Espoir
 もしも過去に戻れたら。
 誰しもそう思ったことだろう。
 
 オレだって、過去に戻ってあの頃のオレと姉さんを助けたいと思ったことが何度あったか。
 強くなって守ろうと思った人は、気付けばどこかに行ってしまっていたのだから。
 今は守りたかった人が笑ってくれていて、新たに守りたいと思った人が側にいてくれているから、過去は振り返らないけれども。
 過去に大切だったものを全て失った者は、過去に囚われているのではないか。
 そして、それによって二度と大切なものが手に入らなくなった者は、特に。
 
 ……なあ、バーバラ。
 お前は、今も過去に囚われているのか?
 
 <1 テリー視点>
 
 本当の姿を取り戻したファルシオン。
 そんなファルシオンは、大空を自由に飛び回ることができるようになっていた。
 今まで行くことができなかった場所や、わざわざ行く気にもならなかった場所を色々回ってみる。
 一応オレ達のリーダーとしては、楽しみながらゴールドを貯めようというのが趣旨なんだそうだ。
 王子がリーダーなのにも関わらず、オレ達のパーティーは大体いつも金欠で、ほぼいつも1軍にしか武器や防具を揃えることができていない。
 この機会に、全員分の武器や防具を揃えてみようというわけなのだ。
 
「魔法耐性つけるなら、カルベローナで買うのが1番強いかな」
 
 魔法の力が込められた糸で織られた布が豊富にあるカルベローナは、作られる防具も魔法が宿されている。
 そのため、魔法への耐性やブレスに対する防御力が高くなるものが多い。
 これからの戦いはブレスを使ってくる相手が増えるだろうというリーダー、エイトの判断で、純粋な防御力よりもブレス耐性を上げようというわけだった。
 防御力はスクルトで上げたり、防御力の高いハッサンやリーダーが、体力の少ない者を庇いつつ戦うんだそうな。
 
 エイトの判断は大体的確かだ。
 外れたとしても的外れというわけでもない。
 だから、誰が特に口を挟むこともない。
 たまにハッサンやチャモロ辺りが意見したりしているが、その場合は大体受け入れられている。
 
「これからの戦い、バーバラの力もすごく必要になってくる。特に魔王との戦いでは、たくさん魔力を使ってもらうことになると思うんだ。……辛いだろうけど、大丈夫か?」
「うん! そんなに心配しないで、どーんと任せてよ!」
 
 バーバラは、エイトやオレといった、仲間と話す時は元気そうに話している。
 いつも朗らかで楽しそうな様子なので、チャモロなんかは「バーバラさんはいつも元気で明るくて、羨ましいですね」と言っていたぐらいだ。
 
 ……だが、1人になると何かを考えるような顔をしていることがしばしばある。
 普段からは想像もつかないような、浮かない顔を浮かべているのだ。
 何を恐れているのだ、と思ってしまうぐらいに。
 このような表情を浮かべるのは、仲間に色々悩み事があった時と、カルベローナに近付いた時が多い。
 
「……眠れないのか?」
「あ、テリー! うん、ちょっとね、目が冴えちゃって。まだまだ元気が有り余ってるのかな?」
 
 まだまだ戦えるよー、とニコニコ笑いながら言ってくる。
 
 ……こいつの闇の正体を、はっきり知りたくて問い質したい時がある。
 が、知られたくないのだからこうやって必死に隠すのだろう。
 それならば、オレが出る幕でもない。
 こいつが本当に知って欲しい、助けて欲しいという顔をした時に、オレは手を差し伸べるだけだ。
 
「そうか。明日もたくさん戦うだろうし、早く寝ておけよ。何ならラリホーをかけてやろうか?」
「えー。ラリホーで寝ついたら起きた時体がだるいからやだよー」
 
 ラリホーで眠りにつくのは、民衆で言えば睡眠薬で眠りにつくのと同じような感じだ。
 無理矢理眠さを引き出すのだから、副作用もある。
 しっかり寝て起きてもすっきりしないだの、体が本当に休まっていないだの、とにかくラリホーでの睡眠法はいいものではない。
 
「……ねえ、テリー」
「ん? 何だ?」
「テリーは、過去に戻れたらって思ったこと、ある?」
 
 唐突に、静かな声で言われた。
 先程までの元気な声とは全然違う。
 
 過去……か。
 
「……ないことも、ない」
 
 姉さんがガンディーノでギンドロ組によって王に献上される時、オレはやつらに手も足も出なかった。
 デュランの下で働いている時、オレの今手に入れた力をあの時のオレに渡せたら、と思った。
 1番守りたかったものを守るべき時に守れなかったオレは、今でも力にしがみついて何をやっているんだろう、と何度だって自問自答したことがある。
 ヘルクラウド城にいる時は、その自問自答は全て無理にかき消していたけれども。
 
 オレの答えに、バーバラはそっか、と小さく答えて外を見る。
 ちょうど下方には海が見える。
 夜の海はオレ達全てを呑み込んでしまいそうな気がして、綺麗だがあんまり好きではない。
 
