アモールの水
 ――それは春。
 
 光が春のやわらかさに溶ける季節。
 アモール川の輝きが一段と増す。
 
 そんな中に、テリーとバーバラもいた。
 二人は、慣れてきた恋人つなぎをして、街一番の店に行った。
 
「アモールの水を売っています」と言う看板が出されている。
 
 バーバラはテリーの服の袖をぐいぐい引っ張る。
 
「ねえ、アモールの水買ってよ〜」
 
 必死におねだりする。
 
「ああ?」
 
 テリーは看板に書いてある値段を見る。
 
「……うわ……高いぞ、これ。1本180ゴールドもするじゃないか!」
「でも……これ、凄く美味しいんだよ」
 
 それに、とバーバラは付け加えた。
 
「しかもここ、アモールは恋が叶うところなんだって」
 
 真っ赤な嘘ではない。
 以前、元恋人のイリアとジーナが再会したところ。
 そして二人が共に長い眠りについたところ。
 アモールは恋人たちの聖地……バーバラはそう思っていた。
 
「それ、マジか?」
 
 バーバラの言葉にすこし興味を示す。
 
「本当だよ。ここでいくつもの恋がかなっているらしいよ」
「そんなのただの迷信だろ?」
 
 テリーは信じない。
 
「それよりもう行こうぜ」
 
 バーバラはシュンとした。
 
「テリーのバカ」
「何むくれて……」
 
 だが、バーバラは既に走り出している。
 
「おい、待てよ」
 
 テリーが腕を伸ばしてバーバラを掴もうとした、が。
 
「触らないで!」
 
 バーバラはそれが汚らわしいかのように、乱暴に放した。
 
 今までで一番きつい瞳で――仲間の誰にも見せていないくらい冷たい視線を、大好きなはずのテリーに送った。
 
 そして、走る。
 テリーが追い掛けて来ないことが分かっても、走る。
 
 人影が見えなくなった、街の奥に着いたバーバラは、その場に座り込み、放心したように泣き出した。
 
 誰もいない。
 そう、ひとりで。
 
 自分を慰めてくれるテリーはもういない。
 
 どれだけ時間が過ぎたのだろう。
 バーバラは、声には出さずに、ごめんなさい、と呟いた。
 
 今更、もう遅い。
 ただ、あたしは、貴方にもっと……。
 
「バーバラ」
 
 後ろから名前を呼ばれる。
 
 テリーだ。
 
「アモールの水……買ってきた」
 
 そう言って、後ろに隠していた右手をバーバラの前に持って来る。
 
 青いビンだ。
 その中にはいっぱいの水が入っていた。
 
「これ……アモールの水?」
 
 バーバラは夢でも見ているかのように、ゆっくり言った。
 
「ああ。そうだ」
 
 テリーは言う。
 
「俺、そんなに金を持ってなかったから、1本しか買えなかった。悪いな」
 
 バーバラは目頭が熱くなるのを感じた。
 
 自分がとてもわがままな事をしたのに。
 謝るのは自分だと言うのに。
 どうしていつもみたいに怒ってくれないの?
 
「俺、さ、お前のその態度に傷付いたんだぜ。これでも」
 
 だからさ、とテリーは続けた。
 
「いつも通りのお前に戻れよ。今のはお前じゃない」
 
 最後の方は、すこしきつく。
 
「ごめんなさい……」
 
 バーバラは目に涙を貯めながら言う。
 
「良いよ、もう」
 
 テリーにしては珍しく、バーバラを許した。
 
 それから、ビンを軽くふる。
 
「さあ、飲もうぜ!」
 
 ニッコリ笑ってビンの詮に手をかけた。
 プシュッ、気持ち良い音がした。
 
「テリーからで良いよ」
 
 バーバラも笑顔だった。
 
「サンクス」
 
 言うと水を飲みはじめた。
 
 うまい、とだけ言うとビンの中の水はどんどん減っていく。
 
「あ……ちょっと」
 
 バーバラは子供のように足を踏んだ。
 
「ああ、悪い悪い。はい」
 
 意外にも素直に渡した。
 
 バーバラは一口飲んでみる。
 甘く、でも水の味がきちんとした。
 
「あ〜美味しい♪」
 
 バーバラは幸せそうに言った。
 
「よかったじゃないか」
「うん。でもね、1本しかなくてよかった」
 
 不思議そうな顔をするテリー。
 
 言えるわけないじゃない。
 貴方の飲んだ水を回し飲みできるんだから。
 
「嘘じゃ無さそうだな」
 
 テリーが不意に呟いた。
 
「何が?」
「恋が叶うところだって言うこと」
 
 色々あったが楽しかった、とテリーは言った。
 
「あたしも」
 
 二人は笑いあった。
 
 滝の水は途切れることなく流れ続ける。
 春のやわらかい日射しは、全てを包み込む。
 
 
 
 
 
 Fin.
-2-
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