王様のお忍び散策



「ちっ……あいつら何処にいんだ」

その日跡部景吾は災難な日だと思っていた。氷帝学園、テニス部。200人をまとめあげる部長であり生徒会長でもある彼は天賦の才を多く与えられた神に愛された子どもだった。
端整な顔立ちは女性を湧かせ、類稀なる運動神経は男性を嫉妬させた。傲慢というより自尊心が高い跡部だが、仲間と過ごす時間はなによりも大切にしている節はあり。中学生男子という部分も確かに醸し出していた。そんな跡部は部活の休みの日に部内の仲間と映画を観賞しに訪れた。
だが、そのまま出て行くと女性達に囲まれる恐れがあるため避けるために跡部はほぼ無理矢理変装させられた。黒のウィッグを被せられ眼鏡をかけ、如何にも一般人といった一目見ただけでは誰もあの跡部景吾とは認識しない程度には変装の完成度は高かった。
館内に入るまでは共に居たのだが、今日は舞台初日の映画があった所為か混雑が激しく跡部は慣れない人混みによって知り合いと離れてしまい。おまけに見失ってしまっていた。携帯で連絡をとりたくも圏外になっている所為で繋がっても相手の方が取れない状況なのか留守番サービスに接続されてしまう始末。舌打ちをしながら一歩踏み出したところで「うわっ」と死角から現れた少女とぶつかってしまい少女はそのまま後方へ倒れそうになったが、少女の後ろには背の高い男が居て易々と少女の身体を受け止めた。

「大丈夫か夜鷹」
『うん。ありがとうえっちゃん』
「別にいいよ。それよりあんたは平気か?」

江口御厨が跡部に声をかけると跡部は「ああ。悪かったな」と夜鷹に声をかけると夜鷹は跡部の顔を食い入るように見つめていた。ブルートパーズの瞳はまるで探るような視線と似ていたため跡部は眉を潜める。その動きに反応して夜鷹はすぐに視線を外し『いいえ。こちらこそ前方不注意で申し訳なく』と答えた。見惚れる視線ならよく目にする跡部だが、探られるような視線には気分を害するようだ。
だが、女性にそんな視線で見つめられたことがないためか。少しの興味を抱いた。

『えっちゃん。見つかった?』
「あ――人だかりが多くてわかんねえ。あいつどこ行ったんだ?」
『美人だから今頃求婚されてるかも』
「ないわ。乙藤なんて女の子の欠片もねえじゃん。外見だけだし美人なの」

そう言って笑った江口の後ろからギリシャ神話の偶像である女神のひとりのような仁王立ちをしている女が45度の傾斜角度から蹴りをお見舞いした。

「誰が女の子じゃないのかしら?」
「いっ、いえっ!けっしてそんなことはッッ!!!」

エビ反りの刑に処されている江口が夜鷹に助けを求めているが、彼女は跡部に声をかけていた。

『友達と逸れてしまったんですか?』
「あ、ああ……いいのか、アレ放置して」
『ああ。えっちゃんドMだから気にしないでください』
「違う!夜鷹ちゃん!違うから!オレはっどっちかっていうと攻め!」
「あんたは受けだってどっちかっていうと受け」
「それあなたの趣向品の譬えッ!」
『告白されたら股開くもんね』
「ちょっと夜鷹ちゃん?!今お昼でパンピが多いんだからやめなさい!!」
「ヨガってそうだわ」

ギリギリと骨が鳴っている悲惨な現場を跡部は後ずさりながら目撃していた。それより耳を疑ったのは女性ふたりが“股”だの発言していたことに驚愕を受けていた。今までにいない性質の女性と出会ってしまったようだ。ますます跡部の興味は右肩上がりになり、自然とスマホの電源を落とした。

「携帯を忘れちまって連絡も出来ねえんだ。スマホ貸してもらえないか?」
『いいですよ』
「夜鷹!男にスマホ貸すなんて軽率よ。貸すならこいつので充分だわ。架空請求きても平気だし」