「……何でか、ふとカルベローナが滅びる前のことを考えちゃう。あの時今のあたしがいれば滅びなかったのかな、とかね。馬鹿だよね。そんなこと、無理なのに、今更そんなこと考えちゃうなんて」
「オレは、馬鹿だとは思わない」
「……テリーは、優しいね」
 
 別に優しいわけじゃない。
 同情したわけなんかじゃない。
 
 多分、オレの今1番近い感情は、同族意識。
 オレは彼女を、自分と重ねているのか。
 
「テリーは眠くないの? 早く寝ないと、明日もまた装備買った後はレベル上げだと思うよ」
「オレは別に、眠らないのは慣れているからな。まあたまには、夜の海を眺めながら移動もいいものだろう」
「……ありがとう」
「礼を言われることはしていないと思うんだが」
 
 そう。
 オレは別に、彼女を思いやってここにいるわけではない。
 
 また眠りにつくよりも、ここにいて流れていく景色でも眺めていた方が心地好いのではないかと感じただけだ。
 
  **********
 
 魔法都市カルベローナ。
 聞いた話では、すでに太古の昔に滅ぼされた街なんだそうだ。
 だから、この都市は夢の世界にしか存在しない。
 皆の夢を寄せ集めてできた都市は、夢の中だとしてもとても幻想的と言える場所になっている。
 恐らくかつて本当に栄えていたカルベローナも、このように見事な都市だったのだろう。
 
「俺が皆の装備を新しく買ってくるから、皆はその間に色々な場所を回っててくれよ」
 
 エイトは、用事を済ませる場合は大体1人で終わらせることが多い。
 が、別についてくるのは拒まないようで、ついて行くとにこやかに笑いながら目的地に向かっている。
 今回ついて行ったのはハッサンとチャモロだった。
 何でも、個人的に欲しいものがあるようだ。
 多分装備品に文句も注文もつけるようなやつらではないので、道具が欲しいのだろう。
 オレだって聖水が欲しい。
 弱い敵を相手にしていても職業の熟練度も上がらないしレベリングも捗らないしでいいことはない。
 唯一いいことがあるとすれば、新しく覚えた技をノーリスクで試すことができるという点だけか。
 
 だが新しく覚えた技も、これから戦う強大な敵相手に効果を見せなくては意味がないので、実際は弱い敵相手にやってみせてもあまり効果はない。
 なので、聖水は買うに越したことはない。
 トヘロスという手もあるが、まだオレはレンジャーに就いていないので覚えていないのだ。
 
「バーバラは、どうする?」
「あたしは自由行動するよー。じゃあ、行ってくるね!」
 
 昨夜の憂いが嘘のような笑顔で、バーバラは手を振りながら駆けて行く。
 
 誰もあいつの心の闇なんて知らない。
 オレだって、はっきり話してもらったわけではないから、分からないのだけれども。
 
 ……さて、オレはどうするかな。
 
 個人的に道具屋に向かっても、オレ個人ではゴールドを持っていないので何も買えない。
 1人旅してた頃とは違って全てエイトに預けているのだ。
 
 こう自分で何かを買う時は須らく面倒に感じるが、基本は特に何も思っていない。
 むしろ自分で持っていた時よりも無駄遣いが減っていいのではないかという感じだ。
 
 エイトは元からリーダーの性質なのか、それともリーダーになって徐々にその性格になっていったのかは分からないが、お金の使い方はなかなかにうまい。
 やつの使い方で無駄だと思ったことはほとんどないと言ってもいいだろう。
 
 たまに強い敵と戦った後においしいものを食べる会というものがあって、それは必要なものなのかと悩んだことはあったのだが、おいしいものを食べる会が開催された後は、またおいしいものを食べる会に参加するために全員死闘をこれまで以上に乗り越えている気がした。
 褒美があると人間というのは張り切る性質を持っているのか、なかなかの効果をあげていた。
 
 ……そんなわけで、オレは現在一文無し。
 
 できることと言えばカルベローナの中を個人的に回るか、エイトに欲しいものを買ってもらうよう交渉するかの2択だ。
 
 と考えていれば、特段急いで聖水が必要というわけでもないので、選択するのは前者ということになってくる。
 
 カルベローナで個人的に観光名所とも言えるべき建物は、真ん中の大きな建物だ。
 屋上に上がれば体力を回復してくれる不思議な宝玉があったりするし、高いところからのカルベローナの眺めはまた格別だ。
 
 ――あなたなら、あの子を助けてくれる?
 
 ふと、背後から声が聞こえた気がした。
 声のした方向は、まさにオレが今行こうとしていた場所。
 
 ……何だ?
 
