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昨日が終わって、 その昨日とはさほど変わらない今日が来る。 明日もまた、昨日と今日と同じような日になって…… 私の毎日はそんな風に平凡に過ぎていくのが当たり前だと思ってた。 ――昨日の夕方、突然の雨に降られるまでは まったくお前という奴は 〜主任と私 Part.2〜 朝、いつもより1時間も早く目を覚まして、何があるという訳でもないのに朝ご飯も早めにとる。 いつも見ている朝の情報番組を、インスタントのコーヒーを飲みながらボーっと眺めているけれど…… 全然頭に入ってこない。 コーヒーカップを右手に持って左手に持った携帯電話をまた覗く。 主任から届いた初メールがこの中に入っていて、そのあまりにも味気なさに、何度読んでも笑いがこみ上げる。 ―――――――――― 件名:今日はありがとう 本文: もし、予定がなければ金曜の夜に食事に行かないか? それから、分かってると思うけど、 今後も職場ではいつも通りに振舞ってくれ。 おやすみなさい。 ―――――――――― とても恋人に宛てたメールとは思えないんだけど… 主任にはこれが精一杯ってことなのだろう。 それでも、全く裏表のない素直な感じが今の私にはとても嬉しい。 この人は絶対に私を騙したり、嘘をついたりはしないんだろうなと思うと、別に過去にひどい裏切りを経験したわけではないけれど、安心感に包まれているような気にすらなってしまう。 昨日まで。いや、ほんの数時間前まで…… 彼に対して全く恋心を抱いていなかったのに、まるで一目惚れをしたかのように彼のことが好きになっているみたいだ。 人生って……何が起こるか、本当に予測できない。 ふと目に入った置時計が7時10分を回っているのに気付いて立ち上がる。 今から大急ぎで準備をすれば33分の電車に乗れそうだ。 主任はいつも私より早く出勤しているはずだから… 運が良ければ、同じ電車に乗り合わすことができるかもしれない。 絶対にその電車に乗っているという確信があるわけでもないのに、 そんなことを考えた瞬間から心が躍って、大急ぎで支度しているのに鼻歌まで出てしまいそうだ。 「よし!行ってきます!」 誰も居ないひとり暮らしの部屋に向かって挨拶をして、 昨夜の雨が嘘のように晴れた空を一瞬見上げて駅に向かって走った。 8両編成の車両の果たして何両目に乗れば会えるのだろう?なんて…… 乗っているとは限らないのにまたしてもそんなことを考えてみる。 電車の何両目に乗るかという話題が会社で出たことなかったっけ? 走りながら、頭の中で記憶をさかのぼってみる。 「よそのこととは言え、ああいう事故があるまでは先頭車両に乗ってたけど、今は最後尾に乗ってる」 大きな列車事故があった時、社内でも話題になって数人で喋っていた気がするけど…… あの言葉を言ったのは果たして主任だったのか?それとも別の人? 「時間に余裕を持って出てるから、改札に一番近い車両に無理矢理乗る必要はない」 この言葉は間違いなく主任だ。 それならば今日も一番後ろの8両目に……乗っている。かな? ホームに続く階段を下りていると、ちょうど電車が来る音楽が鳴っているのが聞こえて、その軽やかなメロディに合わせて軽快に階段を下りる。 8両目の電車が止まる位置で電車を待つ。 扉は開くけれど、降りてくる人はいない。 そしてこれから乗る人は、私を入れて6人……。 乗れるかな……? いつも私が乗っている電車より、少しだけ車両内の人口密度は高そうだ。 会社の最寄駅までは3駅。途中の2駅とも扉が開くのは反対側の入り口で、私が降りる駅では、こちら側の扉が開く。 つまり、ギリギリで乗る方が降りる時は最前列で降りられるという計算だ。 前の5人が乗ったのを確認して、足を踏み出す。 鞄を前で抱えながら何とか右足を車両の床に滑らせるけれど、左足の置き場が定まらず、まだホームでもたついている。 もう少し奥に詰めてくれると余裕はあるはずなのに、扉の前は人できゅうきゅうだ。 「すみません」と小さく声を出して何とか左足が車内に乗って、ほぼ同時に笛が鳴る。 ふぅ、とため息を吐いたその時、 「吉田?」 「えっ?……あ」 「お前、何やってんの?」 電車に乗ることばかりに気を取られて気付かなかったけど、 ちょうど壁のように目の前に立っているその人は、 「仲川主任」 昨夜、正確に言うとつい11時間前に恋人になったばかりの彼だった。 