮屈さに扇で仰いだ。ここの料亭、美味しいで有名だから楽しみにしてたのにこれだと味わって食べれない。ちぇ……。

『お父さん、こういうのってパワハラなんじゃないの』
「何てこと言うんだいなまえちゃん。僕はなまえちゃんの幸せを想ってだね」
『本音は?』
「ママが孫がみたいって。でもなまえちゃん結婚する気ないみたいだから独断選考しました」
『わたしの幸せどこだよ』
「公務員で誠実、仕事は真面目で性格も申し分なし。ルックスだってなまえちゃんの好みだと思うからってママが選んだ人で名前は降谷くんなんだ。パパの部下には勿体なくらいの優秀っぷりでね……パパの給料持って行かれそう」
『ああ、そう(ふるやって名前だったわ)そういうのがパワハラなんだよ。部下の人だって選ぶ権利ってものがあるんだよ。お父さん。わたしみたいな廃人ヲタとお見合いしたくなくても立場上断れなくて仕方なく受けているに推し声優の新婚CD賭ける。だいたいお仕事忙しいのに貴重なお休みをこんな茶番に付き合わすなんてモラハラ?あと娘に対してセクハラだから完全に労働組合に駆け込める事案だわ。これだからブラック企業の縦社会は』
「いや、でも彼の方は」

父の言葉はそこで途切れた。「失礼致します」と声が聴こえたからだ。その声に指先が震え始めぎゅっと拳を作り握る。急に緊張してきた。断るって決めていたとしても初対面でパンピの人と如何にも将来の事を語りましょう。決めましょうって空気は三者面談を思い出す。はあ……生々しい話だわ。

襖が開き憐れな生贄を横目にしたとき、思わず口元を抑えた。

「やあ降谷君。今日はすまいね、時間を作ってもらって」
「いえ。こちらこそお声を掛けて頂きましてありがとうございます」

対面する席へと膝を折り、座る。金髪にしてはくすんでいる色合いだが、アイスブルーの瞳に綺麗な指先。鮮麗された所作、そして爽やかな微笑み。体躯も多分見た目より筋肉質だと思われるし褐色肌。日本人というより何だかハーフみたい。てか、顔が頗る好い。何このイケメン。何処におったの。まだ売れ残ってるっていうのが訳あり物件でしょ。絶対に。これで結婚の約束もないとかありえないくない?世の中の女は何をしているんだ。こんな良物件を何故誰も確保しないのか不思議でしょうがない。ペカーっと呆気にとられ睫毛を揺らしていると、目が合い微笑まれる。

「はじめまして。僕は降谷零と申します。本日は宜しくお願い致します」
『こ…こちらこそ宜しくお願い致しますっ』

慌てて頭を下げると勢い余って机の上に額をぶつけてしまった。夢じゃなかった事を確認出来てしまったわ。

だが、わたしはもう少し目を養うべきだったと後悔するべきだった。
寧ろこの時点で逃げ出さなければならなかった。
そう例えば「結婚する気ないから!」と静止を振り切って逃げ出すお嬢様みたいに行動に移さなければならなかった。

この時点で。

出なければもう…わたしが自由に動くことは叶わないのだから。





■□■






飯の味がわかんなかったわ

若いふたりで…とか定番なことを言われるがままに庭園の散歩中。
はあ……緊張が持続しすぎてもう口から心臓が出そう。いや、今なら吐きだせる自信がある。

「足元気をつけてください」
『あ、どうも……』

指し伸ばされた手に恐る恐る掴まり差異な段差を草履が避ける。無駄のない所作だが気疲れがしないのは、計算なのだろうか。何度も言うが何故これほどの良物件が売れ残っているのか不思議でしょうがない。身に余る光栄、あ、いや破談にするんだった。危うくイケメンの雰囲気に呑まれてこの縁談を承諾しそうな勢いだったわ。あぶない、あぶない……この先に幸せな未来などありはしないのだ。目に見えて解る。これはのし上がりのための献上物。よってわたしは戦利品にすぎない。ああ、戦利品に見合っているのかしら。いや、精々粗品やな。我、己を高く見積もるつもりは無し。

「なまえさんはこの縁談にあまり乗り気ではないのでしょうか」
『あ、い、いえ!そのっ……父が無理を言って押し通したのでしょうから、降谷さんにとってしみてればこのような計らいは意にそぐわないのではないかと…その、本当に申し訳ございません』

