八つ当たり
「あ、おかえりなさ…んわっ…!?」
『ゔ、うぅぅ…かなたのばかぁ…ばかばかばかばか…!!』
リビングの扉を開けばソファでぬいぐるみを抱えながらテレビを見ている奏汰がいた。普段とは違い少し寂しそうな笑みを浮かべる彼にお構い無しに私は持っている荷物を全て投げ捨てて飛びついた。彼の服に化粧が着こうが、涙が滲もうが、服に皺が寄ろうがお構い無しに、ばかと奏汰に抱きつき、八つ当たりをした。もちろん彼は何も悪くない。仕事があって家を空けるのも仕方がないこと。けれどどうしても辛い思いが膨れ上がり、感情が上手くコントロール出来なかった。
その日は天気が悪かったこともあり、いつもなら笑って躱すことの出来ていた上司の冗談が全て心に刺さり、パワハラともセクハラとも思える度の過ぎた発言によって幼少期から心が強くはなかった心はそれらのせいでぽっきりと折れてしまった。
「…ごめんなさいね、ほんとうに『つらい』ときにそばにいられなくて」
違う、奏汰は何も悪くないの。そう言いたいのに涙は止まらず、嗚咽交じりに泣くことしか出来なかった。そんな私にも奏汰はいつも通り優しく、その冷たい手で何も言わずに頭を撫でてくれた。暫くして何とか落ち着き、彼の手を握りながら隣に座る。その間もずっと奏汰は心配そうな表情を浮かべていた。
『……八つ当たりしてごめんね』
「いいんですよ、きにしないでください」
「……みやび」
『……なに?』
__おしごと、やめましょう?
じっと私の目を見て口を開く奏汰から聞こえたのは仕事を続けることに対する否定。高校生の頃からずっと言っていた夢を叶えた私にその言葉を掛けるにはとても悩んだだろう。
『…でも、人手不足だし、私はこの仕事が大好きで……』
「けれど、そのだいすきなしごとのせいでくるしんでいるんでしょう?」
『……それは上司が嫌なだけで…』
「あなたが『こころ』をくるしめつづけるくらいなら、ぼくはやめたほうがいいとおもいますよ。」
私は何も言えなくなってしまった。彼の意見が真っ当と思ってしまったから。けれど、私はこの仕事が好きで、誇りを持っている。人の悲しみに寄り添う究極のサービス業と呼ばれるこの仕事を、私はこれから先何十年も続けるつもりで入社したのだ。
…けれどそこは私が思い描いていた物とは違った。仕事はさせて貰えない。かと思えばいきなり他県へ出張させられ、そこで貰えるはずの手当も貰えず、今では上司による度の過ぎた発言を浴びせられる始末。けれど何も出来ない私にかなりの先行投資をしてくれた会社へ恩返ししたい気持ちはもちろんある。きっと私が仕事を辞める踏ん切りがつかないのはそこが1番の理由だろう。
『でもすごく先行投資してもらってるし、絶対に引き止められるし…』
「それはかんけいありませんよ。いくら『せんこうとうし』してもらったとしても、『くるしい』のならやめればいいんです。それに、ぼくは『こころ』をすりへらしているあなたをみたくないですし」
揺らぐ。決心が揺らぐ。彼が言うのならそうなんだと、彼の言う通りだと。これから先、もっと酷い言葉をあびせられる可能性があるのなら、会社に恩を感じる必要も無いし、心がダメになるくらいなら早いうちに転職するのもひとつだろう。意思が弱いと周りには言われるかもしれない。けれど、自分を守るためにも、仕事を辞めるのは悪くないことなのかな。と。
『……なら次のお仕事探さなきゃね』
「…くすくす、そんなにいそがなくてもいいですよ」
なんせぼくには『かせぎ』がありますからね。えっへんと笑う奏汰。その姿が可愛らしくて思わず笑ってしまった。
「あなたにはえがおがにあいますよ」
『かなたのおかげで元気出た、ありがとうね』
「うふふ、これからもっと『げんき』にさせてあげますよぉ〜♪」