  今まで何度もカルベローナに通っているが、この不思議な声が聞こえたのは初めてだ。
  何となく聞いたことがあるような、でもそんなはずはない、と思わせるような声。
 
 知っている者の声と似ているのか。
 だとしても誰に似ているのかぱっと出てこない。
 
 ……とりあえず、行ってみるか。
 
 <2 バーバラ視点>
 
 ……ここって、どこなのかなあ。
 
 先程まで確かに、カルベローナにいたはずなのだ。
 そして今現在いる場所も、カルベローナと同じ雰囲気を感じる。
 
 でも先程までいたカルベローナとは、雰囲気が違うのだ。
 そもそも活気が違う。
 先程までいたカルベローナが隠者の街なのかと思えるほど、ここは住んでいる人々が活き活きとしていて、楽しそうだ。
 それに、先程までいたカルベローナとは広さもまた違う気がした。
 微妙な違いでしかないんだけど、知らないお店なんかもある。
 魔力の込められた宝玉が売っている店なんかは行ってみたい気もする。
 
 カルベローナの出身としては嬉しいのだけれども、今の状況が分からないのでとりあえず整理する。
 確かあたしは、カルベローナ真ん中の大きな建物に入ろうとしたはずなんだ。
 あの大きな建物の中は、落ち着くから。
 それから時の砂が散らばっていた部屋に行って、それで――。
 
 そこからの記憶が少し欠けている。
 そこからいきなりこの場所に来たことになっている。
 
「バーバレラ様だ! バーバレラ様がお帰りになったぞ!」
 
 ……バーバレラ?
 
 バーバレラといえば、あたしの祖先だって言われた人……。
 ということは、ここは過去のカルベローナなの?
 あの、魔王に街が焼かれた時代にいたっていう……。
 街がまだあるってことは、まだ魔王に滅ぼされてないんだよね……。
 
 声のした方を見てみると、魔法の法衣をまるで上着のように羽織り、下は動きやすい軽装でいる赤髪の女性が歩いているのが見えた。
 落ち着いた雰囲気をしたその女性の顔は、あたしそっくりだった。
 
「バーバレラ様! よくぞご無事で!」
 
 バーバレラは声のする方向に緩やかな笑みを向ける。
 色々な方向を見ている中で、ふとこちらに気をとめられた気がした。
 そして、何だかこちらを認識されたらまずい気も。
 彼女の視界から離れるように、あたしは街の建物で身を隠せそうな場所に移動する。
 バーバレラはあたしのことを認識していないような顔で話しているので、ほっとした。
 
「……して、バーバレラ様。魔王軍のご様子はいかがでしたか?」
「今は落ち着いているはず……ですよね? だってあんなに私達の同胞が犠牲になってまで、魔王の1軍を倒しましたもの」
 
 この頃の魔王一派は、軍勢で動いていたのか。
 なるほど、現在はムドーやジャミラスなどあちこちに散らばっているものの、昔は軍隊としてまとまっていたというのか。
 自分達は、散らばった1体ずつを倒したから何とかなったものの、あんなものが何体も塊で動いているのだと想像すると、ぞっとした。
 
 それにしても、その1軍を倒したとはこの時代のカルベローナの人々はずいぶんと強かったのか。
 口ぶりから、多大な犠牲を払ったことは間違いないようだけれども。
 
「……魔王側には、新たな1軍が生まれたようです。それも、ボストロールや魔王の使いなど、以前よりも強力な者が揃えられています。首領となっていたのは、デュランという者のようですね」
「そんな……」
 
 バーバレラに群がっていた民衆の中の1人が、崩れ落ちるように膝をつく。
 介抱するように駆け寄った者も、周りの者の表情からも絶望感が伺える。
 
 あたし達の時代でも、デュランは強力だった。
 ボストロールや魔王の使いも、ライフコッドにて連戦で相手をしたけれども、とても難儀した相手だった。
 この時代の人がどれほどの強さなのかは分からないけれども、あんなものが軍隊として襲ってくると考えるとぞっとする。
 
「デュランは、以前戦ったジャミラスよりもずっと、賢い者です。ジャミラスは心をかき乱しやすく、そこを狙って攻めることができましたが、デュランはよほどのことがない限り、動じない心を持っているようです。……デュランの軍の者を何体か倒したところを迂闊にも見られてしまいましたが、やつは怒るどころか、私を見逃しました。それも、笑いながら……」
 
 デュランらしいと言えばデュランらしい。
 
 デュランは、あたし達が戦った時もそうだったけれども、魔王デスタムーアに従うだけではなく確固とした自分の意思を持ち、そして賢い。
 他の者と違って弱った者をいたぶることよりも強い者を相手にすることを好んでいるせいか、戦闘中の賢さは脅威とも言えるほどだった。
 テリーだって、下衆な考えを持った他の魔物相手ならば、どんなに強くとも配下にはならなかっただろう。
  正統派だが確かな強さを持ったデュランだからこそ、自分から、なのかは分からないけれども配下に加わったのだろう。
 そしてデュランの方も、人間だからと軽んじることはなく、テリーの強さをしっかりと評価し、1番の配下として扱っていた。
 あたしはやつほど聡く、そして不思議と人間らしい魔物を見たことがない。
 
「我らの同胞も半分になってしまいました。……それでも、戦わねば我らに明日はありません。……皆、私と共に戦ってくれますか?」
 
 不安そうにしていた者も、不安を宿しながらも決意した目をバーバレラに向けている。
 カルベローナの者は、皆自分達の居場所を守るために戦うことができる戦士のようだ。
 頼もしいと思いつつも、この後の結末を知っているから、あたしは暗い気持ちになる。
 
 ……この時代にあたしは元々いない。
 
 なら、あたしの存在も力も、イレギュラーなはずだ。
 そのイレギュラーさが、この世界を救うことはできないだろうか?
 もしもカルベローナが救われたなら、あたしは以前から抱いていた悩みを、消し去ることができるだろうか?
 
