不安と恐れ


  ガチャガチャッ!バタン!

 騒がしい扉の開閉音に、奏汰が帰ってきたんだなと意識が向く。開かれる扉にはその勢いとは正反対なものすごく落ち込んでいる奏汰の姿があった。俯きながら近付いてくる奏汰からは正直生気がないように見えた。

『おかえりかなた』
「………か?」
『え?』
「…『しゅっちょう』、いかないとだめなんですか?」

 彼は私が昼前に伝えた出張のことがずっと頭の中でぐるぐるしていたようで。そんな悲しそうな顔をさせたくなかったな、なんて思っていると私はいつの間にか彼の腕の中に包まれていた。

「…こんどこそあなたが『しんじゃう』きがして…どうしてもいかないといけないんですか…?」
『上に言われてるし、下っ端に拒否権なんてないからさ〜』

 あはは。と笑うと彼はさらに悲しそうな表情を浮かべる。このしんみりとした空気を払拭しようと行う行動が全て空回りして、自分のせいで更に奏汰に悲しい思いをさせてしまっている。その事実がとても辛かった。

『……まぁ、出張もなんとかなるよ。今回は行くとしても二ヶ月だけっぽいし』
「……どうしてそんなに『からげんき』でいるんですか?ためこまずに、つらいならつらいっていってください」
『ぁ……う、ん…』

 耐えていたはずが奏汰の言葉にじわりと視界が滲む。作っていた笑顔は段々と醜く歪み、口からは嗚咽が漏れ出す。震える手で奏汰の背中に腕を回し、力を込める。

『……しゅっちょ、いきたく、ないよぉ…っ……かなたと、あえないのも、いやだぁっ…』
「……」
『こんどこそ、ほんとうにしんじゃ、いそう、でっ…こわいよぉ…っ』

 口から本音が零れる。前回の出張では、自ら命を絶つ一歩手前までの準備が整っていた。それほど辛くて、寂しくて。十九にも関わらず知人すら居ない他県に飛ばされるのは孤独感がすごかった。距離があるせいで奏汰に助けを求めることも出来なかった。

 もちろんその事を知った彼にはもちろんしこたま怒られた。なぜ自分を頼らなかったのか、そうなってしまうまでなぜ一人で溜め込んだのか…。あの彼が目に涙を浮かべながら怒る姿はその時初めて見た。その姿があまりにも衝撃的で、それと同時にどうしてこんなに自分を愛してくれる人間がいるにも関わらず1人で溜め込んで、この命を捨てようとしてしまったのだろうかとも思った。

「おねがいです、『しゅっちょう』だけはやめてください…ぼくのしらないところで『たいせつ』なあなたがいなくなっちゃうのは『さみしい』です…」

 わんわん泣きじゃくる私の頭を優しく撫でる奏汰。こんなにも私を愛して、共に苦しんでくれる人間なんてなかなか居ない。そんな彼のためにも生きたい、そんな彼のためにもどうにかして自分の命を粗末にしないように生きられるための解決策を考えよう。そう思わせてくれる彼はとても偉大だ。

『……とりあえず…部長に出張は嫌だっていう旨を伝えようとは思う……どうなるかは分からないけど』
「…どうしてもまだ、おしごとはやめないんですか?」
『冬のボーナス貰ってから辞めようかなって。少しでもお金手元に欲しいし』
「……そうですか」


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