霜月の世界情勢

一年間は12か月。ひと月は30日ないし31日。一日は24時間。
数字に転換するだけ世界が反転して見える。一日が長く感じようが、短く感じようが、過ごす刻は一時しかない。訪れる激痛も、蓄積していく哀しみも、霞み消えゆく喜びも、合わせたらそれは刹那の刻が与える僅か数秒だけの衝動に過ぎない。特別なことなど何一つもない、それが世の中の常識である。
誰も彼もが思うであろう。
変哲もない日常を過ごす彼女が一番の加害者であると。
そして難病に苦しむ少年を被害者であると。
「その本は面白いかい?」
車椅子に乗った少年が声をかけた。見覚えのある制服に身を包み診察を待つ待合室で眼鏡をかけた少女に。幼さが残る造形だというのに少女の横顔は何処か大人びて見えた。
「いえ。意味が理解できないから何とも言えない」
「じゃあ何故」
「わたしにはない感情がここには載っているから」
淡々と語るその口元は僅かにしか動かないから、とても小さな声が少年の耳に反響する。彼にとっては珍しい客人なのだろうか。その小さな声に彼は口元を和らげた。
「きみは面白いね」
彼の口から放たれた言の葉の意味に首を傾けながら少女は名を呼ばれた。
「弓波夜鷹さん。診察室までどうぞ」
呼ばれた少女、夜鷹は「はい」と返事をしてから立ち上がった。気まぐれに声をかけられた少女だが、数歩進んでから振り返りまた少年の元まで戻ってくると自身が手にしていた本を彼の膝元に置いた。
「よかったら」
「え、いいのかい?」
少年は驚いた顔をして夜鷹を見つめた。彼女は眉を寄せ困った顔していながらも少年に本を握らせる。その行動に少年は小さく笑い声をあげて少女の手から本を受け取った。
「ありがとう」
すると、少女はハの字に曲げた眉を緩やかな笑みへと変換させた。
「通院しているから読み終えたら続きを貸すわ」
「うん。俺の名前は幸村精市」
「わたしは弓波夜鷹。週3で通っているから次もまたここに来る」
「ああ、ここでまた待っているよ。弓波さん」
「ええ、またね……幸村くん」
夜鷹は今度こそ幸村に再会を告げて背を向けた。
幸村は彼女の小さな背を見つめながら手元に置かれた本の僅かに残った温もりに鼻をすする。
狭い世界の、拙い出会い……これから先の未来など互いに知らぬままふたりは残酷なかたちで出会ってしまった。
それでも彼らにとってはきっと互いにとってのひと欠片の小さな小さな希望だった。
「弓波さん退院おめでとう」
『ありがとうございます』
「もうあんな無茶したら駄目よ」
『ははは、すみません』
夜空を彩る彼女の髪が靡く。聞き覚えのある名が少年の病室に届いた。それは小さな小さな声だったというのに少年にとっては隕石でも降る夜のように衝撃的だったのだろう。
ベッドから這い出るように病室の扉へ向けて手を伸ばした。何本もの管が通っている身体であることさえ忘れて。
ドアの取っ手にしがみつき、少年は廊下を覗く。そこには後ろ姿ではあったが少女の緩み切ったその困惑した表情が虹彩に飛び込んでくる。
流星の如く煌びやかな、夜空のように―――。
「弓波……さん……」
か細く消える少年の手が宙を掴んで空へ彷徨った。その頬に一縷の涙を溢して―――。
またきみに逢いたいと思っていた。今度こそ、今度こそ……きみに――――
え、こういう話です(断言)泡沫となりて啓蟄に今後繋がる話の話と言っておこう。書いていいのか、と問われれば「いや、書いちゃだめ」な奴。ネタバレにも等しいですが、何せ匙投げる人なので。ここでネタバレしとけば激励くるかな〜と褒めて伸ばす子なので声かけてくれると嬉しいです。年明け記念にネタバレひとつ。皆さんいい年にしましょうね!