「お、はようございます」 「……いつもこの時間じゃないよな?」 混んでる車内で、小声で会話をする。 「えっと……賭けを、してみただけです」 「意味が分からん。昨日の残務を朝するのか?」 人の気も知らないで、そんなとんちんかんなことを尋ねてくるから 「主任と、」 「えっ?なに?」 少しだけ、顔を近くに寄せてくれるタイミングを見計らって小声で囁く。 「同じ電車に、乗りたいなと思って」 「……昨日言ったこと。忘れてないだろうな?」 「わ、分かってますっ」 主任との会話は終始小声だけれど、 それでもすぐ隣にいる人には聞こえているかもしれないから…… やっぱりこういうの、ダメだったかな? 駅を一つ、二つと通り過ぎて、 ようやく降りる駅が近づいてくる。 その間、背の高い主任は電車の扉の上の壁に手をついて 私との空間をずっと保ってくれている。 同じ電車に乗れたら嬉しいなと思っていたけれど、こんな風に気遣ってもらわないと満員電車をやり過ごせないようでは…逆に迷惑を強いているようなものだ。 「扉。気をつけろよ」 「あ、はい」 電車の扉が開くその瞬間にもちゃんと私のことを見てくれて注意を促してくれる。 嬉しいけれど、やっぱりちょっと情けない。 比較的、人の多く降りる駅だからまた人の波にもまれてしまいそうだなと思っていたら、肩がコツンと何かに当たる。 「後ろ、ちゃんとついてこいよ?」 すれ違いざまに私よりも前に行き、斜め後ろを振り返るように、主任は私に言ってくれる。 彼の背中に隠れるようにすぐ後ろについていると、歩きやすさが全然違う。 「ありがとうございました。2本前の電車ってあんな状態なんですね……」 人のかたまりが改札でばらけて、ようやく普通に歩けるようになる。 主任と一緒に信号待ちをしながら。とりあえずお礼だけはと声をかけた。 「まったくお前という奴は……」 「……すみません。もう、乗りませんから今日の電車」 「帰りにしてくれ、同じ電車に乗りたいなら」 「えっ?」 信号が青に変わって、隣を歩きながら会社に向かう。 「同じ路線だし、駅で会ったと言えば怪しまれることはないだろうけど」 「あぁ……」 ひょっとしてこの先、同じ家から出勤することを想定して言ってくれているのだろうか。 「そんなあからさまなことする人いませんよ」 「キミはそういうことをするタイプだと思うがな」 「名前で呼んでくれないんですか」 「出勤中にそういうことを言うなと言ってるんだが」 「主任!」 その言葉に。ピタリと立ち止まるから危うく追い越してしまいそうになる。 「そっちこそ。俺を名前で呼べるのか?」 ニヤリ、と。 意地悪く笑われると、思わず一歩後退してしまいそうになる。 仲川博史。 まさか私の人生で、彼を“博史さん”と呼ばなければならない日が来るなんて…… 「無理です」 昨日まで天敵だったくせに。 「じゃあ、会社で“さっちゃん”と呼んでやろうか?」 私の名前が沙知だからって、さすがにそれはないだろう。 確かにそんな風に呼ぶ先輩もいるけれど…… 「できっこないくせに」 「やれと言うなら呼んでやってもいいぞ」 「結構です」 昨夜“社内恋愛はリスクが高い”と言っていた本人とはとても思えない。 「私、そこのスタバで時間つぶしてきます」 会社の隣の大きな生命保険会社のビルには、1階にスターバックスが入っている。 同じ時間に、しかも私なんて普段よりかなり早く出勤するのはあまりにも不自然だから出勤時間には差をつけなければならないだろう。 「それがいいだろうな」 「じゃ、行ってらっしゃい」 「あぁ。……沙知、」 「えっ?」 今、何と? 「同じ電車に合わせるとか俺には考えもつかなかった。おかげで満員電車がちょっと快適だった」 「あ……」 「のんびりしすぎて、遅刻するなよ?」 「しませんよ、そんなこと」 「じゃな」 照れ隠しのつもりなのだろうか、 私の顔を一度も見ないで、主任は足早に私の隣から去っていってしまった。 初めて名前を呼んでくれたことが嬉しくて、赤くなってないだろうかと自分の頬を触ってみる。 私も、今度はちゃんと名前で呼んであげようと心に決めて、 雲ひとつない青空を一度見上げ、カフェに足を踏み入れた。 せっかくだから今朝は 甘い甘い、キャラメル系をいただくことにしよう。 -END- (ツンデレ主任万歳♪さりげなく電車でスペース開けてくれるとか、たまりませんねw) | ||||