江口の尻ポケットからスマホを抜き取り跡部に投げてよこす乙藤。しっかりと受け取った跡部は「さんきゅ」と言ってスマホを操作するフリをして三人を見定めていた。

「なんか……見たことあるような顔してる。どこだっけ」
『あ。鷲深ちゃんも?私も見たことある顔だなって思ってるんだよね』
「どこだろう」
『ん―私達が共通してると言うと』
「学園フォルテッシモの」
『安藤くん』

乙藤と夜鷹は互いに顔を合わせて「それだ!」とハイタッチしていた。ちなみ学園フォルテッシモとは20××年に発売されてシリーズ第三弾まで出ている人気学園乙女ゲームである。割とアグレッシブな内容のためコアなファンも多い作品。

「ここは三次元や」

すぐにゲームのキャラだと理解した江口はくたびれた服を正しながら跡部に近寄り「繋がった?」と声をかけた。

「いや。どうやら電波が届かねえみてーだな」
「ああ。人が多いからな。ところできみ、今日は何観にきたんだ?」
「アーン?……お前らと同じもんだ」

何を観に来たかなどタイトルを言ってしまったらここで別れてしまうことになると瞬時に演算をして答えたアンサーは果たして正解だったのか。目を輝かせたのは夜鷹だった。

『え!きみ、もしかしてデシモン世代なの?!』
「あ、ああ…お前らとタメじゃねえか?」
「ってことは中3なのね」
「デシモン世代なら不思議じゃないか」

先程から何を言っているのか跡部には解読不明だが、目の前で瞳を爛々と上気させる少女の熱に押されていた。

『やっぱり観に来るよね!二週間限定の上映なら絶対に映画館に来るよね!うわ―仲間が増えて嬉しいな!そうだ!映画一緒に観ようよ。チケット買ってあるの?』
「あ、いや。これからだ」
「じゃああたしらと同じだな」
「オレ買ってくるよ」
「飲み物とポップコーンもな」
「人使い荒くないですかね、乙藤令嬢」
「下僕なら働きなさい」

江口が席を外すと跡部の周囲には夜鷹と乙藤の女の子がふたりだけ。だが、夜鷹は先程から跡部には理解できない熱烈な言葉を永遠と語り出し止まらない。そして乙藤はそんな彼女を見て惚けた息を吐きだしていた。異様な光景が展開されている現場で跡部はただただ己がこの場では凡人であることを認めざる終えなかった。



■ ■ ■




『面白かった……』
「泣けたわ……」
「サイコーかよ……」

語彙力を失った夜鷹、乙藤、江口の三人は目頭を抑えながら映画館を退出する。そんな彼らの後ろで跡部も秘かに額を抑えていた。

『久しぶりなのにやっぱりアレは傑作だった』
「高校生設定になって声優は変わったのにデシモン変わらないところが力入ってるよな」
「絵柄があまり好みじゃないけどそれも気にならなかったわ」
「過去作を見直したくなるレベルだったぜ」
『見直しなよ…全45話だから』
「夜鷹のその隈は一気視?」
「いやそれだけじゃねえよ。この子ソーシャルゲームで第7特異点まで一気に進めた所為」
「うっそ。もうそこまで行ったの?」
『だって早く名前知りたいんだもん』

両手をばたつかせてくっきりと隈を残した夜鷹は唇を尖らせる。乙藤はそんな夜鷹の頬をつつきながら笑む。二人のやり取りは遠巻きに江口は跡部の隣に並ぶ。

「そーいや友達と連絡つくんじゃねえ?」

スマホを手渡され跡部は忘れていたかのように「ああ」と借りてかけるフリをして背を向けて。己の端末機を取り出せばメッセージを忍足に残した。跡部の興味は完全にこの三人に向けられていた。こうなったら今日一日は彼女らに付き合いたいと思ったのだ。
江口にスマホを返すと跡部は適当に誤魔化して友達と連絡はつかなかったと述べた。それを訊いた夜鷹と乙藤はこっそりと跡部を見ていたのか互いに目を合わせてから話題に参戦した。

