「あ! フェイスくん、ちょっとだけ寄っても良い?」
私が指を差した先にあるのは、ヒーローグッズのショップだった。何を見るつもりなのかなど考えなくても分かるようで、フェイスくんには呆れ交じりの溜め息を零される。何処かで待っていてくれて良かったのに、気怠そうにしながらも律儀に店内まで着いてきてくれるところが優しい。
「また俺のグッズ買うつもりなの? 家に腐るほどあるじゃん」
「大事にしてるから腐ってないもん。新しいグッズはすぐ見ないと売り切れちゃうんだよね」
イケメン揃いのヒーローの中でも断トツで顔の良いフェイスくんは十三期生の稼ぎ頭とも言われていて、知名度も上がってきたこの頃はグッズが発売された当日に売り切れる、なんて事も珍しくない。今日はハロウィンに向けた新グッズが並ぶ日だ。何処に何があるかを完璧に把握している私は興味深そうに辺りを見回している恋人を置いて、早足でウエストセクターのコーナーを目指す。

突然のヒーロー御本人の登場にあちこちから女性の黄色い声が上がる。彼の面倒事を避けたがる癖が出たようで、一人で新商品の物色していた私を見つけると肩に顎を乗せてピッタリと寄り添ってきた。大方デート中という事をアピールしたいのだろう。そうすればファンの子達の殆どは気を使って声を掛けてこないから。
「目当てのものはあったの?」
「うん。見て見て、ハロウィン限定のアクスタ!」
大分減ってはいたけどまだ在庫があった事に安堵し、流れるようにカゴに入れたアクスタを見せる。私の手に収まるサイズのフェイスくんは吸血鬼をモチーフにした衣装に身を包んでいた。エリオスチャンネルに載せられた事前情報によると、今月末に開催されるハロウィン・リーグには、ウエストは全員お揃いの衣装で出場するらしい。黒いマントをはためかせて戦うフェイスくんの姿を想像するだけでドキドキして動悸が激しくなる。
「実物はもっとかっこいいんだろうな……」
「その実物なら此処にいますけど。本人と付き合ってるっていうのにこんなの買う必要なくない?」
「それはそれ! これはこれ!」
私の熱意はフェイスくんに全く伝わらなかったようで、返ってきたのは全く気のない生返事だった。薄過ぎる反応もお構い無しに嬉々としてカゴの中の物を一つ一つ説明していると、ついでに買おうと思って入れたジュニアくんとキースさんのグッズを陳列棚に戻そうとされた。手を掴んで止めると、不満を隠そうともしないじっとりとした視線が刺さる。
「別にこれはいらないでしょ、お金の無駄遣い」
「い、いるよ。フェイスくんがお世話になってる人達だし」
「どっちかって言うと俺がお世話してるんだけどね」
「どちらにせよ同じセクターの仲間でしょ。フェイスくんがなんと言おうと絶対に買うから!」
静かなる攻防の末に私が力負けして、二人のアクスタやブロマイドは棚に戻されてしまった。隙を見てカゴに入れたところで、見つかってしまえば同じ事の繰り返しになるのは目に見えている。後日買いに来ようとこの場は潔く諦める。フェイスくんだけだと寂しいだろうから三人で並べようと思っていたのに。
他に余計なものが入っていないか底の方まで確認しているフェイスくんの目付きは真剣そのものだった。その凛々しい表情はもっと別のところで見たかったと思いながらも、私は何故そこまで厳しくチェックをしているのかが分かってしまい、ニンマリと目を細めて笑う。
「ねえねえ、もしかして嫉妬してる? 私がフェイスくん以外のグッズ買うの嫌だった?」
問い掛けると、ぱちぱちと瞬きを繰り返すマゼンタピンクの瞳が私を見つめた。
「してないよ。ただ彼女なのに俺以外のグッズを買うのは可笑しいんじゃないのって思っただけ」
世間ではそれを"嫉妬"と表現するんじゃないか……。
最もらしい事を言って正当化しようとするフェイスくんが可愛くて頬の緩みが抑えられない。私が嫉妬と捉えたものはフェイスくんにとっては勘違い、もしくは思い上がりなのだろう。それで私がニヤついているのが面白くなかったのか、付き合いきれないとでも言いたげに澄ました表情でスマホを触り始めた。
「早く買ってきなよ」
「たまには素直になれば良いのに」
「あーもう、うるさい」
これ以上からかうと本格的に機嫌を損ねそうだったから、促されるままレジに向かって会計を済ませる。思っていたよりいいお値段だった。

一番大きいサイズのショッパーを片手に、先に店を出て待っていたフェイスくんに声を掛ける。流石はオム・ファタール。ただ突っ立ってスマホを弄っているだけなのに、雑誌の撮影でもやっているのかと勘違いするようなオーラがある。
「あれってフェイスじゃない?」「やば、本物ガチでイケメン」二人組みの女の子が浮き足立った様子で目の前を通り過ぎた。好奇の視線に晒されるのは慣れているのか、フェイスくんはそちらには見向きもせずにスマホを片付けると、私の手元を見て「大荷物だね」と薄く笑った。当たり前のように私の荷物を代わりに持ってくれる男らしさにキュンと胸が高鳴る。
「やっぱりフェイスくんって人気なんだね」
「どうも」
「まあ一番のファンは私ですけど」
「だねー、お昼ご飯どうする?」
軽くあしらわれた事が悔しくて、仕返しに人目も憚らず腕を組んで密着する。こら、と緩く注意をされたのも無視して、逆に胸が押し付けられるくらいに距離を縮める。拗ねた私にはどれだけ言っても無駄だと覚えたらしくフェイスくんはそれ以上何も言ってこなかった。すっかり秋っぽくなった冷たい風に吹かれ、肌寒さを感じていたところに腕から伝う体温が心地よく感じた。

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