手を重ね、90度ばりの頭を下げる。さっさと用件言っちゃおう。これ以上はSAN値が持たない。

『父や母はこの縁談を遂行しようと強いものはないと思います。結婚という契りに重きを向けているだけなので、強制ではありません。ですからわたしが断っておきますので安心してください。やはり結婚というのは互いの利益や利害の他に、気持ちが大切だと思いますから。昔の政治ではないですし、わたしが断れば丸く納まるかと思います。今日は貴重なお休みを割いてくださってありがとうございました。降谷さんにはもっと素敵な奥方がお似合いですよ』

顔を上げて笑みを浮かべる。これくらいはしないと格好つかないだろうな。彼は何も言わなかった。これで破談は成功かな……ちょっと、惜しいような気もするけど。わたしはそこまでしたたかになれない。心が弱いからね。

席を外しお手洗いへ駆け込む。個室に引っ込んでから友人へ即レスを求めた。

《 やばいんだけど。見合い相手が超絶イケメンだった。あれなら結婚してもいいまで思ったがわたしには過ぎたる人物だと思うから100歩下がった 》
《 マジか。イベント蹴った時は嫌がってたのに…でも面食いなんだから食らいつけばいいのに。権力遣えよ。手に入れろよ 》
《 酒池肉林はいやじゃ!わたしは目先の欲より長めの癒しが欲しい!ラブラブな新婚生活が送りたい 》
《 まあ、ある種。誓約結婚みたいなもんだもんなそのまま交わしたら。まあ、いいんじゃない?あんたのそういう穢れきれない無垢な感じ?絶滅危惧種っぽくて好きよ 》
《 ありがとう。持つべきものは共通の趣味の友、と書いて戦友 》
《 任せておけよ。あ、明日アニカフェ行こうか 》
《 どこまでもついて行きますっせ姐さん 》
《 じゃあ時間と場所はまたあとでね 》

スマホを閉じてから便座から立ち上がり流す。そう流すのが正解なのだ。わたしの選択は間違いではない。己の幸せがない確率99%なところへ飛び込むことが出来ない今どき女子が居たっていいじゃないか。わたしは根性もないし、戦争もしない派。そりゃ結婚願望はないこともないけど……もうちょっと身の丈に合う。心臓が平穏に保てそうな相手が一番いいわ。

手を洗いハンカチで拭く。髪や身なりを多少整えてお手洗いから出ると廊下の突き当りに降谷さんがいた。電話をしているのか、わたしは思わず通路へ身を潜める。聞き耳を立てたい趣味は持ち合わせていないのだが、今会うのは非常に気まずいのだ。

「ああ、その件は進めておいてくれ。え?ああ…今日の縁談のことか。困ったものだよ。意思が固い人だとは聞いていたがあれ程までに全否定されたのは初めてだ。騙しやすそうなお嬢さんだと初見に抱いた感想は取り消したさ。まだこちらの意向も伝えていないうちに破談されそうだ。ああ、旨い話だから逃したくないんだがな」

ガタッ、と後ろからやってきた従業員のトレーが音を立てる。わたしは軽く会釈をして通り過ぎるのを待つ。今の会話はなんだったんだ、と思う隙もなく。影が差す。そう、顔を上げたくないが上げなければならない影が差した。

「なまえさん。こんなところでどうしたのです?」
『ぁ、え…いえ。今から戻るところで』

両手を胸の前に構え、あははは、と苦笑する。一歩、二歩、と後退していく。距離を…適切な距離を保ちたい。でなければ、飲み込まれそうだった。威圧的な雰囲気を醸し出す目の前の男、降谷零。カツン、と彼が履いている革靴が美しい音を奏でる。その度に心臓がひと鳴きする。どきん、ではない。どっ、である。

「今の話。聞いていましたよね」
『ぁ……ぃゃ……』

声が小さくなる。ズンズン、と迫りくる恐怖に張り付けた笑顔も崩壊寸前。今にも泣いてしまいそう。

「あまり下がると危ないですよ」
『え』

トン、と背中に冷たい無機質があたる。壁だと思われる。あ、これは非常に不味い展開だと察するが、彼は別に壁に手を突くことはせず腕を組み柔らかな笑みを浮かべている。だがしっかりと退路は断たれていた。抜け目ない。警察庁、警備局警備企画課。全国の公安並びに警備部を束ねる機関に所属している。こんなデータを今、思い出すなんてわたしの脳みそどうかしてる。父から聞かされた彼のプロフィール。興味もないし、それを知ることは憚れた。やはりわたしだって長生きしたいから。父の仕事はさわり程度しか知らないし、母もそうだ。概要を把握しているだけで中身までは知ろうとは思っていないし、思わない。だけど、何故父が明確に彼、降谷零のことをわたしに詳細まで話したのか、今なら嫌な想像まで辿り着いてしまいそうだ。