『じゃあ一緒に遊ぶ?時間があればだけど』
「別にないならいいから。江口と帰れ。あたしが夜鷹とデートするから」
「オレを除け者にしないでくれませんかね姐さん」
「時間ならある。付き合ってやるよ」

跡部が普段通りの態度でそう放つと乙藤が「上から目線かよ」と切れ長の美貌で悪態ついた。
乙藤を眺めながら四人は足を動かし始める。今日は三人でこれから寄る予定だった場所へ……ゲームセンターですが。
駅前に設立された大型ゲームセンターは多種多様に機種を揃えた最大級。店内は騒々しい音楽に満ち溢れながらも人々を魅了していた。迷わず夜鷹はとあるクレーンゲームの前で立ち止まり食い入る。それは期間限定で展開されていたクレーンゲーム限定の擬人化フィギアだった。女性に人気であるタイトルなため女性客が多く群がっている。

『うぅ―ほしぃよ』
「夜鷹の推しメン?」
「そうなの」
「相変わらず夜鷹の推しって作品ごとに違うからわかんねえわ」
「あの子守備範囲広いから。夜鷹、取ってあげようか?」
『お願いします』
「はやっ!オレが言った時は“己の力で獲らなければそれは即ち正しく手に入れたとはならない!困難は己の手で切り抜けるべし!”って言ってなかった?」
『もう散財しまくったのでそんなこと言ってられない』
「あ……既に吸収されたあとか」

乙藤はクレンゲームが得意なため、あっさりと引き受け台の前に立つ。それを邪魔しないように見守る江口と夜鷹。その隣で跡部が圧倒され先程から一言も会話に入っていない。

『あ。あれはね巷で人気の刀の擬人化で。ゲーム展開されていたんだけど今ではアニメとかにも発展してね?グッズや舞台にもなってるんだけど。そのフィギアです』
「そ、そうか……にしても色々とあるな」
『興味があるならやってみる?』
「それもそうだな」

夜鷹は江口にお金を渡して跡部と共に台を巡って歩きだす。といってもそんなに離れた場所に行くことはなかった。跡部は大きなぬいぐるみの前で立ち止まる。跡部の後ろから覗くように顔を出した夜鷹は再び興奮気味に叫び出す。

『それはっ!きぃーちゃん!!え、うそっ!この前救出したばっかなのに今度は別バージョンが出てる!うわ―欲しいな』

台に貼りつく夜鷹の反応に跡部は「これにする」と決めた。どうやるのか夜鷹に説明を聴きながらお札を両替して100円玉を一枚投入した。
ボタンを押して横へ移動させ、別のボタンを押して今度が上下に動かす。決まった位置に到達するとボタンから離しアームがぬいぐるみを掴むために開き、持ち上げようとするが、弱かったのかぬいぐるみは少しだけ持ち上げてからコロリと転がった。

「なっんだこれは!」
『ああ…アームが弱かったんだね。多分ここの台は右のアームが弱いっぽい』
「そんなのあるのか」
『うん。多分こういうぬいぐるみ系は持ち上げるよりころがして最後押しこむのが定石かな?100円で獲れるようなゲームじゃないから仕方ないよ。まずは小手調べが出来ただけでもよしとしないと』
「つまり最初のゲームは捨てゲームってことか……奥が深いな」
『そうだとも。嫁を救えるかは己の腕次第…だから面白いんだよね』