「……ば、バーバレラ様……!」
「何事ですか?」
 
 突然誰かが、カルベローナに入ってきて民衆に囲まれているバーバレラに近付く。
 
 杖を持った若き男性は、頭から血を流している上右腕と左足が折れ、脇腹にひどい火傷を負っているという悲惨な状態だ。
 意識が朦朧としているのか、目に光がない上に完全に開かれているわけではない。
 
「魔王軍は、もうすぐそこまで迫っています……。何とか食い止めようとしていますが、1軍を潰されたはずなのに以前よりも勢力は増して……」
「……分かりました。もう話さなくても大丈夫です。誰か! この者の手当を!」
 
 魔導師の格好をした女性2人が、男性に近付き、手をかざす。
 クリーム色と薄いオレンジ色の混ざったような優しい光が、男性を包む。
 傷は消えていくものの、男性が元気になる様子はない。
 ここに来て、バーバレラに報告をするまでに力を使い果たしたのか。
 
 バーバレラはしばらく憂いの満ちた表情で男性を見ていたが、やがて鋭い顔でカルベローナの入り口の方を向いた。
 入り口には、先遣隊と思わしきボストロールと魔王の使いのグループがいた。
 まだ数えられるほどの数で、軍隊とは言えないほどなので、大方先遣隊か軍の規律を守らない先走り野郎といったところだろう。
 デュランが自分の管轄下にある者で、特別な思い入れを持っているわけではない者が規律を守らないことを許すはずがないだろうので、先遣隊と考えるのが正解だろう。
 
「ヘヘ、馬鹿な野郎だな……。大事な大事なカルベローナの居場所を自ら教えてるようなもんとは知らず、呑気に帰ってるだなんて」
「ねえねえ、ここで俺達だけでカルベローナ潰しちゃったら、デュラン様から褒めてもらえるかな?」
「そりゃあそうだろー。デュラン様と同じぐらいにまで出世するのも夢じゃないかもな」
「やったー。頑張るぞ――!」
 
 人間の言葉を使えるということは、ずいぶんと高位の魔物のようだ。
 それも知能が低いはずのボストロールまで言葉を操っているというのは驚異的である。
 デュランの教育の賜物なのか、それともこの時代の魔物は雑魚のはずでも雑魚とは言えない強さなのか……。
 いずれにせよ、まだ先遣隊相手なのにも関わらず、苦戦しそうな相手だ。
 
 もう少しで、戦争になるんだよね……?
 こんなの、あたしがいたところで何とかなるの?
 
 ……いやでも、やるしかないんだ。
 だってあたしは……。
 
「なあ、カルベローナのやつら、こっちを見て震えてるぜ」
「結構可愛い子もいるんだなー。魔法使いの街だから、ババアばっかだと思ってたよ」
「こりゃあ痛ぶりがいがあるぜ。――ベギラゴン」
 
 建物が2つばかり、大きく火をあげる。
 突然の炎上に、爆発のようなものも起こっていた。
 火力が強いのか、屋根があっという間に灰になり、屋根の骨格と思わしき部分が倒壊して落下している。
 爆発して壊れた窓ガラスの残ったガラス部分も、強い火力によってどろりと溶け出していた。
 
「ハハハハハ!  すーぐ壊れるなあ!! 人間の創ったもんも、人間も!」
「もっとしっかり創った方がいいですよーっと」
 
 高笑いする魔物達に、バーバレラがゆっくりとした足取りで近付く。
 どうしてこのような状況を見てのんびりしているのだろうと思っていると、何か呟いているのが見えた。
 だいぶ長い呟きなので、かなり高位の魔法なのか。
 魔物がバーバレラの存在に気付いた時、バーバレラが杖を高く上げる。
 杖の先端の津波のようなオブジェが、一瞬眩く輝いた気がした。
 
「――ビッグバン」
 
  <3 テリー視点>
 
 辿り着いたのは、時の砂が部屋中に散らばっていた部屋だ。
 確かこの部屋は、時の砂によって時間が戻されるため、一向に扉を開けても進むことができなかったはず。
 時の砂を容器に回収することによって、先に進むことができるようになったのだ。
 それに、回収した時の砂は、戦闘中に大いに役立つこととなった。
 誰かが戦闘中攻撃の選択をミスし、強烈なダメージを負って息も絶え絶え、ザオリクが効くかどうかも分からない状態になった時に使うのだ。
 すると、記憶を保持したまま時が戻るため、次からはより良い戦い方をすることができる。
 
 だが、時の砂を持った者が戦闘不能になってしまった場合は使えない上に、何度も使っていると同じ敵に何度も敗北しているという気持ちができるので、頭がおかしくなってくる。
 なので、あまり時の砂に頼る考えを持っているのは良くないし、多用もできない。
 来たるべき魔王戦も、時の砂は使用しないと考えてもいいだろう。
 時の砂を所持しているぐらいならば、世界樹の葉や世界樹のしずく、祈りの指輪を代わりに持っている方がまだ有利に戦闘が運べるだろう。
 
