国見英には昔から誰にも言えない秘密があった。友達は疎か実の両親にさえ言えてはいない。恐らくはこれからもずっと誰にも言えはしないだろう、そんな秘密が国見にはあった。 秘密とは言っても何もはじめからそれが誰にも言えないものとして国見の中で燻っていたわけではない。 現に物心がつくまでは普通でしかなかったそれが秘密になった日のことを国見は高校生になった今でもよく覚えている。 忘れることなんて出来るはずもなかった。 国見には自分が思っている以上に鮮明にその日の記憶が脳の底に、瞼の裏にこべりつくようにして残っていた。決して忘れられないこととして。 Kの肖像 act1-国見英の秘密 国見の秘密にはじめて気がついたのは自宅から車で2時間はかかる山奥にある小さな農村に住んでいた母方の祖母だった。大型連休のたびに帰省する田舎特有のだだっ広い平屋に一人で住んでいる祖母は、初孫である国見のことをそれはもう可愛がっていたのだけど。すべてが変わってしまった日。常識という概念が180度様変わりしてしまった日。普通だったそれが秘密に変わったその日も、国見は両親に連れられていつも通り帰省していた。 「遠いとこからよぉ来たねぇ。ほら。はよお上がり」 当時小学低学年だった国見は祖母の皺だらけの手に引かれながら屋敷に上げられた。夏休みのど真ん中。お盆休みということもあってか、親戚中があつまった祖母の家は昼間っからどんちゃん騒ぎで。大人たちは早くから酒がまわり、一人オレンジジュースを飲んでいた国見に「好きな女の子は出来たんか?」だの。「気になる子が出来たらとっとと唾つけときゃないけんべや」だの。意識も虚ろに絡んでくるものだから、当時の国見はまだ小学生だというのに「めんどくさい」と一切元気のない生気のない青白い顔で部屋の隅っこに疼くまっているしかなかった。 元々活発な性格ではなかった国見には今考えても、顔もろくに知らない大人ばかりのこの空間に放り出されるという行為はあまりに酷なものだったように思う。 実際、国見はお盆休みのこの集まりがあまり好きではなかった。 祖母はとても優しくて好きだったけれど、親戚の中に年の近い子供がいなかったからつまらなかったということも多分大きかったのだろう。そのため国見はお腹だけ膨らませると、決まって屋敷の裏庭でひとり。大人たちから逃げるように遊ぶことにしていた。 その日もそうだった。 「ばぁちゃん、裏庭で遊んでくる」 適当にごはんを摘まんで満腹になった後。台所で新しい瓶ビールを用意していた祖母に、そう言った国見は、家から持ってきた数少ない荷物のうちのひとつ。真新しいバレーボールを抱えると騒がしい大人たちの集まりから抜け出した。 祖母の家の裏庭は、ちっさな家庭庭園が隅っこにあって彼方此方で色とりどりの花が咲いている。そこは園芸が趣味だという祖母の小さな箱庭で、そんな緑豊かな場所に、ポツンと一つ。小さなバレーボール用のネットがはられていた。 完全に景観を損ねているそれは、国見がバレーボールを始めたと聞きつけた祖母が、昨年誕生日プレゼントにと国見に買い与えたもので、国見の大切な宝物だった。 国見は暫くの間、サーブの練習をしたりオーバーハンドパスの練習を繰り返しした。バレーボールははじめて一年程で技術的に上手だとは決していえない代物だったけど、とても楽しかった。 汗まみれになって。息も上がる中をひたすらにボールを追いかける。それを反復するよう繰り返す。ただそれだけなのにそれだけのことがたまらなく楽しいのだ。運動することはあまり好きではなかったが、バレーボールだけは特別だった。 盆らしく、辺りでは蝉がけたたましく鳴いていた。どれくらいそうしていたかはわからない。そうこうしていると国見はふと声をかけられ、驚いたように振りかえった。 「ねぇ 僕も一緒にしてもいいかな?」 「え、?」 いったい何時からいたのだろうか。振り向いた先には自分とそう年のかわらない男の子がいた。見覚えはない。はじめてみる顔だ。男の子は透と名乗った。 「いいよ、一緒にしよ」 親戚には年の近い子供はいなかったため、この時国見はきっと近所に住んでいる子が入ってきたのだろうなと思った。 透は笑った顔が少しだけ祖母に似ている気がした。 それから国見は透と二人、ラリーをしたり、スパイクの練習なんかをして沢山あそんだ。 そうして夕陽も沈みかけて、自分の顔も庭園の花もバレーボールも、みんな見分けがつかないくらいあかく染まった頃。 「英ちゃん、そろそろ帰っておいで?」 「っ!」 遠くから祖母の声がして、国見は遊んでいた手を止めた。 祖母の足音がしている。 「ごめん、透。俺、もう帰らなきゃーーーっ、て、 あれ?透?」 国見は祖母に呼ばれて一瞬逸らした視線を戻したが、断りを入れようとした先にはつい先ほどまで目の前にいた透の姿はなかった。 かわりに透が立っていたその場所には、小さな水溜りが出来ていた。 物理的に考えて、たった1、2秒で目の前にいた人間が消えることなんて出来るわけがないというのに。 「・・・透?」 辺りを見渡しもしたが、自分の影以外に人影らしきものすら見えなかった。 「どうかしたのかい?そんなに驚いた顔をして」 「ばぁちゃん・・・」 国見はこの時、確か。嗚呼、透は自分とは違う人だったんだな。と理解したのだと記憶している。事の旨を祖母に話せば、祖母は顔を真っ青にして国見を抱きしめた。 「英ちゃん、お前、視えるんだねっ」 「えっ?」 「いったいいつからなんだい?嗚呼、どうして、お前が・・・」 そう言った祖母の顔は多分泣いていたんだと思う。涙は流れていなかったけど。声は聞いたことがないくらいに震えていた。 「ねぇ、ばぁちゃん。どうしたの?なかないで。やっぱり俺が可笑しいからないてるの?でも本当なんだよ、みんなが見えない人がみえるんだ。母さんや父さんに言っても何言ってるのって言われるけど、ちゃんとみえるんだよ」 「可笑しいことなんてあるもんかい!ばぁちゃんもそうさ。ばぁちゃんも英ちゃんと一緒なんだよ。でもね、あまりその力はひけらかしてはいけないんだ。人間は人と違うものには酷く敏感だからねぇ」 そう言うと祖母は国見を抱きしめていた腕を緩めて、額と額をコツンと合わせる。 「・・・友達にも?」 尋ねれば、祖母は少し考えてから言う。 「そうだね。英ちゃんが何でも話せる大事な友達だったら大丈夫だろうよ。でもその力がみんなを傷つけることがあることを忘れちゃいけん」 「・・・うん。わかった」 それから祖母は国見の手を引くと [←] | [] |