「あかーしー!!」
「うわ、……なんですか」
「赤葦好きな人いるってほんと!?」
「は?」
赤葦の真ん中のあ≠伸ばして呼ばれて立ち止まる。常日頃から聞いている音であるが、その声は慣れたものではなく高くて細いものだった。声のする方へ顔を向ければ教室と廊下を繋ぐ窓に体を乗せながら大きく手を振っている先輩がいた。
この人はいつも赤葦としっかり発音するのにまたどうして木兎さんみたいな呼び方なんだろう。
キラキラと期待に目を輝かせている先輩に嫌な予感がしつつも一応先輩であるから返事をすれば、ビンゴ。嫌な予感ほど当たってしまうこの世の中を何とかしてほしい。
「誰がそんな、……あぁ」
一体誰が先輩にそんな事を吹き込んだのか。可能性として一番あり得るのは木兎さんだけど、と考える暇もなく。申し訳なさそうに目を逸らす木葉さんが先輩の後ろに見えて、犯人は簡単に見つかった。
「木葉に教えてもらった! ねぇねぇ誰? 赤葦誰が好きなのー?」
そして答え合わせもすぐに出来た。
「知ってどうするんですか」
「え? 応援するよ〜! かわいい後輩だもん」
「……女の人ってそういう話題好きですよね」
「恋バナ? 好き好き!」
呑気にニコニコと笑っている先輩の頬を摘まむ。年上だとか関係なしに両サイドへ引っ張ると、ふにゃふにゃとした言葉で「なにすんの!?」と驚いていた。目元は笑ったままなので怒ってはいない事が読み取れるが、そもそもこの人はこんな事で怒ったりなんかしない。
「木葉さんが先輩と俺をからかってる可能性は考えないんですか」
「木葉はそんな事しないって! ね? 木葉」
「今俺に振るの?」
パッと手を離しても変わらず能天気に笑っている先輩をどうしてくれようか。反対に困った顔をしている木葉さんに視線を送れば一瞬だけ合ったのちに逸らされた。口にはしていないものの謝罪が聞こえてきそうだ。申し訳なさそうにするぐらいなら言わなければいいのに。勝手に被害者を作らないでほしい。
「こいつがしつこくて……スマン」
「あぁ……しつこそうですもんね、先輩」
「それは失礼じゃない!?」
「厳正なる抽選の結果赤葦には犠牲になってもらうことになりました。おめでとう」
「何もめでたくないんですが……」
もう犠牲ってはっきり言っている事については突っ込んだ方がいいのだろうか。いやめんどくさいし結果は変わらないのだから別にいいか。今日の自主練には木葉さんにも最後まで残ってもらう事でこの件はチャラにしよう。
それよりも俺と木葉さんが話している間にも俺の好きな人がそこまで気になるのか、ずっとブレザーの裾を引っ張って「ねぇねぇ」と声をかけてくる先輩をどうするべきか。
「木葉嘘ついた? 赤葦好きな人いない?」
「いますけど」
「やっぱり!!」
何がやっぱりなんだろうか。
溢れんばかりの輝きを目の中に溜めて、それでも収まりきらなかった輝きは端からポンポンと飛んでこちらに刺さってくる。
「誰? 誰?」
「……そんなに気になりますか」
「うん!!」
とてもいい返事。たまに思うがこの先輩の精神年齢はどうなっているんだろうか。この調子でいる時は年下だと言われたって信じてしまいそうになる。普段はしっかりしている方だと思うし、確かに笑った顔はふにゃふにゃにはなるけれど。
「……誰にも内緒ですよ?」
「うん!!」
手招きをして腰を曲げる。先輩と頭の位置を揃えて、耳に唇を近付ける。引っ付いてしまいそうなほど近い距離に「え?」と困惑した声が聞こえた。先輩越しに見える木葉さんの顔はうんざりとしているが、事の発端は彼なのだからそんな顔をしなくたっていいだろうに。
「俺の好きな人はですね」
「う、うん……!」
騒がしい校内じゃ普通に声を出したって誰も気に留めないだろうし、そもそも聞こえないだろうけれど。出来る限り小さな声で、声のトーンを落とす。これは大きい声で俺を呼び止めた仕返しという事で。
動揺の色を含んだ声が聞こえる。その顔を見れないのが少し悔しい気もするが、次に変わるであろう顔はしっかりと見させてもらう予定なので問題は無い。
さて。どんな顔が見れるのだろうか。
今の結果がどうであれ最後は手に入れるつもりだから、どんな反応が返ってきたっていい。心躍る感情に口角が上がる。
あなたですよ≠ニ言うまで、あと――