monologue




夏合宿の日


夏の合宿の日のことを考えていて、とんでもない事実に気づいてしまった……! あのとき、彼が吾郎くんの性格を手に取るように把握して、挑発して怒らせて死球恐怖症を克服させたわけだけど、それ以前に顔を合わせたのはたった二度、初対面のときと前日に試合を無理やり申し込んだときのみだと。

しかも何があったかを聞いたのは試合の直前で、それまでに吾郎くんの投げる球を見たのはたった1球、しかも “試しに” 投げた1球だけ。それだけで、あの子が今どんな球を投げるのかを理解し、捕手の小森くんの反応も伺いながら問題点を洗い出したんだ。改めてその観察力には感服する。尊敬しかないすき。

確かに彼は本田さんのことを悪く言って吾郎くんを怒らせたけど、それって彼自身が本田さんのことを尊敬してるからじゃないかなあとも思う。あの子の気持ちが分かるから、敢えて言葉にして感情的にならせて “恐怖” という感情を消そうとしたんじゃないかなあって。(まさか自分に向かって投げてくるとは思わなかっただろうけど!)

形だけとはいえ本田さんを侮辱した、でも実際に傷ついたのは誰? 樫本監督本人、なんだよ。心にも思ってないことを言い自分を傷つけ、吾郎くんの球を頭に受けて怪我をして、そこまでしなければいけなかった? と思ってしまう。つらい。でも彼の犠牲であの子の野球人生を救えた、その事実は誇りに思う。








子どもたちの夢


修一さんが厳しく指導するのは、それだけ子どもたちの夢に本気で向き合っているからなんだって改めて気づいた。

子どもの夢を聞いて「かわいいな」って思うのは叶わないだろうって心のどこかで思ってるからで。でも修一さんは「横浜リトルに入ったからにはプロへの階段を上らせてやる」って、それだけ子どもたちの夢を本気に捉えて全力でサポートしてるの、一人の大人として本当にかっこいいと思う。

2022年も樫本修一さんが好きだ〜〜!








あのひとの信念について


監督としての修一さんはちょっと高圧的に見えるけど、ああ見えても (?) 会長に対してはきちんと敬語を使うし礼儀正しいんだよね。でも違うと思ったらはっきりと「違う」と言えるひとでもある。上を立てるたまり正しいことが見過ごされることってあるけど、それを許さないあのひとの強い信念がすき。

だから会長にも審判員やコーチ陣にも、公私両面で慕われるんだろうなあ💭 わたしは言いたいことをうまく伝えられない性格なので、真似できないなあ……。尊敬する。








笑み


吾郎くんがインハイに投げれたときの、あの優しい笑みが本当にだいすき。

このとき彼は何を思ったのか。たぶん、ただ良かったな、だけじゃないと思うんだよね。彼が伝えたかったのは一人の野球選手であり父親だった本田茂治というひとの生き様、野球と息子に対する深い愛、その教えで、それを自分を通して吾郎くんの心に訴えることができた喜びと、自身も同じように昔本田さんに助けてもらった経験からやっぱり本田はすごいなと、おまえの息子はこんなにも成長しているんだぞと誇らしく思うようなそんな表情なのかなと思う。親の顔だもん、泣く。








自己管理力


夏合宿のとき、たいてい朝は6時集合にも関わらず練習後は自由行動で、彼は「それくらい自己管理出来ない子はとっくに辞めてる」って言うのだけど、この指導の仕方すごいなあっていつも思う。(どれくらいの自由行動かと言うと、夜中に女の子が一人でお風呂に入って他リトルの子と卓球するレベル)

自由ってある程度の制限がないとそれはただの無秩序で全く意味を成さないけど、それを自由を求めたがる多感な時期の子どもたちに正しく理解させるって、相当大変だと思う。それこそ、ああしろ、こうしろとだけじゃ教えられないことだし。

でも彼はそれを制限内で自由を与えることで、選手のプライベートの尊厳を尊重すると同時に自己管理の大切さや自分で判断する力を学ばせてる。小学生相手にだよ? 大胆だけど的確で、すごいなあって尊敬する。