 それにしても、あの子を助けてくれる? という謎の声。
 あれは一体誰なのか。
 ここは魔法都市なので、魔法の力で声を飛ばしてきているのかということは予測できる。
 だとしたら、謎の声の主も、バーバラと同じカルベローナの者なのか。
 思念に直接語りかけるというのは、相当難易度の高い魔法のはずだ。
 ということは、だいぶ高位の魔法使いなのか。
 
 ……そんなのは後でいいか。
 今はとりあえず、バーバラを探そう。
 あの子を助けてくれる、と謎の声は言ったのだ。
 他の仲間も、街中で先程見かけたので、あの子に該当することはないので考えなくていい。
 このあの子というのが、オレの全然知らない者だとしたらオレには関係ないのでこの場合も考えなくてもいいはずだ。
 けれども、バーバラだとしたら……。
 
「……あれ?」
 
 思わず声が出てしまったのは、時の砂のあった部屋の隅に、見慣れないものが転がっていたからだ。
 オレ達が持っている時の砂の容れ物と似たようなものなのだが、転がっているものの方は星形だ。
 それに、中身が金色が混じった砂色ではなく、透き通った青色だ。
 
 一体あれは何だというのか。
 ただの落とし物という可能性も高いのだが、目についたということはもしかしたら不思議な力を持っているかもしれない。
 
 近付いて触れてみると、砂が眩い光を放った。突然放たれた青い光に、思わず目を閉じる。
 
 ――気付くと、周りの風景が変わっていた。
 
 大体のものの配置、雰囲気からカルベローナということは分かったのだが、先程までいたカルベローナとは全く違う点がいくつかあった。
 まず、建物が大きく炎上していたのだ。赤々とした炎が街全体を飲み込み、全てを灰にしようとしている。
 カルベローナの民と思わしき者が水や氷の魔法で必死に火を消そうとしているのだが、焼け石に水といった感じで、全く効果を成していない。
 更に、街の中に魔物が大量に入り込んでいた。ほとんどがボストロールや魔王の使いで、中にはレッサーデーモンや切り裂きピエロといった魔物も何体か混じっている。
 
 ここは……過去のカルベローナなのか?
 オレが今見ている情景は、魔王軍にカルベローナが滅ぼされた時のものなのか。
 
「オマエ、見慣レナイ格好ダナァ!?」
「! ……チッ……」
「グア……!!」
 
 背後から突然巨大なこんぼうを振り下ろされ、頭を砕かれそうになったところを寸でのところで避け、喉元に向かって剣を振るう。
 最近ずっとやっていたレベル上げの成果が出ているのか、以前ライフコッドで戦った時よりもずっと楽に倒すことができている。
 
 それにしても、来たはいいものの、どうやって帰ればいいのか。
 上の世界と下の世界を行き来する時みたいに、どこかに井戸か何かあるのか。
 バーバラを探そうとした矢先にこれとはな……。
 
 ……ん?
 
 ふわふわとした赤い髪が揺れるのが一瞬見えた。
 別人だということも考えず、赤い髪が見えた瞬間に駆け出していた。
 
 別人だと気付いたのは、杖を振るって魔法を生み出しているのを見た瞬間だ。
 バーバラは杖ではなく、鞭を使用する。
 杖を振るっているのは見たことがない。
 
 だが、バーバラに瓜二つだった。
 それこそ、姉妹か親子かと見紛うばかりに。
 
 女の背後から魔王の使いが忍び寄り、剣を振るう。
 女は気付いているのか気付いていないのかは定かではないが、目の前の敵に気を取られていて相手をする余裕がないようだ。
 魔導師は強力なのだが、接近されると弱い。
 4つの武器を剣で弾くと、魔王の使いは驚愕したような顔をしていた。
 まさか弾かれるとは思っていなかったのか、それとも武器を振り下ろし終わるまでにオレが間合いに入るとは思っていなかったのか。
   
「――らあっ!」
 
 基本剣技、はやぶさ斬り。
 相手に対して2度斬りつける技だ。
 クリティカルヒットはほとんど出ることはないものの、基本威力が強いというもの。
 
 魔王の使いの胴と頭に無かって繰り出すと、後ろに倒れたまま動かなくなった。
 大体の生き物は腹や胸の部分、そして頭をやられると死に至ることが多いので、狙うならばそこだ。
 ちょうど女も前方にいる敵を片付けた後のようで、オレの方を見ていた。
 
「私の近くにいる者を倒してくださっているところを見ると、どうやら私を助けてくださったようですね。ありがとうございます」
「気にするな。……どうせ、人探しのついでだ」
 
 どうも、仲間に礼を言われるのも未だにそこまで慣れないが、知らない者に礼を言われるのはもっと慣れない。
 
「そうだ。あんた、自分と良く似た女を見なかったか? 青い服装で髪はポニーテールにしてるんだが……」
「……いえ、知らないです。私は民の顔は大体把握しているのですが、私に似た顔の女性は見たことがありませんし……」
「……そうか」
 