ゴクリ、と唾を飲み込む。

優しそうに微笑んでいるのに、とても高圧的だ。身体が動かない、というか震える。よかったさっき用を済ませておいて。漏らしそうだもの。

「あなたは愚かで浅はかで踊らせやすいお嬢さんだ。この縁談を破談に出来ると本気で思っている。あなたのお義父様から聴いているのでしょう。僕の事を。ああ、その顔は漸く理解に追いついたって顔ですね。ええ、そうですよ。このお見合いはただの顔合わせ。初めからあなたの意思は関係なく縁談は進んでいるんです。でもまあ、あなたに進言されてしまうと少々困った事になりかねますので、出来ましたらご遠慮なさって頂けますと幸いです」

カツン、カツン、音が止まない。

耳へ通じ鼓膜へ響き、脳内へのたうち回り身体へと全身に毒が回る。両の手を握りしめ震える唇を結びなおし彼、降谷零を視界に収め続けると彼は手を伸ばし、あ、壁ドンついに来たれり!って目蓋を堅く閉じるが手の甲に体温が伝わり目を恐る恐る開けると包まれていた。そして、顔を上げると頬に赤みがさした降谷さんが……。

「好きです」

ほぇ?
口をポカン、と開けてわたしは何を口走っているんだこの男と瞬きを幾度となくしばたかせる。

「あなたがお義父様に差し入れを届けに来ていたあの頃からずっとお慕いしていました」

それは高校生の頃からなのかい?

「身分の差があったためにあなたと結ばれたくとも不可能なこと。ならばとあなたのご両親を丸め込め」

丸め込めたの?!

「なんとか縁談にこぎつき漸くあなたと結婚出来るところまできたというのに…あなたは」

ここまで掌の上で踊らされてるわたしの一家ちょろ!

「何処までも慈悲深く。自分の気持ちより相手の気持ちを優先してしまうその世渡り下手の貧乏くじを引く性質がとても愛らしく馬鹿かわいい」

さっきから好きな人を清々しくdisってるんだけどこの人

「しかも政財界で私利私欲社会の生まれだというのに、恋愛結婚推奨とかあなたはどこまで絶滅危惧種ですか。是非結婚(保護)させてください」

結婚って書いて保護って読んだぞ

『あ、あの…でもわたし、降谷さんの事知りませんし…紙上のデータしか。なのに今すぐ結婚なんて…その…』
「結婚してから知っていただければ問題ないです。あなたはこのままその愛らしいお口を閉じてさえいてくだされば数か月後には僕の腕の中があなたの帰る場所になります」

うわぁ…私利私欲があふれ出てるってか手段選んでねえなこいつってこえ!
てか、数か月後には結婚させられるのか。何この計画。いつからたてられてたの?考えるだけで怖いんですけど。

「あなたを一目見たその日からです」

危ない人やぁぁぁぁああああ―――!!

この人列記とした危ない人だ。しかも心読まんといて。どうしよう。ちゃんと有給休暇の取得の申請並びに強要してる?ちゃんとお休みの受託してる?こういう回路が蒸発する人生産するのはいっつも縦社会の闇が重鎮する昔ながらの暗黒会社なんだよ!社の方針どなってるの!

ぐいっと顔を近づけさせられて「ひぃ」と悲鳴を洩らすも小首を傾げて「だめですか?」みたいな甘えた子犬のような仕草をかましてくるあくどいお代官殿にわたしが抵抗できたことと言えば。

『わ、たしは……ラブラブ新婚生活がしたいんですッ』
「叶えましょう」

希望を言った訳ではないのにコンマ2秒くらいで即答された。しかもその返答とてもありがてぇな。

「僕と生涯を共に歩いていただけますか」
『……お、お手柔らかに……おなしゃす……』

わたしの人生…これでよかったのかな。取り合えず安泰かもしれないけど……愛ある結婚生活でありますように。




fin.


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