『良い監督』とは


彼のことを「良い指導者」「良い監督」と言ってくれるひとがいるってことが救いだなあってしみじみ思う。

一概にも『実績がある=良い監督』とは言えないと思うんだよね。結果が全ての世界において監督も例外ではない、でもそこに野球への愛や敬意、選手への想いが込められて初めて『良い監督』だと思う。でもそれって指導方法を俯瞰的に見るだけじゃ伝わらないこともあって(特に彼は気にしないので)、だからわたしを通して監督としての彼を知って少しでも『良い監督』だと思ってくれるひとがいること、教え子たち自身が『樫本監督は良い人』だと思ってくれること、これがわたしにとっての救いだなあって。








一人の少年の野球人生を救ったひと


何回でも思うけど、吾郎くんがメジャーデビュー戦で育ての両親や関わってきた監督やコーチ、チームメイトやライバルのことを考えるときに、樫本監督のことを考えてるの本当に本当に本当にうれしくて泣いてしまう……。

だって、彼は吾郎くんにとっては所詮「ライバルチームの監督」にすぎないわけで、直接指導を受けたわけでも深く関わったわけでもないんだよ。それでも、自分と野球を繋ぎ止めてくれた大事な人としてあの子の心に刻まれていることがうれしい。修一さんは一人の野球人生を救ったんですよ。








あのひとにとっての “本田茂治” という存在


お風呂の中でふと考えてたんだけど、本田さんが横浜リトルに所属してたって話、息子の吾郎くんでさえ知らなかったのに寿くんは何で知ってたのかなあって。自分で(もしくはお母さんが)調べたのかもしれないけど、監督から聞いたという説もあるよなあって思ったらしんどくなった!

横浜リトルがいかに名門でプロとなる人材を輩出してきたかって話をするときに本田茂治という人物の話をしている可能性があまりにもしんどい。子どもたちのほとんどは知らない選手、でもあの人にとっては何年経っても戦友で好敵手で尊敬する選手なんだって。

でも、本田さんのことは立てるだけ立てて自分の話はほとんどしないなんてずるくない? 自分だってプロ入りという確かな経歴と実力があったのに。謙虚すぎますよ。でもそういうところが好きです、言わないけど。








あなたを理解したいのに


何度考えても、夏合宿のときの、死球恐怖症だった吾郎くんを挑発して自分の後頭部めがけてボールを投げさせた(と言ってもボールが飛んできたのは流石に予想外だっただろうけど)あのときの彼のことが理解できないでいる。正確には、分かってるけど心が追いついてこないというか。

あの方法が礼儀知らずで挑戦的な吾郎くんに一番効くということも彼なりの優しさだということも頭では分かってるんだけど、考えれば考えるほど心がぐちゃぐちゃになってわからなくなるの。

あの子の投げたボールを見た一瞬であなたは何を考えたの? 本田さんと同じ “危険球” を受ければあの子も目を覚ますと思ったの? だから避けなかったの? いくら子どもの投げる球だからって目の上で受けることはなかったんじゃないの? サングラスが割れたんだよ、一歩間違えたら失明してたんだよ?








あなたの野球人生とわたし


怪我をして引退のことが頭をちらつくたびに、ほんのちょっと、ほんのちょっとでいいからわたしが頭によぎっていてほしい。もう少し諦めずに続けようという意欲に繋がっていたらいいのにと願ってやまない。もう済んだ話だけど……。

わたしは彼の野球人生を見守りたい、直接関われなくていいと思ってるけど、彼が少しでも野球を続けるために役立てるのであればどんな些細なことでもやりたいって思う。

たぶんわたしは彼がどんなにぼろぼろになっても「もうやめて」とは言えないと思うんだ。彼がそれを望んでないと思うから。だから、泣いて泣いて、でも最後まで見届ける。それがほんの一欠片でいいから、彼の力になっていたらいいなと烏滸がましくも思うよ。

見ていられない試合なんていっぱいあったと思うんだよ。ぼろぼろに打ち崩されたり、コントロールが定まらなかったり。それでも彼は「最後まで見ていてほしい」と言うと思うんだよね。だから、それが野球を愛するあの人の願いなのだというなら、わたしはそれに答えたい。

野球が好きな修一さんが一番好き。