 バーバラは、ここにいるわけではないのか?
 いないのならばそれが1番いい。
 こんな魔物が大量に攻めてきている時代になどいない方がいないに決まっている。
 
 ここのやつらが全員回復魔法を取得しているのかも分からないので、バーバラが瀕死になった場合誰も助けてくれないかもしれない。
 彼女は自分で回復する術を確かに身に付けているが、それも敵に囲まれた場合は効果を発揮できないだろう。
 と考えるとこんなところにはいては困るのだが……。
 
 ……遠くの方に、ふわふわと尻尾のように揺れる赤い髪が見えた。
 
 そっくりな女は隣にいる。
 まさか3人目のそっくりな女がいるわけではないだろう。
 それに、鞭を持っている。
 その彼女は、鞭を強く握りしめたまま、鋭い眼差しで何かを見つめていた。
 何を見ているのかと視線を向けた瞬間、体が強張るのを感じた。
 
 デュラン……!
 
 デュランがこちらの存在に気付いたように思ったが、一瞥をくれるだけで特別反応したようには見えなかった。
 特にオレを意識することはないのは当たり前か。
 ここは過去のカルベローナで、オレがデュランと出会う前の時代だ。
 
 鞭を握り締め、バーバラがデュランに向かって呪文を唱える。
 同時にデュランもバーバラに手のひらを向け、何やら唱え出した。
 見たことがない体勢だ。
 オレがデュランといる時も、デュラン撃破時もこんな技を使用していなかった気がする。
 
 ……この時代のデュランしか、使わなかった技があるとは。
 
 大気が手のひらに吸収され、禍々しい闇の力と化しているような、そんな技だ。
 ある程度溜まれば魔法として放出されるのか。
 
 何だかとても危険な気がした。
 放ったところは知らないが、あれを撃たせては非常にまずい気がする。
 
「マジックバリア」
 
 体に魔法防御壁を張り、バーバラの方に向かって駆け出す。
 できればオレも当たりたくはないが、もしも完全に2人で避けきれないとなった時の対策だ。
 
「ジゴスパーク」
 
 デュランが魔法を放つのと、オレがバーバラの体を抱いて1メートルほど先の地面に転がったのはほぼ同時だった。
 幸い、魔法はオレの肩を一瞬焼いただけで済んだ。
 デュランの魔法は未だかつて見たどの魔法よりも強力で、魔法が撃たれた方向の建物も人も、闇と雷の力によって消し飛んでいた。
 
 ジゴスパークは知らない魔法じゃない。
 だが、デュランが唱えたこと、それにこんな恐るべき威力を秘めていたなんてのは知らない。
 デュランはなぜか、目を細めて自分の手を見ていた。
 そういえば、オレ達が戦った時にはあの魔法を使っていなかった。
 何かが不満だったのだろうか。
 
 とにかく分かることは、今のデュランと戦うのは、オレとバーバラ、それにカルベローナのやつらがどれだけ強いのかは分からないが、この面子だけでは危険だ。
 
「バーバラ、逃げるぞ」
 
 どうやって帰るかは実は分かっていない。
 青い時の砂でこの世界に来た以上、あれが関係しているのだとは思うが、この世界のどこに、あれと同じようなものがあるのかはまだ分かっていない。
 
 しかし、デュランとまともに戦う道を選ぶよりは、雑魚を蹴散らしながら青い時の砂に関係したものを探す方が、生き残ることができる可能性は高い。
 
 バーバラもまさかあれとまともに戦おうなんて思わないだろう。
 あんなデタラメな強さ、エイト達がおらずして戦うのは愚策だと、バーバラも分かっているはずだ。
 
 ――そう、思っていたのに。
 
「……あたしは、ここに残る。あいつを倒す」
「な!?」
 
 バーバラの腕を掴んで逃げようとしたオレの手を振り払い、未だぼんやりとしているデュランのところへ駆け出す。
 
 ここは、あいつの故郷だからなのか……?
 バーバラ、そこまでしてお前は、失われた故郷を取り戻したいのか?
 この時は、ただ、大切な故郷を取り戻したいだけなのだと思っていた。
 
 ――でも、オレはあいつのことをまだ、分かっていなかったのだ。
 
 <4 バーバラ視点>
 
 どうしてテリーが? と助けられた時に思ったけれども、一瞬であたしと同じようにして来たのだと悟った。
 考えてみれば、あたしが来られるのならテリーが来てもおかしくはない。
 
 テリーは、逃げよう、と言ってくれた。
 デュランのジゴスパークのあの威力を見れば、逃げる以外の選択肢はないと言ってもいい。
 直視した時、身震いをしたほどのものだ。
 
 ……でも、あたしは逃げるわけにはいかないのだ。
 叶えたい願いが、あるのだから。
 
「メラゾーマ!」
 
 テリーの手を振り払い、デュランに近付いて唱えたのはメラゾーマ。
 火球系最強の呪文。
 巨大な火の玉がデュランに向かって落下し、爆発を起こす。
 多少のダメージにはなっていそうだったが、ものともしないという涼しい表情で立っている。
 自らの持っている武器で火球を払うことすらしていない。
 一体この時代のデュランは、どれだけ体力があるのだろう。
 