ヘラっと笑う夜鷹の顔を見て跡部は先程10枚くらい100円を両替したのでそれを取り出してもう一度投入口にコインを滑り込ませた。

「俺様は負け戦は好きじゃねえんだよ」

そう言って再び挑戦した……30分後。やっとぬいぐるみが落下し入手したことには夜鷹は感動のあまり目頭を抑えて跡部とハイタッチを交わした。

『おめでとう…!きみの熱意には完敗だよ!』
「なに泣いてんだよ……ったく。ほれ。お前にくれてやる」

腕の中に無理矢理押しこんだ跡部に夜鷹は腕に抱き込み首を傾げる。

「好きなんだろそれ」

その言葉を訊いてから夜鷹は全てを理解しぬいぐるみを抱きしめてお礼を述べた。
そんな彼らの後ろでは動画を回していた乙藤は涙を流し、江口は上を向きながら彼らの腕には大量の戦利品が詰められていた。勿論、夜鷹のフィギアは300円で入手できていた。

「休憩しようぜお二人さん」

江口の言葉に倣い四人は一度ゲームセンターから外へ出て馴染みの店である夜鷹の実家が経営している喫茶店へ足を運ばせた。



■ ■ ■




『お客さん三人連れてきたよ』

店内へ入ると夜鷹がカウンターに声をかける。そこには珈琲を作っていた月子が顔を上げて視界に娘の友達が映れば笑って「どうぞ」と席をすすめた。四人掛けの席に案内した夜鷹は『ちょっと待ってて』と店の手伝いをするために席から離れる。勝手を知る乙藤、江口はセルフサービスのようにショーケースに鎮座しているケーキを眺めながら跡部にもどれにするか訊ねていた。

「セルフか?」
「違うわよ。夜鷹たち忙しそうだから自分たちで取るの。勝手知ったるなんとやら」
「一応アルコール消毒するし、オレが取るから注文うかがいますお二人さん」
「あたしは……オレンジタルト」
「おまえは?」
「ナポレオン」
「おっけ。じゃあ俺はガドーショコラっと。夜鷹、取っていい?」
『いいよ。飲み物は紅茶でいい?』
「夜鷹が淹れてくれるならなんでも」
「オレもいいよ」
「構わねえ」

エプロンをした夜鷹が食器を下げながら準備をしている。数分後、トレーにカップを乗せてやってきた夜鷹はやっと椅子に座った。

「おつかれ」
『ごめんね、何か慌ただしくなって』
「仕方ないだろんなの」
「ここはお前の店か?」
『うん。そうだよ』

紅茶を一口飲みながら背もたれに埋もれるように疲労感が漂った。そんな彼女を見ていた跡部の瞳と夜鷹の瞳が重なる。互いに見つめ合っていると乙藤が間に入る。

「やっぱあんたどっかで見たことあるのよね」
『私も。でもどこだったか思い出せなくて』
「そういやオレもなんか見覚えあんだよな」

遂に江口まで記憶と相談をし始め、跡部は6つの瞳に探られる。身元をある意味隠している跡部だが若い年齢層も少ない店内を瞬時に把握し、ここでバラしても問題がないことを知るとウィッグを外そうと手を伸ばした。だがそれはお客の「すみません」という声に寄って遮られる。夜鷹は立ち上がり『ごめん』と断りを入れてから席を立ち、接客に向かう。すると乙藤もお手洗いへと席を外し、江口はスマホに電話がかかってきたのか「悪い」と店の外へとそそくさと出て行ってしまう。正体を明かす前に散ってしまった観客とは虚しいものだ。残された手品師は静かに紅茶を飲んでいると月子がやってきてクッキーがのった皿を置いた。

「夜鷹ちゃんの新しいお友達?」
「あ、まあ…」

歯切れの悪い返事を返したというのに月子は跡部に向かって嬉しそうに微笑む。

「あなたお名前は?」

観客がひとりになってしまったが、求められれば答えなくてはならない。跡部は満を持して幕を下ろした。

「跡部景吾だ」



本来の主人公の設定を思い出した話であり、跡部さまクラスになるとこういう女の子は見たこと無いだろうなって思って書いた話は本編に繋がったりします。私は完璧な跡部さまより少し面白い跡部さまのほうがすき。うろたえたりする方が好きなのでした。本編につづく→

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