始まり


ここ数ヶ月、雄英高等学校の男子生徒の間ではとある噂で持ちきりだった。男子生徒があっちでこそこそ、こっちでこそこそ。互いの顔を寄せ合いっている。
もちろん、ヒーロー科の学生たちも例外ではない。他の科の生徒たちほどではないものの、特にその噂に強い興味を持つ男子生徒が1人いる。
ヒーロー科A組、出席番号19番、ブドウのような髪型が特徴的な男子生徒、峰田 実みねた みのる。無類の女好きの男子生徒。

峰田は好きなものは? と聞かれて、女! と声高らかに応えるような少年だ。彼がいつからこんなにも女好きになったのか、それはこの際どうでも良いとして、彼は本当にどうしようもない程に女が好きだった。そんな彼が食い付いた噂。……もうどんなものか、想像はついただろうか。

この雄英高等学校で持ちきりになっている噂、それは"18禁ヒーロー「ミッドナイト」よりもオカズになる女子生徒がいる"という噂だ。

峰田はその噂の真実を確かめたかった。噂を知って一月半、学校の通学路で雄英の女子生徒を見かける度、期待に胸を膨らませていた。そして、落胆する。また、噂の女に会えなかったと。峰田の中で悶々と噂の女への思いが募る。

─早くオイラの目の前に現れてくれよぉ……

今日も今日とて、噂の女子生徒を思って涙を浮かべながらベットに入るのだ。





峰田実と、噂の女子生徒の出会いは突然だった。
次の授業は移動教室で、峰田は廊下を走っていた。教室から移動教室までかなりの距離がある。急いで行かなければ、チャイムよりも遅く教室に着いてしまう。そして、曲がり角で誰かとぶつかった。

「うわ!」
「ぎゃ!」

高い女の声。あたりに散らばる峰田の教科書達と、おそらくぶつかった女子生徒が持っていたであろう大量のプリント。

「イテテ……」
「ごめんね! プリントで前見えなくって気付かなかったの……大丈夫?」
「おう、……う?!」

峰田は打った腰をさすりながら、出された手を握ろうと顔を上げた。経営科の制服を着た女子生徒が、峰田を心配そうに手を差し出している。
瞬間、汗がドッと吹き出して、息が上がる。不自然に下半身に熱が集まる。明らかに不自然な峰田の様子を見て、女子生徒は廊下に両膝をついて、峰田の浮いた手を取る。

「ごめんなさい。どこかぶつけた? 痛いところある? 保健室、行く?」

取られた手は、柔らかい。
峰田の顔を覗き込むようにして近付いた女子生徒。ふわりと甘い香りがした。近付いた事で、女子生徒の顔がより近くで見れる。悩ましげに眉を潜めた表情……長い睫毛に縁取られたタレ目の大きな瞳、薄く色づいた頬、ぷっくりとした桜色の唇、肌触りの良さそうな肌、さらりと落ちる髪を耳にかける仕草、峰田の目は女子生徒に釘付けだった。思わず、喉がゴクリとなる。

「……ほんと、大丈夫?」
「あ、あ、……」
「あ? 頭打った? 一応保健室行こう。キミ、ヒーロー科の生徒でしょ。ヒーロー科は午後に実習とかあるって聞くし、もしもの事があったら大変だよ」

座り込んだままの峰田をそのままに、女子生徒は散らばったプリントと教科書を手早く集めた。

「このプリント教室に持っていったらすぐ戻ってくるから待ってて! 」

峰田の横に彼が落とした教科書を置き、女子生徒はプリントを抱えて足早に経営科の教室がある方へ向かった。

「おう……」

女子生徒が門を曲がるのをみて、やっと息を吸えた気がした。身体中の熱が引いて行く。脱力感でその場に寝転がる。

─なんだ、あの女子……! エロ過ぎだろ!!

熱くなっていた股間を押さえる。ナニがとは言わないが、硬くなっている。急なことで峰田自身、戸惑っていた。まだ若いから、思春期だからと言い聞かせても納得がいかない。
まさか一目見ただけで勃起するなど、いくら女好きの峰田といえ初めてのことだった。それも名も知れぬ同級生、同学年の女子。思わずため息が漏れる。

パタパタと廊下を走る音が聞こえる。顔を向けると、先ほどの女子生徒がこちらに走ってきた。

「おまたせ、保健室行こうか」

峰田の荷物を持ち、峰田を立たせる。触れられた峰田は思わず前屈みになった。女子生徒を見てから、また下半身が熱くなる。唸る峰田。こんなところ、女子に見られるのはいくら女好きとはいえ、絶対に避けたかった。

「……ああ、ごめんね。私の"個性"の所為で。私、気にしないから、お腹押さえるフリしたら前屈みでも不自然じゃないから」

峰田は女子生徒の言葉に、頭の上にクエスチョンマークが付く。

「"個性"……? 何か"個性"なんだ?」
「ウーン……自分で言うのは変だけど、キミは私を見て勃起したでしょ? それが私の"個性"なの。こうやって話してるけど、キミにとっては私の声も苦痛なんだと思う。ごめんね、もう関わらないから安心して」

峰田の目の前を歩く女子生徒。
峰田は女子生徒の横に並び、再度顔を横目で見る。女子生徒は俯きがちに歩いているが、憂いのある表情がより、峰田の股間を刺激する。いや女子生徒が視界にいると何をしても股間は、視覚・聴覚・嗅覚で女子生徒を感じ取り、刺激される。彼女の言っていたことは間違いなさそうだ。
女子生徒の言葉を最後に、峰田も何か気の利いた言葉は思い付かず、結局保健室に着いてしまった。

「それじゃ、私は失礼します。先生、彼のことお願いします。だいぶ派手に打つかってしまったので……」
「まかせな。ほら、アンタは授業に行った行った」
「はい……失礼しました。じゃあねキミ、お大事に」

女子生徒が扉を閉めるその瞬間まで、峰田は女子生徒から目が離せずにいた。……そう言えば名前も聞いていない。けど、女子生徒はもう関わらないと言っていた。そんなの悲し過ぎる。自分の気の利かなさに辟易してしまう。思わず、下唇を強く噛んだ。

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