「ムーンサルト」
 
 デュランが武器を握ってきりもみ状態になり、こちらに真っ直ぐ飛んでくる。
 さながら鋭い弾丸のようだと表現するのが正しいか。
 横に避けなくては、と分かっているのにとっさに動けないでいると、目の前に青が広がった。
 
 と同時に、刃物がぶつかる音が響く。
 テリーが、剣でデュランのムーンサルトを受け止めたのだ。
 テリーがデュランを睨みつけながら歯を食いしばっている一方、デュランの方は興味深いものを見るような表情でテリーを見ている。
 
「オレが押さえるから、今のうちに逃げろ!」
「……! やだ! テリーだけ逃げて!」
「オレ達だけでこいつに敵わないのは、さっきの魔法で分かっただろ!?」
「案ずるな。先程の技は使わん」
 
 突然デュランが口を開き、テリーから距離を取る。
 
 どことなく楽しそうな表情でテリーを見ながら、武器を構え直していた。
 
「久方ぶりに骨のありそうな者だな。ぜひ、手合わせを願えないか? もちろん、先程の技は愚か、デスタムーア様から譲り受けた力は使わん」
「……はっ、冗談じゃないぜ」
 
 テリーの表情は苦笑いというか、笑うしかない、という表情だ。
 デュランの方を凝視しつつ、あたしの方もたまにちらりと見る。
 目線で、逃げろ、と言ってくれてるのが分かる。
 テリーは、あたしのためにここに残ってくれているってのが分かった。
 自分も退散が吉だと思っていてすぐに逃げようと思っているのに、あたしが残ってるから残ってるんだって。
 
 テリーは、優しいから。
 
「ごめんね、テリー。……でも、あたしは……」
 
 攻撃力を倍にする魔法、バイキルト。
 自身にかけるのは、実は初めてだ。
 あたしは、近接戦闘よりも後衛からの魔法援護の方が多いから。
 そして、接近して鞭で攻撃するのもボス格相手にはほぼ初めてだと言ってもいい。
 
「ぐっ……! はああああ!!」
 
 さすがにデュランの方もバイキルトをかけた攻撃は痛かったのか、標的をあたしに変える。
 けど、テリーだってデュランの近くにいる。
 むしろテリーの方が、あたしよりもずっと厄介な相手と言えるだろう。
 そしてデュランは、先程デスタムーアからもらった力は使わないと言った。
 デュランは妙に律儀なので、言った限りは本当に使わない。
 だからか、デュランがとった行動は、衝撃波であたし達の体を遠くに飛ばす、ということだった。
 打撃効果よりも距離をとることが目的のようで、威力はほとんどない。
 けれど、これによってあたしとテリー、それに周囲にいた人々は拡散してしまった。
 
 <5 テリー視点>
 
 吹き飛ばされた場所は、カルベローナから少し離れたところだった。
 カルベローナから離れた場所に火はつけなかったのか、全く燃えた様子も何もないが、人間と魔物の死体が散らばっていた。
 鉄と肉の腐る臭いが辺りに漂う。
 魔物を日夜殺している身としては慣れた臭いだが、不快なことに変わりはない。
 オレと同じようなところにバーバラと似た女も飛ばされてきたようだが、バーバラは見つからなかった。
 
 ……くそっ、早く探さないと……。
 
 エイトによってオレ達は、勝てないと確信した戦いはどんなことがあっても放棄し、退散せよと教えられている。
 どんなに複雑な感情を持っていたとしても、生きてさえいればまたいつか報復することは可能だが、死んでしまってはもう何もすることはできないから、と。
 
 とにかく生きよ、と。
 それなのにバーバラは絶対に退こうとしない目をしていた。
 
 ……それにあいつは、謝った後に一体オレに何を言おうとしていたんだ?
 
「すみません。私達の戦いに巻き込んでしまったようですね」
 
 オレが考え込んでいた時に、バーバラ似の女が話しかけてきた。
 
 ……それにしても、顔もそうだが、声も本当に良く似ている。
 バーバラと違うところと言えば、雰囲気ぐらいのもんだ。
 あとは、見た目で言えば髪型と服装ぐらいか。
 
「別に。オレの連れが戦っていたからだよ。気にするな」
「いえ。カルベローナを救うのが目的でなくとも、結果的にあなたもお連れの方もカルベローナを守る戦いに参加してくださいました。カルベローナを代表して、礼を言います」
 
 カルベローナを代表?
 ……もしかして、この人は……。
 
「……あんた、名前は?」
「ああ、申し遅れましたね。私は、カルベローナの長、バーバレラと申します。まだ若輩者ながら、この魔法都市の代表を務めさせていただいております」
「あんたが……バーバレラ」
 
 目の前の女が、バーバレラならば、1つだけ聞きたいことがあった。
 それを聞けたならば、もしかしたらバーバラがこの時代でデュランを倒すことに躍起になっている理由が分かるかもしれない。
 
「オレ達……オレと、さっきいたあんたと良く似た女、バーバラは、今より先の時代の人間なんだ」
「まあ、そうなんですか。遥か未来よりお越しいただいたのに、こんな状況でおもてなしもできずに申し訳ございません」
「そんなのはどうでもいい。……で、バーバラは、あんたと似た顔をしていることから察するに、あんたの子孫だ」
「!」
 
 さすがに子孫ということは察していなかったようで、驚いた顔をしていた。
 ……そういえばこの女は、結婚か何かをしていたのだろうか。
 見るからに若いし、ちょっと驚いているようだから子供は愚か、結婚していないようにも見えないが、ありえないという顔ではないので子供がもしかしたらいるかもしれない。
 
「オレはあいつを連れて帰りたい。でも、あいつはここを救うまで帰らないという。最初はただ故郷を取り戻したいだけなのかとも思ったが、どうもそれだけじゃあなさそうだ。そこで聞きたい。カルベローナの民には、何か秘密があるのか?」
 
 <6 バーバレラ視点>
 
 自分の名前を必要だとは思わなかったのか、名乗らなかった若者。
 できれば名前を知りたかった。
 私の子孫を愛し、大切に守ろうとしてくれている若者。
 私に、この街の未来の姿を教えてくれた若者。
 私達の過去、そして私達の正体を教えたところ、若者は子孫を説得するために何か言っていた。
 
 子孫は泣きながら、頷いて若者と共に帰っていった。
 どうやって若者と子孫がこの時代に来ることができたのか、私には分からない。
 
 そして、彼らは特に何もせずに帰っていった。
 正直、誰でもいいからここを救って欲しかった。
 だから、共に戦って欲しかったのに、と思うところはある。
 
 けれども、私は彼らと出会うことができて良かったと思う。
 
「……ルビス様」
 
 あなたからいただいたこのヒトの姿、ただ今お返しいたします。
 欲を言えば、ずっとヒトとして過ごしたかった。
 ですが、遥か未来、私達の子孫が元気に生きていてくれるというのなら。
 幸せな夢を見て過ごしてくれるというのなら。
 私はこの運命を受け入れましょう。
 
「さて、魔王の手下よ。私達も、あなた達に好きにばかりさせていませんよ。……人間の底力、思い知りなさい」
 
 私達は、本当はヒトではないけれども、それでも今はヒトだ。
 自らが滅びても、街が滅びても、私達の意志を繋ぐ者がいれば完全なる滅びを迎えることにはならないと。
 そんな考え方を持ったヒトとして、誇りを持ったまま死んでいきたい。
 
 <7 バーバラ視点>
 
 過去のカルベローナから帰る方法は、テリーが持っていた。
 実は、探す必要なんてなく、テリーが帰る手段を身に付けていたのだ。
 それにテリーが気付いたのは、吹き飛ばされた後らしい。
 何も落としていないか確認した時に、発見したとのこと。
 実にご都合主義と言えばご都合主義だ。
 
 吹き飛ばされてから再びテリーと出会った時、あたしは帰りたくないと言った。
 それが、よりテリーを傷つけることになるとは分かっていたけれども。
 
「あたしは、ヒトになりたい!」
 
 デュランに滅ぼされたことにより、あたし達は竜に戻ってしまったのだとしたら。
 この時デュランに滅ぼされなかったら、あたしは、あたし達は夢の中だけではなくて、現実でも人間でいられた可能性があるのだ。
 
 あたしは人間になりたかった。
 本物の世界でもずっと生きていける、人間でいたかった。
 
 普通に恋愛して、普通に結婚できる生を送りたかった。
 
 人間が結婚できるのは、人間だけだろう。
 人間の子供を産んであげられるのも、人間だけだ。
 
 テリーと一緒になって、彼の子供を産みたかった。
 せっかく好きになったのに、告白する資格すら与えられていないのだなんて、ごめんだった。
 
 だから、あたしはどうしてもデュランを倒したかった。
 あたしの命を賭けてでも。
 そんなあたしを抱き締めながら、テリーは言ってくれた。
 
 お前が何者だって、オレは構わない、と。
 生きて元気でいてさえくれればそれが最上だ、と。
 だから、死にに行くなんて考えずに、そばにいてくれ、一緒に帰ってくれ、と。
 
 彼はそう言ってくれたのだ。
 
「ねえテリー」
「何だ? ……もしかして、まだ未練があったのか?」
「ううん。テリーがさっきああ言ってくれたから、あたしは、カルベローナは滅ぶ運命なんだって受け入れられたよ」
「じゃあ、どうかしたか?」
 
 不思議そうな顔をしながら、テリーが首を傾げる。
 あんまり見ない仕草だ。
 何だか可愛らしいとも思える。
 
 さて、改まると緊張する。
 でも、今この場で伝えるって決めたのだ。
 
 ――あの子を、助けてくれてありがとう。
 
 そして……。
 
 ――我が子孫よ。
 幸せに、なりなさい。
 
 どこかで、バーバレラの声が聞こえたような気がした。
 
「テリー。ありがとう。……あなたのことが、大好きです」
 
 
 
 
 
 Fin.
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